銀の聖女~孤独な伯爵と病弱な令嬢が政略結婚で幸せな夫婦になるまで~

石原翠雨

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第六話

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 数日後の昼下がり。清々しい初夏の日光が差し込む自室で、私はクリスタに付き合ってもらいながら、デュトワ家の歴史やベルナール様の仕事内容に関する勉強をしていた。
 普通は子供の頃に婚約者を決め、相手の家についても詳しく学ぶものだが、私のケースは特殊なので今から知っていくしかない。一通り学び終えるまでは、社交の場に出る義務を免除されている。


 それにしても、と思う。ベルナール様からは「構わなくていい」と伝えられているけれど、義理のご家族──お義母様とお義姉様への結婚のご挨拶をしなくていいなんて、正直なところまだ信じがたい。

 先代のセルジュ・デュトワ伯爵が馬車の事故で身まかられ、ベルナール様が当主になってからの慣例で、お義母様とお義姉様とは連絡を取ることはほとんどしていないのだという。
 曲がりなりにも当主の妻としては気がかりなことだが、「結婚したこと自体は手紙で知らせてあるから心配しなくていい。これが我が家の慣例なんだ。会いに行ったほうがかえって鬱陶しく思われるだろう」という言葉には、それ以上踏み込むことをためらわせるものがあった。


 ベルナール様が当主になる前から、長いこと別邸で暮らされているというお義母様に、他家へ嫁がれて以来ほぼ連絡を取っていないというお義姉様。


 血筋を何よりも重んじる貴族の家として尋常でない様子だとは思う。
 ただ、家族からの愛情に恵まれて生きてきた私には、到底わからない事情もあると思うのだ。
 家族と会わないこと、会いたくないと思う気持ちには、相応の理由や経緯があるはずだ。それが貴族だとしても、いや、貴族ならなおのこと、親族との連絡をほぼ絶つことには、重い意味が出てくる。

 デュトワ家は、アルドワン家もそうだと言えるが、伯爵家としてはかなり裕福なほうだ。公爵・侯爵家の方々の手前、あまり目立ちすぎないようにはしているのだろうけど、領地の豊かさの他、ベルナール様自身がいくつか事業を手がけていることもあって、かなり潤っていると言える。この辺りは分家筋にポレール貿易という豪商を持つアルドワン家も似たようなものだったのだ。

 若くしてデュトワ家当主の座に就き、今日まで領地と家を守ってきたベルナール様が、貴族として、ご親族と連絡を取らないことの意味を軽視しているとは思えない。実際に、あえて遠ざけておくには、かなりの手間もかかるはずである。
 貴族の家にとって最も望ましくないことのひとつは、後継者争いが起きることだ。家を安泰に保っておくために、親族間で何かと集まったり、融通を利かせたり、子女が嫁いだ家との繋がりを強めたりする。
 そして貴族の中ではそうしたやり方が一般的だからこそ、会食や催事を円滑に執り行うためのノウハウが長い歴史の中で蓄積されているのだし、使用人たちもその前提で教育を受けているのだ。その歴史、蓄積にすんなりと頼れないことのデメリットは大きなものだろう。


 ベルナール様は、お父様を早くに亡くされた上、お義姉様──ミュリエル様の婚家であるカルノー男爵家を頼ることもできない。私に結婚を持ちかけてきたのは、ひとつにはアルドワンの分家が営むポレール貿易との繋がりを欲してのことだと言っていたけれど、確かにこういう事情があるなら、有力なつてを提供する妻はなるべく早く欲しかっただろうなと思う。二度も婚約破棄された私に突然求婚してきたのも、三度目の婚約が他家と結ばれる前に捕まえておきたかったのだろう。


 セリュリエ侯爵家から婚約破棄を言い渡されたことが早々にベルナール様の耳にも入っていたことを思うと、自分の醜聞が口さがなく噂されるところを想像して気分が落ち込みそうになるけれど、人の口に戸は立てられない。
 きっとあれでよかったのだ。侯爵夫人のジョゼフィーヌ様には散々な言われようだったけれど、貴族社会の女性は、嫁ぎ先の当主夫人に睨まれては生きていけない。あのままジョゼフィーヌ様が不満を胸に秘め、結婚が成立していたとしたら、かえって針のむしろのような暮らしだったことだろう。
 今だって初夜を無視されたりベルナール様からは放置されたりしていて、決して居心地がいいとは言えないけれど、その「あったかもしれない未来」よりは、いくぶん穏やかなような気がした。
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