ユニオン・マギカ

ユリア・ソレイユ(紫月紫織)

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氷樹の森の大賢者

16.草原の羊亭

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 ノフィカの案内で宿──"草原の羊亭"の前についた頃にはすでに日が沈み終えていた。
 チラホラとガラの悪い連中を見るようになり、もう少し時間が遅かったら面倒なことになっていたかもしれないという、ギリギリのタイミングだったと言えるだろう。

 そんな宿の前でノフィカは扉を開けようとしたその手を止めた。

 まだ覚悟ができていないのか、それともどう会えばいいのかわからないのか、いずれにせよ彼女は扉に手をかけたまま開くでもなく暫くそのままだった。
 ノフィカの手が震えているのに気づいたけれど、どんな言葉をかければいいのかも私にはわからない。
 何も言わずに待ってあげるぐらいだ。

 少ししてノフィカはようやく落ち着いたのか、扉を開ける前にこちらに向き直る。

「……少し、騒がしくしてしまうかもしれません」
「かまやしないわよ、なんならしばらく外で待ってましょうか?」
「いえ、それほどでは……ないと、思いたいです」

(せっかくの再会を邪魔するほど無粋じゃないつもりだけど、思います止まりなんだねぇ)
『七年も沙汰がなしとなれば相応のものとなりましょうなぁ』
(まぁ、それもそうかな)
『……姫はご自覚が無いようでいらっしゃる』

 ああ、そういえば私も結構長い間眠ってたんだっけ。
 落ち着いたら皆でしばらくのんびりしたり、遺跡とかダンジョンがあるなら巡ってみたいね。
 記憶の齟齬、については世界の隔たりによるものなんだろうけど……何か少し引っかかるんだよね。
 デバッグ、っていうのは明らかに私側の言葉の気がするし……いや、そういえば向こう側にもあったか、ゲームが違うけど。
 うーん、今は保留だな。

 少しそれていた意識に、ドアの開く音と同時にからんからんというベルの音が響く。
 カウンターに居ない時にすぐに気がつけるように、ドアに小さなベルがつけてあるらしい。
 その音にノフィカが一瞬びっくりしたのが後ろにいるとよく分かる。
 ノフィカに続いて宿の中へ入り、彼女がカウンターの側までいくのを入り口からそっと見守ることにした。

 音に気がついて宿の奥からパタパタと足音が近づいてくる。
 ノフィカがフードを脱いでその音のする先を、杖にすがるように立ちながら見つめている。

「すみません、おまたせしま──」

 宿の奥から現れた三十中頃の女性はカウンターの前にいるノフィカへと視線をやり、言葉を途中で失った。
 そこだけ時間が止まったように、二人は向かい合ったまま立ち尽くしている。
 やがて口を開いたのは女将さんと思われる女性だった。

「……まさか、ノフィカ……かい?」
「は、はい……お久しぶりです、リリエラさん」

 その後、リリエラと呼ばれた女将さんがノフィカに飛ぶ勢いで抱きついて、二人一緒に仲良く転倒し奥から数人宿泊客が出てくる騒ぎになった。
 わんわん泣く女将さんに首を傾げる人たちを適当にあしらって回る私は、一体何に分類されるのかね。
 おせっかいだろうか?



「……すまないね、お客さんがいるってのに取り乱しちまって」
「いえ、だいたい事情は聞いてますから。部屋は空いてますか?」
「ああ、ちょうど二階の一番奥が一つ空いてる。……ノフィカは昔の部屋をそのまま残してあるからそっちでいいね?」

 女将のリリエラさんはそう言うが、その言葉にはどこかノフィカの否定を許さないような圧力がこもっているように感じられた。
 まぁ、その方はゆっくり話もできるだろうしね。

「一泊120……いや100silでいい、滞在は何日の予定だい?」
「ええと……そういえば聞いてなかったわね。ノフィカ、何日ぐらいの予定?」
「なんでそこでノフィカが……ああ、いや……そうだね、あんたにも事情があるんだろうさ。とりあえず十日1000sil前払い、滞在が短くなったら払い戻す。それで構わないかい?」

