聖魔の救済者

港瀬つかさ

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45.遺跡の守人

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 風の祭壇を立ち去ろうとした二人の身体は、突如その場に現れた闇の塊に吸い込まれていった。抗う術すらないままに、彼等は闇の中に取り込まれ、そしてまったく異なる場所へと導かれていた。
 そこは、遺跡だった。古き文明が残した、あまりにも高度すぎる遺跡。それを見た瞬間、彼等は呆然と目を見張っていた。現在の文明よりも遙かに高度なそれは、彼等の知るどんなモノとも異なっていた。一体誰が生み出したのかと、誰もが思う程に。
 闇が支配する遺跡の一角に、他よりも尚濃い闇があった。それが闇の姿を撮った何かである事を、彼等は悟る。二人の視線に気付いたように、闇が薄く笑った。笑ったように、彼等には見えた。
 闇から、ゆっくりと人形が浮かび上がる。漆黒の髪と瞳、肌の色もやや黒い、漆黒の衣装を身に纏った、全身黒ずくめの青年が現れる。闇の中に溶け込んでしまえる程に存在感が希薄な、けれど見るモノを引き寄せざるを得ない程の美貌の青年が、フーアとアズルの二人を見て小さく笑みを浮かべて見せた。

「……貴方は……?」
「我は守人。この、既に滅びし文明の遺跡を護るモノ。そして同時に、『オリジン』と最も近く最も遠い、闇界『サターン』の創造主、闇の精霊神・シェイド。」
「何故、異界の精霊神が、この世界に……。」
「ここは二つの界の狭間。狭間に閉じこめられた、滅びの街。かつて『オリジン』に存在した、先史人類達の文明。だがしかし、彼等はその文明の高度さ故に界の狭間を知り、それを越えようとして狭間に閉じこめられた街の遺跡だ。」

 静かに語る闇の精霊神の双眸には、憐れみだけがあった。彼はただ、狭間に閉じこめられた街の人々を、憐れんでいた。フーアは、お決まりの言葉を言えなかった。呼び出すよりも先に精霊神がいたと言う事、そして、おそらくは彼が自分達を呼び寄せたのだという事。どちらも、彼を動揺させるには充分だった。
 アズルが、呆然と遺跡を見ていた。片方しか残っていない真紅の双眸が、戸惑いがちに揺れる。何故と、その唇から言葉が漏れた。反応したように振り返るフーアの姿は、邪神の視界に入っていなかった。

「……馬鹿な、何故……、何故、俺は……。」
「見覚えがあるのだろう、最強の邪神よ。当然だ。お前はこの街を知っている。お前はこの祭壇を知っている。かつて『オリジン』から人々が異界の精霊神達を呼び出した、これこそが最も初めに生み出された祭壇。」
「始まりの祭壇?」
「そうだ、勇者よ。そしてアズル。お前は知っているはずだ。この祭壇を生み出したのは、人々に力を貸したのは、他の誰でもない、お前でしかないのだから。」
『…………なっ…………?!』

 呆気にとられる二人の視界で、闇の精霊神は口元に笑みを浮かべた。その掌が、動けなくなっているフーアの掌に重ねられる。力の発動を感じた彼がはっとするより早く、それは生み出される。フーアの掌に残されたのは、黒曜石にも似た漆黒の宝玉。それを大事そうにしまう彼を見て、シェイドは笑った。
 全てを知っているようなシェイドを見て、アズルは息を呑んだ。そして、問いかけを発しようとする。けれど、シェイドは首を振る事でそれを拒絶した。答えは己で探せ。いっそ惨いとも思える程静かな口調で、闇の精霊神は告げた。

「己で探せ、など……!記憶のカケラもない俺に、どうしろという!」
「時が来れば自ずと思い出す。お前が自ら封じた記憶だ。我等との記憶も何もかも、お前は哀しみのあまり封じた。始まりの神、我等の親に願い出て、お前は自ら邪神へと堕ちた。」
「俺が、己で、邪神に…………?」
「そうだ。……あぁ、既に界の滅びが始まっているな。」

 ぽつりと、他人事のようにシェイドは口にした。はっとしたように、フーアとアズルが世界の魔力の巡りを探る。崩壊を予兆するように不安定であった魔力の巡りが、今はもう、好き放題の暴走しているのが解る。この有様では、世界中で地震や災害が起こっているに違いない。この界の狭間にいては、何も解りはしないが。
 フーアが、ぐっと唇を噛み締めた。終わりが始まる。感情を押し殺した声で呟いた彼を見て、アズルは目を見張る。その横顔は驚く程暗い輝きを宿していた。これから世界を救済するモノとは思えない程に。

「闇の精霊神よ、私達を、アルファ神殿へ送って貰えるだろうか?」
「神殿内には無理だ。あそこは今、魔力が暴走する中心地。……そうだな、神殿は山に囲まれている。その山の麓ならば、或いは可能かもしれぬが……?」
「お願いします。もう、一刻の猶予もないようですから。」
「…………それで構わぬのか、救済の勇者よ。」
「それが私生まれてきた理由なればこそ。」

 にこやかに微笑んだ姿は、絵に描いたような勇者だった。その様に、アズルはまた違和感と痛みと怒りを覚える。無理にそうしているように思うのは自分だけだろうかと、邪神である青年は思わざるを得ないのだ。フーアの本来の性格を知っているからだからこそ。
 闇の化身である男は、二人に向けて掌を指しだした。まずフーアがそれを取り、逆の手でアズルの掌を握る。口元にやはり淡い笑みをたたえたままで、闇の精霊神は遺跡中に集まる闇を呼び寄せる。ここに連れてこられた時と同じように、彼等の姿は闇に飲まれた。そして、空間を越えてしまう。
 たどり着いた場所は山の麓。山の頂の向こうに、そびえるアルファ神殿の建物が見えた。ごくりと息を呑むフーアの傍らで、シェイドが姿を消し始める。二人に向けて微笑みを残し、闇の精霊神は姿を消した。

「……行くか、アズル。」
「あぁ……。」


 勇者が世界を救う瞬間は、もう目前まで迫っていた…………。
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