聖魔の救済者

港瀬つかさ

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29.案内人

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 導く者。案内人。遙か先へと連れて行く者。伸ばした腕をくぐり抜け、先で笑う者。隔たった世界で笑う、道標の具現。


 歪な子供が、その役目を背負って、ただ、笑う。


 苛々する。すたすたと目の前を歩く子供。何が起ころうとも平然としている子供。傷ついても、傷つけても、その顔色は変わらない。そんな、歪な勇者。
 町や村、人とすれ違うときには、笑顔で。それこそ、模範的といいたくなるような勇者ぶりを発揮する。それが仮面で、演技で、偽りであると、俺は知っている。知っているからこそ、腹が立った。
 未来への、案内人。この世界を救うため、旅を続ける勇者。それは決して間違ったことではないと言うのに、俺は。この子供にその役目を課すのは、間違いだと、思うのだ。
 その理由は、当初とは異なる。どう、説明すればいいのだろうか。はじめは、こんな外道で我が儘で無茶苦茶な勇者に、勇者と呼ぶのすら間違っているような子供に、世界の命運を託すのはまずいと思った。
 けれど、今は。その使命を背負わせるには、この子供は脆いのだと、気づいた。実力は、確かにある。心も、確かに強い。けれど俺は、気づいてしまったのだ。内側に根付く傷と、深い闇と、砕け散りそうなヒビの入った心とに。
 俺がそれを告げたところで、交わされる。皮肉な笑みを口元に貼り付けて、馬鹿に仕切った眼差しを向けて、そして嫌味な言葉を繰り出すだけだろう、あいつは。だから俺は、何もいえないのだ。あれは、踏み込まれることに怯えすぎている、子供だからこそ。
 アズル、と。躊躇いなく俺の名前を呼ぶ。それがどれほど無茶なことかを、あいつは知らない。邪神の名を呼ぶと言うことは、すなわち縛ると言うこと。現に俺は、魔力を握られているからこそ、その名を呼ばせている。普通ならば、呼ぶ度に反動を受けるはずなのだ、フーアが。
 あの子供は、どこに行くのだろうか。世界を救う。確かに行き着く先は、救済された後の平穏な世界だろう。そう思いながら、俺は。何かが違うのではないかと、思わざるを得ない。胸の奥をざわざわ感情の波が揺れ動いて、自分でも何を予感しているのかが解らなかった。
 フーア、お前は何を望み、どこへ行く?俺を、どこに連れて行こうとしている?それともお前は、そこに、一人で行こうとしているのか?ここまでつれ回している俺を、巻き込んでいる俺を、お前につきあっている俺を、置き去りにして?どうせ、問いかけたところでお前にも、答えは解らないのだろうが。


 それでも俺は、お前が導く先にある場所ならば、共に辿り着いても悪くはないと、そんなことを、思うのだ…………。
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