 リリエラさんとしては、ノフィカが帰ってきたって思いたいんだろうね、なんとなくそういう反応をする理由は想像できるけど、もう少し落ち着かないとノフィカと話をするにしてもこじれるとおもうけどねぇ、何も言わないけどさ。
 でもさっさと仕事を済ませてノフィカと話をしたいってのが簡単に見て取れすぎじゃない?
 いーんだけどさ。
 ああ、少し苛ついてるかも知れないな私も。

「ではそれでお願いします」
「それじゃあこっちが部屋の鍵だよ。階段を登って二階にあがって右手の一番奥の扉だ」

 受け取った鍵は旅館とか和風な料亭なんかの靴箱に使われているような板状のものにくぼみを入れて作られた鍵だった。
 部屋は別だから流石にここで一旦別れるとして、明日も出歩くのなら待ち合わせをしたいところなんだけども……。

「ノフィカ、明日はどうするの?」
「え、っと……昼は予定としては図書館とギルドに行く予定でしたが……」

 あ、リリエラさんが渋い顔で頷いてる、捕まえて逃がさないつもりかと思ったけど流石にそこまでじゃないのかな?
 昼は仕事があるからで夜じゃないと話せないとかあるかもだけど。

「では、朝食が済みましたら宿の前で合流ということでお願いします……おやすみなさい」
「うん、おやすみ。……ああ、そうだノフィカ」

 少し落ち着いて話すためには手札も必要だろう。
 何より、私はノフィカの味方であってリリエラという人のことはわりとどうでもいいんだよね。
 だから私は彼女にそっと耳打ちする。

「私は貴女の護衛だからね。貴方がエウリュアレに戻りたいというのなら、どんな手を使って何を敵に回してでも、必ず連れ帰ってあげるわ」

 驚いたように目を見開く彼女の頭を軽くなでて、私はとりあえず部屋に荷物を置きに行くことにしたのだった。



 ベッドに腰をおろし、荷物というほどのものでもないものを置く。
 添えつけられた窓からは月明かりが差し込んでいた。
 今日は藍色の月リューナが満月、鈍色の月エグリトゥスが半月のようだ。
 帰るときに鈍色の月が新月にならなければ良いのだけど……。

 そうして薄暗くなった部屋を軽く見回して、私はとあるものを見つけた。
 エウリュアレ村には現物がなくて、この世界の技術ではまだできていないのではないかと伺っていた、水面とかではイマイチ代用の効かない代物。

 ──鏡である。

 しかもなかなかに綺麗な鏡面で歪みはほぼなさそうだ、これを使えば自分の姿がきちんと確認できるじゃないか
 考えてみれば目を覚ましてからこっち、水面に映すぐらいでしか自分の姿を確認できていない、体は見ることができても顔だけはどうしようもなかったのだ。

 ドキドキして鏡を覗き込むとそこには、美人という言葉のほうが適切な年頃の顔立ちに、薄い青みがかった銀色の髪、緑色の眼は切れ長で、やや眠たそうなツリ目とでも表現すればよいだろうか、私にとってのイメージ通りの、けれど今の私の性格からすると詐欺のような見た目の女性の姿があった。
 こう、見た目だけならクール系なんだけどねぇ。
 性格がな。

 体のラインも改めて鏡で見ると新鮮だね、スタイルがいいのはわかってたんだけどもなんというか、ラインが綺麗だ。
 出る所はでて引っ込む所は引っ込んでいる、どちらかと言えばスレンダーな方に入るだろうか、胸はやや大きめかもだけど安産型って感じじゃないわね。

 しばらく鏡の前でポーズを取ってみたりするけどもなかなかキマらない、意外とこういうのって難しいものなんだねぇ。
 でもこれは……楽しいね、昔はどうでも良かったけど自分の気に入っているキャラの姿と思うと急に楽しくなってくる。
 これは機会があったら服でも探しに出かけるのもいいかもしれない。
 エウリュアレの風景に合うような町娘的な奴がいいかも、姿見も欲しいね、家がないけど。

