聖魔の救済者

港瀬つかさ

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46.魂の欠片

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 山を登りながら、フーアは不意に自嘲めいた笑みを浮かべた。その笑みに気付いたアズルが、どうしたと問いかける。何でもないと笑うフーアを見て、アズルは頭を振った。この少年は己を隠しすぎる。そのように、彼は思うのだ。
 山の中腹にたどり着いた頃、フーアが足を止めた。既に日は傾いていた。夜の中を歩む事に不自由を感じる二人ではないが、今日はここで休むと告げるフーアの言葉に、アズルは頷いた。世界の魔力が薄くなり始め、邪神のアズルにすら影響を及ぼす。この状態で平静を保てる存在は、そうそういないだろう。
 木の陰に身を預けたフーアは、常なら行う食事の支度をしなかった。疲れたように幹に頭を凭れさせ、退屈そうに空を見上げている。その蒼の双眸に浮かぶのは、孤独だった。誰にも満たす事のできない飢えが、そこにあった。勇者には相応しくない暗い輝きが。

「食事は取らないのか?」
「動く気がしない。」
「しかし、身体がもたないだろう?」
「一食抜いたぐらいで同行なるほどヤワじゃない。」
「フーア。」
「構うな。」

 とりつく島もないというのは、こういう時を言うのだ。何となくそんな事を思って、アズルは溜め息をついた。腰に帯びていた聖剣を抜き放ち、フーアはその白刃に自らの顔を映している。天使のようなと形容される中性的な美貌が、何処か陰りを含んだままでそこに映し出されていた。
 フーアは、そこに母と父の面影を見出していた。既に死した父と、彼を見もしない母。だが、彼は確かにその両者の特徴を持っていた。父の顔のラインと目元、母の口元と全体的な印象。自分が確かに両親の子である事を、フーアは確信する。何度も、否定しようとしていた事実を。

「アズル。」
「何だ?」
「人が死ねば、どうなる?」
「……?肉体は大地に還り、精神は魔力となり世界を巡る。お前も知っている事実だろう?」
「……あぁ、知っている。なら、魂は?」
「魂?……あぁ、それか。そのカケラが転生の輪に組み込まれ、消費した力を回復した後に生まれ変わる。人間達には知らされていない事実か?」
「少なくとも、俺は、知らないな。……そうか、人は、生まれ変わる事が、可能か……。」

 ほっと、安堵したような口調だった。けれどすぐに、その表情が引き締まる。頭を振り、何かを否定するように小さく呻く姿があった。膝の上に置かれた聖剣の上に、俯いた頬から涙がこぼれた。ぽたりと水たまりを作る涙に気付き、アズルは目を見張る。
 構うなと、腕を伸ばしてきたアズルに声がかけられる。放っておいてくれと、泣きながらフーアは告げる。できるわけがないだろうと告げる邪神に、勇者は頭を振った。触れないでくれと、俺に構わないでくれと、泣きながらそれでも、確固たる意志を宿して彼は告げる。あまりにも、頑なに。

「どうしたんだ?」
「……良いんだ。何でも、ないんだ……。」
「だから、何がどう良いんだ……。」
「俺は、このまま、何処にも行けない。それで、良いんだ……。」
「フーア?」

 呆然と、邪神は勇者を見た。俯いたままの少年は、それ以上何も言わなかった。ただ、抱え込んだ闇だけを、邪神に感じさせた。誰にも救えない闇を。



 俺は何処にも行けないと、そう呟く声だけが、静まりかえった山の中に小さく反響していった…………。
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