ユニオン・マギカ

ユリア・ソレイユ(紫月紫織)

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氷樹の森の大賢者

幕間-神刺す枝を掲げる者

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 まだ日が昇る前の薄暗い時間帯、騎士団の前は喧騒に包まれていた。
 百人を超える騎士たちが慌ただしく行き交う様は、早朝から仕事に出る人たちを不安にさせるのか通りの少ない人々も何やら怯えたような視線を向けている。

 人員は足が早く長距離の移動にも慣れた騎士が首都の防御を疎かにしない程度に招集されている。
 今回の件に関して、人員が多く集められているとは言えないだろう。

 実際の所これは先行部隊であり足止め部隊である。
 それが意識された構成になっていることは、見識のある人が見ればわかるはずだ。
 幾つもの馬車が並び、馬が集められ次々と荷が積み込まれていく。
 日頃の訓練の賜物だろうか、その作業は非常にスムーズで、このままいけば夜明けとともに出立という運びになりそうだ。

 私、アラクネはそんな光景を見ながらこれからのことへ考えを巡らせていた。

 宿屋で寝ていたところを唐突に訪ねてきたのがこの国の騎士団の長、ユリエルという男だった。
 私の所属する組織を考えれば協力を求められるのはおおよそ予想通り。
 何より、ユーミルの事象推測フォーチュンエフェクトにほぼ近い結果ということもあり、私は二つ返事で彼らへの協力を承諾したというわけだ。

 アイゼルネの襲撃、その結果がどうなるのかまでユーミルは語らなかった。
 結果について語らないこと、それが良い未来を引き寄せるための条件なのだと彼は言う。
 私はその事象推測の結果を少しでも良い物に、あるいはどのような結末になるかを見るためにここへやって来たのだ。
 耳飾りに軽く魔力を注ぎこみ活性状態へと移行させる。
 周囲の音を拾い、同じ振動をする通信用の試作道具、共鳴結晶クォーツは微かに向こうの音を伝え、そしてまたこちらの音を向こうへと送っているはずだ。

「こちらアラクネ、聞こえるかしら?」
『こちらユーミル、感度はまずまずといったところかな。そちらの状況はどうだい?』
「貴方の予測通り、アイゼルネの軍がエウリュアレ近辺の海岸に上陸したそうよ。今騎士団が準備を急いでるわ」
『そうか、何か運命を決定するような、ターニングポイントになりそうな人は居た?』
「……今のところ見てないわね」
『見過ごしているのかもしれないよ?』

 未来の出来事をある程度言い当てる能力を持つ、私達の導き手のような位置に居る彼、ユーミルはそう言って意味深に笑う。

「もしも私が見過ごしているというのなら、その程度ということではないかしら?」
『さぁ、どうだろうね……まぁ私に見えているのは可能性だけだからね、アラクネが良い未来をつかむことを祈るよ。……気をつけるんだよ』
「覚悟はしているわ」
『そういうことではないだろう』

 不意に会話に男の声が混ざる。
 声の主はやや不機嫌そうだ。

『ユーミルはユーミルなりに、お前の身を案じているんだ。アラクネ、生き残ることを第一に考えろ、生きていればこそ再起も叶う』
「……わかってるつもりよ」
『確かにお前は俺よりもよほど賢い。だが、お前は心の何処かで自分のことをどうでもいいと思っているフシがある。見ていて危ういんだ、ちゃんと生きて帰って来い、いいな?』
「どうでもいいと思っているつもりはないけれど……わかったわ」

 返事をしてもどこか不満そうなため息が帰ってきて、私は共鳴結晶クォーツにマナを送るのを終了した。
 声の主、カルバリウスの言葉が少しだけ胸に刺さったまま残っている気がした。

 話している間に周囲の準備はだいぶ進んでいたようで、小隊の編成も概ねまとまったようだ。
 そんな中、副団長が私の方へと近寄ってくる。

「アラクネ殿、少々よろしいか?」
「何かしら?」
「貴方の護衛に付く騎士の選定なのですが」
「必要ないわ、自衛ぐらい心得てるもの」
「……しかし、術師の方には護衛をつけるのが定石です。隊長からもそう手配するように指示されましたので」
「術師、という枠に私は入らないわ。確かに術やそれに類する知識はあるつもりだけれど、白兵戦も同じ程度には収めているわ」
「そうですか、では隊長にはそのように伝えておきます」

 しつこく食い下がることはせず済ます、そういった割り切りの早い所はとても好ましい。
 この状況下だから時間を取りたくないというのもあるかもしれないが、柔軟な判断のできる良い部下だろう。