「やることが終わったらノフィカと一緒に女子会と洒落こむのも悪くないわね。ちょっと可愛く着飾らせたらゼフィアの反応もちっとは変わるでしょー」

 うん、今後がどうなるかわからないけどあの二人にはうまくいって欲しいしね。

『姫はやはりノフィカ殿を気に入っておられるのですな』
(急になに?)
『姫がそのように気にかけるのは、仲間と思っている方のみですから』
(……まぁ否定はしないかな)

 右も左も分からない異世界にやって来た私にとって、良くしてくれる人と言うのは貴重だ、というだけでは確かに不十分なぐらい、私はあの子の事を気に入っているのだとは思う。

『姫はあまり仲間を作りたがらない人でしたから、安心しております』

 それは作りたいと言うよりは作るのが下手だっただけだろうけどね。
 ま、恥ずかしい話は適当に流して夕食に行くとしますかね。
 流石にちょっとお腹が空いてきた。

 首都の食事となればきっといろいろあるはず!
 さぁ行こうすぐ行こうさっさと行こう、私はお腹が空いているだけなんだ。

 食事をするときに帽子は流石に邪魔だろうからとそれだけ部屋に置いて、スペル・キャスト以外の剣をインベントリにしまい、私は階下にある食堂へと足を運ぶことにした。

 食堂は賑やかで、けれど喧騒というほどに耳にやかましい感じではない。
 こういう酒場は冒険者とかで何かの拍子に殴り合いになるようなものかと思っていたが、どうやら認識を改める必要がありそうである。

 開いている席を探してみるものの、タイミングが悪かったのかどこも埋まっており、相席にでもしなければならないような状況だ、来るのが遅かったというべきか。
 少し時間を開けてからまた来てみるかと思うと、ふと視界の隅から手招きされていることに気づいた。
 目に飛び込んできた銀色に一瞬自分の目を疑う。
 私に手招きしていたのは、昼間にすれ違った銀髪の獣人女性だったのだ。
 もしかして他の人を手招きしているのではないかと周囲を確認してみるが、他にそれらしき人はおらず恐る恐る自分を指差してみると彼女は頷いてみせた。

 どうやら本当に私を呼んでいたらしく、近寄ると座るように促された。

「席がないんでしょう? そこ、どうぞ」
「えと、ありがとうございます」
「いいのよ、こっちも男避けだし……ま、あんまり効果ないかもだけどね」

 私の顔を見てため息を付きながら彼女はメニューを勧めてくれる、私としてはなぜ彼女がここにいるのか、これが偶然なのか正直疑う始末だ。
 しかしとりあえず先に注文してしまわないと食事が来ないのでメニューに目を通すことにする。

 メニューを読むことは特に問題がないのだけれども、写真が無いからおおよその量とどういうものかの検討がつかないのが痛い。
 こういうところって量多めなのだろうかと軽く周りを見回してみるけれど、特に尋常じゃない山盛りといった様子はなさそうだ。

 メニューを一つ一つ見て、ノックラビットという肉が乗っているのに目が止まった。
 ウサギ肉があるのか、いいな、食べてみたい。
 元の世界ではあんまり食べさせてくれるところがなくて、一度調べてみたが国内ではほとんど取り扱っていなかったうえお高かった、これはチャンスということでまず一品はこれに決めよう。
 どうやらこの店では具材を選んでシチューをこしらえてくれるらしい、村での料理、シチューは赤茶色ばかりだった私は今、とてもホワイトシチューに飢えている!
 ノックラビットの肉をホワイトシチューにしてもらおう。
 野菜は……おまかせでいいや。
 あとはパンだな、パンがほしい、この世界のパンがどんなものかわからないけれど焼きたてで表面がパリっとして中がしっとりしているととても良い。
 そんなパンをそのまま、あるいはバターを塗ってがぶっと……シナモンと砂糖がアレば更に完璧なのだけど……。
 流石にそこまで都合のいいものはなさそうだけども窯焼きパンがあったのでそれにして、飲み物へと視線を移す。
 そちらは水以外比較的高めの設定になっていて果実類がある程度稀少であることが見て取れた。
 クララの果実水、レフィネの果実水、エリシスの果実水など名前が並んでいるのが現物とかどんな果実か知らないから選びようがない。
 普通に暮らしていれば口にしたことがあるものなんだろうねきっと。
 適当に指を踊らせて……レフィネにしてみるか。

