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氷樹の森の大賢者

19.新たな手札

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「次はどこへ行くの?」
「首都で回っておきたい所はもう終わりました。私はリリエラさんとの話が終わればエウリュアレに戻るつもりで居るんですが……納得してくれるかどうか。少なくとも後数日は滞在すると思います」
「ふむ、それじゃあ日も傾きかけてるしそろそろ宿に戻る?」
「……リーシア様は、見て回りたいところかは無いんですか?」

 あるといえばある、魔術具屋は見ておきたいしギルドで今まで手に入れたものを換金しておきたいし、どんな依頼があるのか確認もしておきたい。
 可能なら1つ2つ依頼をこなしてみたいとも思っているが、流石にこればっかりは時間がないか。
 図書館の本だってゆっくり見てみたいところである。

 そんな風に考えを巡らせた私の様子を察してか、ノフィカは別行動を提案してきた。
 私としては、それなら宿まで送り届けてからでもいいと言ったのだが、首都の中ですから大丈夫ですと押し切られて結果彼女の帰路を見送ることになった。

 その際、御鏡が申し出てくれたのでノフィカに付き添わせている。
 見た目丸っこい動物なので多少珍しくとも飼猫かなにかでごまかせるということでノフィカもそれで妥協することにしたらしい。
 姿が見えなくなったのを確認してから、私は魔術具屋のほうに足を向けた。

 いかにもファンタジーな世界の道具とか気になるじゃないですか。

 看板の場所は覚えていたため特に迷うこともなく店の前へとたどり着く、閉店中と表記されていた看板は取り払われており、開店していることを知らせていた。
 扉を押してみると蝶番のきしむ音が響く、あんまり手入れがされていないのか、それともそういうものなのか。
 とにかく雰囲気はたっぷりだった。

「ほう、初顔だね」
「あ、こんにちは……」

 扉をくぐってすぐ前にカウンターがあり、店主と思われる老婆と視線があった。
 切れ込みを入れた帽子から片方だけ覗く目がこちらを見ているのだが、怖いと言う印象はあまりない。
 愛想の良さそうな魔女とでも言えばいいだろうか。

「どのような品をお探しだい?」
「ええっと……どんなものがありますか?」
「おや、見た目は術師っぽいのに道具には疎いのかい? 腰から剣をさげてるし剣のほうが本業かね?」
「あー、いえ……両方?」
「そいつは変わってるね。まぁいいさ、気軽に見て回るといい、商品の説明が必要なら聞いとくれ」

 そう言って店主のおばあさんはカウンターの方で新たに並べるのであろう商品の確認に戻った。
 まぁ、万物の叡智私の能力があれば特に説明も必要ないだろう。

 気になったものに能力を使っては使い方を確認していく。
 刻印魔術を使う際の助けになる術具、数値的に見るとマナ収束力を補助したりする装飾品類が多めだ。
 マナ収束力はある程度時間が経過しないと回復しない、所謂ところのゲーム時代のMPと同じようなシステムになっているらしいからやはりこういう底上げは有効なのだろう。
 その他に魔術に対して強い耐性を持つ防具類。
 まだ制限されているものの、私の持つスキルでも作れるだろう、付与を施した装備類などが並んでいる、なんというかこの辺はありきたりだ。

 別の棚を見て回ると、水薬が各種並んでいる。
 こういう物品は刻印魔術関連なのかとおもって確認すると、回復系のポーションだった。
 醸成するときに刻印魔術による手間があるらしくこちらに置いてあるようだが、店主のおばあさんに聞いてみるとギルドの方でも扱っているらしい。
 取り扱いをどっちかに制限するよりも、手広く手に入るほうがいいということでかなり昔からお互いにやり取りをしつつ取り扱っているのだとか。

 その隣に行くと今度は金属類と宝石類が並んでいる。
 一見関係なさそうだがこれらはオーダーメイドのために並べてあるんだとか。
 素材を選んで一からオーダーすることで個人にあったものを作れるとのことで、素材をわざわざ別の場所に求めに行くと二度手間だからとギルドから買い付けてあるんだそうだ。
 うーん、私も何かそのうち作ってもらいたいねぇ。
 いや、こういうものこそノフィカに選んであげるべきか?

