銀の聖女~孤独な伯爵と病弱な令嬢が政略結婚で幸せな夫婦になるまで~

石原翠雨

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第七話

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「これほどの量をたった数日でこなされるなんて、私からすれば信じられないことです」

 クリスタはそう言いつつ、うず高く積み上がった書類が散らないように銀製の文鎮を載せていた。

「ありがとう。何だか少し気恥ずかしいわ」

 今の自分にどうしようもないことは忘れることにして、クリスタが淹れてくれた紅茶を口にした。

 今日はミルクをたっぷりと入れてもらって、お茶菓子もジャムやクリームが添えられた甘いものをつまむ。勉強で疲れた頭が癒される気がしてほっと息をついた。紅茶は渋味がなくフルーティーな香りで、私好みだ。ガラスのポットにはカットされた果物や花びらが踊っているのも見える。ほんのりと甘酸っぱいのはベリーだろうか。


「今日の紅茶は果物が入ってておいしいわね。見た目もかわいくて」
「光栄でございます。本日のお紅茶に入っている果物は、南部より仕入れたものでございます」
「南部というと、クリスタの故郷に近いのかしら?」
「はい。クールナンが営む農園で育てられた果物でございます」
「あら、そうだったのね。私、紅茶もそうだけど果物も大好きなの。クリスタの家はおいしいものを作るのね」

 そう言うとクリスタは「恐れ入ります」と言って深々と礼を取ってみせた。
 クリスタは真面目で、寡黙で、てきぱきとした仕事ぶりで、居心地がいい。ここで世話になる侍女が彼女でよかった。
 私はその気持ちも込めてにっこりと微笑んでみせた。


 そのままぼうっとしていると、ふいに扉がノックされる。クリスタが扉を開けると、顔を出したのはベルナール様だ。慌てて立ち上がろうとするが「そのままでいい」と制された。
 今日のベルナール様は少しだけリラックスしたような雰囲気だ。


「ベルナール様、こんにちは」
「ああ。貴女も、ご機嫌麗しいようで何よりだ。……勉強中に邪魔してしまったかな」
「いいえ、ちょうど休憩を取っているところでした。御家に関わることを勉強していたのですが、クリスタが付き合ってくれて」
「ああ……。まだ時間がかかりそうか?」
「先日渡していただいた分なら、何とか先ほど終えられました」

 ベルナール様が少し驚いたような顔をした。

「あの量を全てか?」
「はい。漏れはないと思いますが……」

 クリスタに次いでベルナール様にも驚かれると、「本当に全て覚えられたかしら?」と自分でも疑わしくなってくる気がする。子供の頃の勉強よりはるかに軽いから、問題はないと思うのだけど。

「貴女はずいぶんと記憶力がいいんだな」
「恐れ入ります。使用人たちとの目通りがなかなか進まず、申し訳ありません」
「気にするな。体のことは仕方ない。……こちらこそ、構ってやれなくてすまない」

 私はふるふると首を振った。当主のお仕事は負担も責任も大きい。構われないからと駄々をこねるつもりはなかった。

「あの、こちらのドレスもいただいて……。他にもたくさん贈り物をありがとうございます」

 私が今日着ているドレスは、ベルナール様から贈られたものの一つだ。光沢がある白のシルク地に、銀糸で袖と裾に繊細な刺繍が施されたエンパイアドレスである。胸元には明るい青紫色のリボンがあしらわれている。全体的にこの部屋の調度によく調和していた。

 ベルナール様と初めてお会いしたときに着ていたドレスも、このエンパイアドレスも、すんなりと体に沿ってとても着心地がいい。
 今着けている小粒のアメシストのイヤリングも、ベルナール様から贈られたものだ。

「貴女にふさわしいものを選んでいるだけだ。気にしなくていい。……社交にも必要だろうからな」

 そう言ってふっと微笑むベルナール様のお顔に、私ははしたなくも釘づけになってしまった。騎士のように精悍な顔立ちで凛々しい雰囲気のベルナール様が微笑まれると、大人の男性らしい余裕が香り立って本当に素敵だ。
 ……政略結婚だけれど、ベルナール様のお顔は好きだと認めざるを得ないわ……。


「それで、今日はこれに貴女を誘おうと思って来たんだ。今度王都でやるらしいんだが、一緒にどうだ?」

 ベルナール様がその言葉と共に差し出したのは、観劇のチケットだ。演目は『アンリとロクサーヌ』。この国の古典的な演劇である。

「まあ。ベルナール様とご一緒できるのですね。嬉しいですわ」

 先日、ベルナール様が夜中にご友人とお話しされていたことを思い出す。確か、ご友人は、ベルナール様に夫婦として歩み寄るよう助言をされていた。
 ご友人のお言い付けを守ろうとしていらっしゃるのだなと思うと、少し微笑ましい気持ちになった。やはりお二人は親しい間柄なのだろう。
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