 注文が決まったので近くに居た店員さんに声をかける。

「すみません、注文を」
「はい、どのようにいたしましょう?」
「ノックラビットの肉をホワイトシチューに、肉以外の具はおまかせで。それから窯焼きパンを……窯焼きパンの大きさってどれ位ですか?」
「大きさですか? そうですね、だいたいこれぐらいです」

 店員さんが手で大きさを教えてくれる、これぐらいなら二つは行けそうだ。

「では窯焼きパンを二つ、それとレフィネの果実水をお願いします」
「レフィネの果実水ですね。窯焼きパンに合わせるものは何にしましょうか?」
「あー……何がありますか?」
「そうですね、朝づくりのバターと、シュガー、それにちょっと珍しい所なんですがシェーナルっていういい香りのする香辛料がありますね。焼きたてのパンにバターを塗って、そこのシェーナルをかけてかぶりつくとそりゃもう美味いって評判で」
「ほほう……それは試したいわね。じゃあ付け合せはその3種でお願いします」
「はい、かしこまりました」

 注文が済んで周りが落ち着いたところで、正面に居た銀髪の狐族の女性へ視線を戻すけれど、彼女は耳に手を当てて何やら思案顔だった。
 時々ピクピクと耳が動いているのだけれど、なんというかこのしぐさ、電話をしてる時に似ているな。
 おじゃましては悪いだろうと思って話しかけるのは控えて注文が来るのを待つ。

 その間なんとなく視線を感じて振り返ると、幾つかのテーブルから視線が向けられていた。
 声を駆けてくるほどではないのだけれども何かしらうわさ話でもされているような居心地の悪さが残る。
 あんまり目立ちたくは無いんだけども。
 しまったな、帽子被ってくればよかったか。

 思ったよりも早く料理が運ばれてきたので食べて気を散らすことにした。

 ノックラビットのシチュー、とりあえず肉を一口。
 柔らかいかとおもいきや意外としっかりした噛みごたえだが、硬いということもない、あふれる肉汁はジューシーだが癖はなく意外とあっさりしている。
 程よく乗った脂がとろけてなんとも言えない味だ。
 野菜は滋味あふれるしっかりとした味のあるもので、半分ほどが根菜類のようだった。
 じゃがいものようなものが無かったのが少々心残り、ミルクの甘さが感じられるとても安心できる一品だった。
 そう、所謂ビーフシチューのようなこってりとは違う感じ、これが欲しかったのだ。

 窯焼きパンは表面がパリっとしていてちぎろうとすると皮が割れてこぼれてしまう、それに対して中身はしっとりもちもちとしていていい香りが漂ってくる。
 このまま食べるのもいいがやはりまずはバター、木製のナイフが添えられておりそっと掬うとおどろくほど柔らかい、もう夜だからできたてというほどではないのかもしれないが焼きたてのパンに塗るとさらっと溶けてしまう。
 そのまま一口食べればあらびきの小麦粉特有の香りとバターの香りが混ざって鼻孔をくすぐる。
 ああ、美味いパンに美味いバターとか本当に反則過ぎる。
 更に追加でシェーナルという香辛料をかけてみると、ああ……これはシナモンに似ているやさしい香りだ。
 パンの甘み、バターの甘み、そしてシェーナルの香りが混ざり合ってこれはもう定番にしたいね。


 気がつけば一心不乱に平らげてしまった。
 他の宿もこんな感じなのだろうか、だとしたら落ち着いたらぜひ食べ歩きしてみたい。
 美味しいご飯はやはり癒やしです。

 結局食べ終わるまで口をつけなかったレフィネの果実水、水に果汁を溶かしたものでうっすら青い色をしているように見える、光源が炎だから少し違うかもしれない。
 口をつけてみると確かに甘みが強く子供が好みそうな味わいだ。
 何に近いかというとストロベリーだろうか、口当たりがとても良いけどたくさん飲めるかというとちょっと無理かもしれない、もう少しさっぱりしてるほうが好みかな。

 ようやく一息つけたところで、目の前のまだ名前も聞いていない銀髪狐耳美女さんが私のことを見ているのに気がついた。
 ……なんだろう?
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