 次の棚へと移ると、そこには符と金属の針のようなものが並べられていた。
 符はお札ぐらいの大きさである程度の枚数でまとめて束ねられており、針の太さは竹串程度、長さは十五センチぐらいで意外としっかりした重さがある。
 何か術でも込められているのかと思って確認してみると、どうやら刻印符こくいんふ刻印針こくいんしんという、魔術を込めることができる代物であるらしい。
 開放は対して難しくなくマナを流して投げればいいようだ。
 これは……どこまで込められるかわからないけどぜひ欲しい代物だね。
 読解者プロフェッサーとしての血がうずく。

「すみませーん、あっちにある刻印符と刻印針ってやつ、どの程度の術まで入ります?」
「術の程度かい? 符のほうはそこまで強いのは入らないよ、符が耐え切れなくて弾けちまうからねぇ。針のほうは金属だからその分強いのが入る、ミスリルぐらいになるとよほど高位の術者の術でも入るからそこら辺が目安かねぇ、自分の実力とくらべっこって感じだ」

 それ、一番困る。
 符が1枚10sil、針が強度毎に違うが一本あたり鉄で30sil~ミスリルで500sil。
 ミスリルでとなると流石にお財布が痛いのだが、もしも私のゲーム時代の魔法が込められるのならこれはとてつもないアドバンテージになりかねない。
 ぜひ確認しておきたいところなのだ。

「試し込めとかってさせてもらえたりはしませんか?」
「試しに使うやつは買い取ってもらうけども、それでよければ店の裏でできるよ」
「では、いくつか試させてください。とりあえず……1000silお支払いすれば全部試せますかね?」
「ミスリルまでかい? まぁ、担保としてとりあえず預かっておくよ、実際に受け取るのは試しとお買い上げの分だけさね」

 そりゃそーだ。
 こうして店の裏手で術を込めるテストをしてみた結果、よほど加減した刻印魔術がなんとか符に入れることができた下限、そして針のほうは銀の針で私の刻印魔術をあらかた込めることに成功し、ミスリル製の針に至っては私の持つ初級魔法、"氷結針アイシクルニードル"と"雷影閃ピアースライトニング"を込めることに成功したのだった。
 流石に発動させると危ないかもしれないので試射はどこかよそのところでやることにするのだが、その前段階で幾つかを買い込むことにした。
 ひどく安価で弱い消耗品の符と、高めの消耗品ということであんまり数を買っていく客は居ないらしく、私が買いたい数を言うと店主はびっくりした様子で奥から在庫を箱ごと持ってきた。

「こんな量買い込むなんてはじめて見るけど、本気かい?」
「本気ですよ、私にとってはこの手のアイテムは喉から手が出るほどほしいものなので」

 刻印魔術はもちろん、私に取って最下級の魔法とは言え込められるという事実はそれだけで手札がまるで違ってくるのだ。
 こんなの持っておきたいに決まっている。

 勢いで提案した購入数は村長から受け取った仕事量を含むお金ではたりず、インベントリの中から金貨を数枚取り出して見せてみる。
 これでダメだったら手に入れたアイテムの現物と交換を提案するか、ギルドで換金してくるから待っててくださいと言って走るしか無い。

 店主のおばあさんはしばらく金貨を見た後、こんなできが良い金貨ははじめて見たよと言って取引に応じてくれた。
 使えるっぽいね、よしよし。
 符や針を使いやすい場所にまとめておける小型のポーチや針刺しのようなものも合わせて売ってもらった。

 買ったものを袋に入れるふりをしてインベントリにしまい、御礼を言って店を後にした。
 またきとくれよー、と言ってくれたのでいろいろ落ち着いたらノフィカに持たせる裝備のオーダーでもしに来たいところだね。

 店は十分見て回って満足できたので、次はギルドの方に顔を出してみることにしよう。
 今日の昼に顔を出したばっかりだけど、一回の受付周りと依頼については何一つ確認していないからね。

 夕方頃にやって来たギルドは昼に来た時とは違ってかなり違う様相を呈していた。
 昼前にやって来た時のほうがマシだったと感じる。

 依頼の精算に来たのであろう冒険者のパーティ、依頼に失敗してボロボロの姿を晒しているパーティ、そんなパーティに見下したような視線を向けるパーティ、なかなかに嫌な空気の漂う場所になっている。
 血の匂いとかがあんまりしないだけマシかもしれない。

 素材買い取りを担当しているカウンターから番号札をもらい、待っている間は依頼が貼りだされている掲示板の内容をチェックに当てることにした。

 ざっと見た感じ、まず基本的に臨設依頼と常設依頼の二種類に分かれているようだ。
 常設依頼のほうは紙が古く煤けているが撤去されていないところを見るにまだ有効なのだろう。
 内容はほぼ全部採取系、治療薬のためのハーブ採取だとか、燃料となる木材採取、紙を作るための草の採取などが細かく種類分けされて記載されている。
 どれも私が知らない名前のものばかりで、一部のわかるものは霊草だとか、エウリュアレ周辺で見つけた植物ぐらい。

