聖魔の救済者

港瀬つかさ

文字の大きさ
22 / 53

21.はかなきもの

しおりを挟む
 人間とは儚い生き物。そう知っていた。知っていた、筈だった。それを忘れていた理由は、よく解らない。けれどそれは、この少年が、強い所為だろう。心ではなく、身体能力に置いて、この子供は途方もなく、強い。


 だからこそ油断したのだと、今なら、解る。


 腕の中には、ぐったりとしたまま動かない、子供が一人。なるべく刺激を与えぬようにと、地上を歩かず僅かだけ浮遊する。鼻を突く血臭があったが、あえてそれは無視をした。ひとまずは、落ち着ける場所に行かなくては、なるまい。そのようにだけ、俺は思ったのだ。
 結局、俺が見つけたのは山の中の洞窟だった。満身創痍の勇者を抱えて人里にはおりられない。俺が害したと思われるのは、非常に不愉快だ。確かに、油断していて、反応が遅れたのは俺であるが。既にこの傷をつけた者達は、その報いを受けた。フーア自身が、気を失う寸前に、ならず者達全てを、殺した。
 そっと洞窟の平らな場所に横たえ、精霊達を呼び集める。人間達は誤解している。邪神と呼ばれる存在は、決して世界の精霊と相容れぬモノではない。ただ邪神は、精霊神と袂を分かった存在だ。何らかの、神の定めた理に反した、それだけの存在。理に反したその時から、神も精霊も、邪神となる。ただ、それだけの事。
 風と水の精霊達が、フーアの身体を浄め、傷を癒す。火の精霊達が暖かな温もりを与え、地の精霊達が生命力を高める。その様を見ながら俺は、小さく溜め息をついた。邪神である俺には、光の精霊だけは呼べない。呼べれば、おそらく。勇者であるこの少年は、すぐに力を取り戻す事が出来るだろう。俺の判じたところ、フーアは光の精霊に属する子供だ。俺が闇に属しているように。
 たかがならず者。そうたかを括り、援護すらしなかった俺も悪かった。このところ浅い眠りが続いていたせいか、万全の体調ではなかったらしい。それならそうと素振りを見せればいいものを、カケラも見せない。そういう、意地を張るような性格だと、知っていたはずなのだが。

「……すまんな、精霊達よ。礼を言う。」

 頭を振る精霊達に、俺は微笑んだ。この子供は、精霊達に愛されている。だからこそ彼等も、俺の呼びかけに答えてくれたのだろう。フーアに祝福を与えてから去っていく精霊達を見送って、俺はそっと、眠ったままの少年の額に掌を押し当てた。一時のような高熱は、既に下がっていた。
 人間は、脆い。どれほど強い存在であっても、脆いのだろう。その事実を、再確認させられた気がした。フーアは強い。俺がそう認める事が出来るだけの強さが、この子供にはある。けれどやはり、生身の人間は儚いのだ。

「……ぅ、あ……。」
「……痛むのか?」
「……ぁさ……、……ッ。」
「…………?」

 熱にうなされるように、掠れた言葉が聞こえた。だが、それは意味を成さない。何を言いたいのかは、俺には解らなかった。ただ、泣き出しそうな脆い表情が、そこにある。それだけが、事実だった。
 縋るように、希うように、弱々しく腕が持ち上げられる。誰かを捜しているのだ。そう気付いた時に、俺は自分でも何故かは解らぬままに、その掌を握りしめていた。俺の体温を感じ取ったのか、フーアは、まるで幼い子供のように、安堵したような表情を浮かべて、弱々しく掌を握り返してきた。
 孤独。それを抱えた、脆い精神。それを、俺は垣間見た気がした。常は毒を吐き続ける少年の、鎧の内側。何故かひどく、哀れであり、胸の奥が、痛みを訴えた。


 せめて目覚めるまではと、握りしめた掌の意味を、俺は知らぬ……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...