聖魔の救済者

港瀬つかさ

文字の大きさ
30 / 53

29.案内人

しおりを挟む
 導く者。案内人。遙か先へと連れて行く者。伸ばした腕をくぐり抜け、先で笑う者。隔たった世界で笑う、道標の具現。


 歪な子供が、その役目を背負って、ただ、笑う。


 苛々する。すたすたと目の前を歩く子供。何が起ころうとも平然としている子供。傷ついても、傷つけても、その顔色は変わらない。そんな、歪な勇者。
 町や村、人とすれ違うときには、笑顔で。それこそ、模範的といいたくなるような勇者ぶりを発揮する。それが仮面で、演技で、偽りであると、俺は知っている。知っているからこそ、腹が立った。
 未来への、案内人。この世界を救うため、旅を続ける勇者。それは決して間違ったことではないと言うのに、俺は。この子供にその役目を課すのは、間違いだと、思うのだ。
 その理由は、当初とは異なる。どう、説明すればいいのだろうか。はじめは、こんな外道で我が儘で無茶苦茶な勇者に、勇者と呼ぶのすら間違っているような子供に、世界の命運を託すのはまずいと思った。
 けれど、今は。その使命を背負わせるには、この子供は脆いのだと、気づいた。実力は、確かにある。心も、確かに強い。けれど俺は、気づいてしまったのだ。内側に根付く傷と、深い闇と、砕け散りそうなヒビの入った心とに。
 俺がそれを告げたところで、交わされる。皮肉な笑みを口元に貼り付けて、馬鹿に仕切った眼差しを向けて、そして嫌味な言葉を繰り出すだけだろう、あいつは。だから俺は、何もいえないのだ。あれは、踏み込まれることに怯えすぎている、子供だからこそ。
 アズル、と。躊躇いなく俺の名前を呼ぶ。それがどれほど無茶なことかを、あいつは知らない。邪神の名を呼ぶと言うことは、すなわち縛ると言うこと。現に俺は、魔力を握られているからこそ、その名を呼ばせている。普通ならば、呼ぶ度に反動を受けるはずなのだ、フーアが。
 あの子供は、どこに行くのだろうか。世界を救う。確かに行き着く先は、救済された後の平穏な世界だろう。そう思いながら、俺は。何かが違うのではないかと、思わざるを得ない。胸の奥をざわざわ感情の波が揺れ動いて、自分でも何を予感しているのかが解らなかった。
 フーア、お前は何を望み、どこへ行く?俺を、どこに連れて行こうとしている?それともお前は、そこに、一人で行こうとしているのか?ここまでつれ回している俺を、巻き込んでいる俺を、お前につきあっている俺を、置き去りにして?どうせ、問いかけたところでお前にも、答えは解らないのだろうが。


 それでも俺は、お前が導く先にある場所ならば、共に辿り着いても悪くはないと、そんなことを、思うのだ…………。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

私は逃げ出すことにした

頭フェアリータイプ
ファンタジー
天涯孤独の身の上の少女は嫌いな男から逃げ出した。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

魔王を倒した勇者を迫害した人間様方の末路はなかなか悲惨なようです。

カモミール
ファンタジー
勇者ロキは長い冒険の末魔王を討伐する。 だが、人間の王エスカダルはそんな英雄であるロキをなぜか認めず、 ロキに身の覚えのない罪をなすりつけて投獄してしまう。 国民たちもその罪を信じ勇者を迫害した。 そして、処刑場される間際、勇者は驚きの発言をするのだった。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。

石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。 だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった 何故なら、彼は『転生者』だから… 今度は違う切り口からのアプローチ。 追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。 こうご期待。

魅了の対価

しがついつか
ファンタジー
家庭事情により給金の高い職場を求めて転職したリンリーは、縁あってブラウンロード伯爵家の使用人になった。 彼女は伯爵家の第二子アッシュ・ブラウンロードの侍女を任された。 ブラウンロード伯爵家では、なぜか一家のみならず屋敷で働く使用人達のすべてがアッシュのことを嫌悪していた。 アッシュと顔を合わせてすぐにリンリーも「あ、私コイツ嫌いだわ」と感じたのだが、上級使用人を目指す彼女は私情を挟まずに職務に専念することにした。 淡々と世話をしてくれるリンリーに、アッシュは次第に心を開いていった。

奪った代償は大きい

みりぐらむ
恋愛
サーシャは、生まれつき魔力を吸収する能力が低かった。 そんなサーシャに王宮魔法使いの婚約者ができて……? 小説家になろうに投稿していたものです

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

処理中です...