 臨設依頼のほうは普段は依頼として出ていないものがいろいろと貼られているようで、討伐、護衛、探索、調査などが中心となっている。
 意外なところで鍛冶師の弟子募集だの行商人見習い募集だの求人がでていたりもした。
 結構総合的なんだね。
 少々古いところでは半年ほど前の人の捜索願などが貼りだされている。
 この世界で半年行方不明は、かなり望み薄だろうねぇ……。
 場所はフローネ山とか書かれてるけど、この世界の地理にさっぱりだからこれだけ書かれていてもわからないなぁ。
 まぁ、知らない人のことだし……私にはどうしようもないとして、アーレイスさんに頼めば地図を見せてくれるかもしれないし、行動するまでに一度見せて貰いに行こうかな。

 ノフィカの護衛があるから今は依頼を受けて動くこともできないだろうから、冒険者用の道具だけでもざっと見て回ることにするかと奥へ向かうことにした。



 ついつい長居をしてしまったが、気づけば窓の外が暗くなり始めており切り上げて宿へ戻ろうとギルドの受付の方へと戻ってきたのだが、何やらにわかに騒がしい。
 気づけば血塗れでボロボロになった布を巻いただけの重傷者といって差し支え無いだろう冒険者が数名、部屋の隅で治療を受けていた。

 折れた棒──おそらく槍だったのだろう──を持った今にも意識を失いそうな壮年の男性は体中傷だらけで身に着けている皮鎧は深くえぐられた後がいくつも残っている。
 鞘だけを腰から下げている鍛えぬかれた体の、けれども見る影もない青年の鎧は何箇所もが砕けてもはや使い物になりそうもない。
 左腕に血塗れの布を何重にも巻いて……肘から先が無い女性はおそらく格闘術を使うのだろう、右腰だけにナックルを下げているが、その視点は虚ろでずっと何かをぶつぶつとつぶやいている。
 杖にすがって泣き続けているローブを着た女性は比較的怪我が少ないものの、話をするだけの精神的な余裕はなさそうだ。

 周囲に漂う空気は重苦しく、ギルドの受付をしていた女性が腕を組んで何やら考え込んでいた。

 その様子だけを見るのであれば、パーティが壊滅して戻ってきた冒険者でしかないのだが、冒険者にとってよくあることだろうそれは、彼らにとっては想像もしなかった未来だったに違いない。
 階段の上から誰かが駆け下りてくる音がしてそちらに目をやると、慌ただしく降りてきたのはギルドマスターのゲオルグさんだった。

「"ユーテリア"のメンバーが戻ったと聞きましたが!?」

 ふむ、察する所このズタボロの人たちは"ユーテリア"とかいうグループなんだね。
 にしても4人か……推定で術師一人に前衛3と言うのはいささかバランスが悪い、この重苦しさを考えたら何人か死んだか?

「……4人、だけですか? 一体、何があったというんです!? レルム、他の三人はどうしました!」
「す、すまねえ……マスター、ミノタウロスの肝、取ってこれなかった……あんな、あんな化け物じみた奴が居るなんて思わなかったんだ……」

 化け物という言葉に場がざわつく、レルムと呼ばれた男性がそう呼ぶような敵が存在するということがそうさせるのだろうか。
 私からすると状況がさっぱりわからないんだけども、その敵と言うのはミノタウロスなのか、それともそれ以外の何かなのだろうか。

「ま、マスター、どうします?」
「……すぐに新たなパーティを募ってミノタウロスの肝の採取に向かわせてください。昼に最後の薬を使ってしまっていますから、在庫が無いのは一刻を争います」
「ま、待ってくれ! またあいつに出会ったらまずい! あいつは、ミノタウロスと呼べる存在かもわからないんだ!」
「ええ、あなた達のこの有様から承知しております。ですから、今は少しでも詳細な情報が必要です……話していただけますね?」
「……わ、わかった」

 その場が落ち着きかけたその時、扉が勢い良く開け放たれ碧の毛玉が私めがけて飛び込んでくる。
 とっさに抱きとめる、確認するまでもなく御鏡だ。
 続けて駆け込んできたノフィカ、その様子に何かが起きたことは一目瞭然だった、ギルドの視線が集中するのも気にせずノフィカはその場に居たゲオルグさんへと駆け寄る。

「ゲオルグさん、カイネルソン呼吸不全症です!」
「……なんだって?」

 考えていた最悪の事態が訪れた、ゲオルグの表情がそれを物語っていた。
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