聖魔の救済者

港瀬つかさ

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48.異端

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 最後の夜がやってきた。アルファ神殿の目の前で、まだ日が傾く前だというのに、フーアは休むと言い切った。驚いて彼を見た邪神に、今夜はここで眠るのだと、決して譲る気配を見せずに少年は告げた。その強い瞳に気圧されて、邪神は頷くしかなかった。
 そして、夜。焚き火の炎が爆ぜるのを見詰めながら、フーアがぽつりと呟いた。何故それを語る気になったのかは、彼にも解らなかった。だが、知っていて欲しかったのかもしれないと、彼は思う。救済を行うその前に、自分を知って欲しい。そう願ったのかもしれないと、フーアは思った。

「俺は、父親の顔を、知らないんだ……。俺が生まれるより前に、精霊使いだった父は精霊達を使う過負荷に肉体が限界を訴え、随分若いままに死んでしまったらしい。」
「……では、お前は母親に育てられたのか?」
「違う。俺の母親は、俺を愛してくれなかった。見てもくれなかった。父親の面影を残す俺は、母親にとっては禁忌の証で、勇者としては愛してくれたが、子供としては愛してくれなかった。」
「……。」
「だが、それで当たり前だ。俺なんかを、愛せるわけがない。」

 膝を抱え、炎を見詰めながらフーアが呟く。アズルは何も言わず、ただ少年が先を告げるのを待った。この、禁忌の証として生まれた無性体の子供は、アズルが知らない闇をまだ抱えている。それを告げる気になった心理をアズルが理解する事はできなかったが、それでも彼は、ただ聞いてやる事がフーアの為だと理解した。

「……俺の祖父は、オメガ神殿の神殿長。父は、その息子である最強の精霊使いだった。…………そして母は、祖父の娘、父の妹である、オメガ神殿で最も強い力を持った、主席巫女である人だ。」
「……な、に……?」
「預言書で滅びの時を知った祖父が、父に精霊を憑依させ、母に天使を降臨させ、そして二人の交わりによって、俺という世界を救う為の切り札である存在を、生み出した。俺は、祖父によって生み出された、兄妹の交わりで生まれた、この世で最も唾棄すべき存在でしかないんだ……。」
「……フーア……。」

 衝撃の告白をしながら、フーアの声は静かだった。彼はもう、全てを受け入れてしまっているのだ。そうアズルは気付いてしまった。幼い時からその重さに潰されそうになりながら、それでもそれを真実だと認識するだけの聡明さを持ってしまった、そんな哀れな子供が、そこにいた。

「俺の、母は……。俺を見てくれなかった。でも、勇者としての俺なら、愛してくれた……。だから、俺は、勇者として、立派になろうと……、この世界を救えば、あの人は、俺を、誇りにしてくれると……。」
「…………ッ!」
「……アズ、ル……?」
「何故お前は、そうやって感情を押し殺す!そんな事をしているからお前の精神は歪んでしまうのだろうが!何故感情をぶつけない!?何故、愛せと叫ばない?!」
「……だって、……だって、そんな事、できない……!」

 アズルの胸に抱かれながら、フーアは幼い子供のように繰り返す。背を抱く青年の腕の強さに息苦しささえ覚えながら、それでも少年はできないんだと繰り返す。まるで、出来の悪い操り人形のように。
 フーアの感情が、押さえ込まれていた感情の関が壊れたのは、頬に触れた熱い雫を感じた時だった。泣いているのだと、彼は知った。自分の生い立ちを聞いて、邪神の青年が、悔し涙を流している。それが憐れみでも哀しみでもなく、憤りだとフーアは気付いた。利用される為に生み出され、愛されることなく育ったフーアを、彼は哀しい存在だと思いながら、救えぬ己に悔しさを覚えていた。

「…………ッ、何故、何も言わなかった!俺は、役に立たぬと、お前は、俺をその程度だと、思っていたのか……?!」
「……違う……。だって、言ったら……、お前も俺を、見てくれなくなるって……!離れていくと、思って……!」
「……だからといって、何も、そこまで勇者として、己を律する必要性が何処にあったのだ……。」

 別の人格の仮面を被る程、フーアは勇者を演じる。そうあるべきだと自らに貸している。その強固な鎧の理由が、今分かった。解ったからこそ、アズルはどうしようもない怒りを覚えた。それが、誰への怒りかは解らぬままに。

「愛して、欲しかったんだ……。母さんに、愛して欲しくて……。勇者として、世界を救ったら、あの人は俺を、誇りに思ってくれる、筈だから……、だから…………ッ!」
「……馬鹿者……。」

 それから先を、フーアは言葉にできなかった。アズルにしがみついたまま、声を殺して泣き始める。その泣き方が、感情を抑える術を知ってしまったモノの、全てをさらけ出す事ができないモノの泣き方だと、アズルは知っていた。
 愛してくれと、全身で訴える姿だ。だが、誰も気付かなかったのだ。誰も、彼を愛する事はなかったのだ。禁断の交わりによって生み出された最後の切り札。異端であるが故に誰からも愛されない、勇者としてしか生きられない、そんな哀れな子供がそこにいた。


 けれど邪神は、この先自らに降り懸かる絶望を、この時はまだ知らず、ただ、勇者の身体を抱きしめていた…………。
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