 程なくして戻ってきた団長のユリエルは私にとって見覚えのある青い髪の女性を連れてきていた。
 その時は見なかった長杖を抱えた女性はやや暗い面持ちで、けれど決意を秘めた目をしている。
 どうやら彼女に会いに行っていたようだが、連れてくるというのはどういうことなのだろうか。

「アラクネ殿、こちらはエウリュアレの巫女のノフィカだ。現状では村のことについては彼女が一番詳しいだろう、村へも同行することになっている」
「……本気なの?」
「彼女のたっての希望だ、そもそもエウリュアレの巫女である以上、彼女を拒否する権利はこちらにない。そこで、アラクネ殿は腕に覚えがおありと聞く、彼女のことを任せても構わないだろうか?」
「なるほどね、いいわ。彼女にも興味があるし、色々聞いておくとしましょう」
「助かる、では私も準備に入る、半刻後には出立するだろうからそれまでに準備を整えておいてほしい」

 そう言ってユリエルはノフィカをその場に残して騎士団本部へと戻っていった。

「私のことはアラクネと呼んで、仲間にもそう呼ばれているわ」

 そう言って彼女へと声をかけてみる。
 緊張しているのか警戒されているのか、とりあえず声をかけて様子を見てみようと思ったのだが、どうやら反応からするに警戒はされていなさそうだ。

「ノフィカ・フローライトと申します。エウリュアレで巫女をしています……あの、アラクネさんは、どうしてここに?」
「騎士団に同行してエウリュアレに行くためよ、決まっているでしょう」
「……なぜ? 私が言うのもなんですが、今エウリュアレに向かうのはおすすめできませんが」
「そうね、そのままそっくり貴女に返したいけど、貴方がエウリュアレの巫女として戻ることを選んだように、私にもそれをする理由があるからよ」
「理由……伺ってもよろしいですか?」

 話さない、という選択肢を選ぶかどうか考えた。
 私の所属や目的については公表して歩くようなものではない。
 もちろん、誰にも話さない極秘任務というわけでもないが、話す相手は最低限選んでしかるべきだろう。
 彼女はどちらだろうかとしばらく考え、私は話すことを選んだ。
 彼女からいろいろ話を聞くにはある程度信頼してもらう必要がある、そのためにここで話しておくのは決して悪い選択肢ではないはずだ。
 わざわざ吹聴して回るような人に見えないというのもある。
 だから私は自分の所属と目的を話すことにした。

「私は、神刺す枝ミスティルテインという組織に属しているわ」
「みすてぃる……ていん?」
「組織の目的は、アイゼルネという大きな力に対する抵抗力、とでも言えばいいかしら。私はその組織の一員として、新たな同志となる人を探すべくあちこちを巡っているわ」
「なるほど……今回のエウリュアレへ同行するのも、それが理由ですか」
「あのユリエルっていう騎士団長に協力を頼まれてね、アイゼルネについては知っていることもあるから。そういえば一つ聞きたいんだけど、昼間貴女と一緒に居たローブ姿の女性、リーシアって言ったかしら?」
「リーシア様のことを知っていらっしゃるんですか?」

 彼女のことを匂わせただけで食いついてくるとは。

「たまたま夕食の席が一緒になってね。彼女は居ないの?」
「すでに寝ていたのか声をかけても返事が無かったので、書き置きだけ残してきました。このことは書いてませんが」
「……彼女は貴方の護衛だったと聞いているけど?」
「リーシア様も意外と口が軽いですね……"これ"が護衛の範疇に入るとお思いですか?」

 そう言って彼女は後ろの光景へと目を向ける。
 そこに日常といったものはもう感じられない。
 武装した小隊が十数隊、整然と整列していた。

「貴方は随分とお人好しなのね、長生きできなさそうだわ」
「そういうわけではありませんが」

 これ以上その辺りをつついても彼女はまだ話してくれそうにない。
 もう少し信頼されるまでこの辺を聞くのは無理だと判断し、話を変えることにした。

「随分と重そうな杖を持っているけど、杖術の心得はあるのかしら?」
「いえ、ありませんね。これは先日頂いたものです」
「そう、それじゃあ何かあったときは私の側……そうね、遠くても10メテルぐらいに居てもらえるかしら。それぐらいなら守ってあげられると思うわ」
「わかりました、よろしくお願いします」

 一旦話を区切ったところで騎士団の号令がかかる。
 出発の準備が整ったのだろう、まだ陽は登っていないため篝火が彼らの姿を照らす。
 私たちは後ろから二つ目の馬車に乗り、日の出とともにウィルヘルム王国の首都を出発した。



 馬車での行軍はその後のことを考えれば信じられないぐらいに平穏だった。
 何度か魔物に襲われこそしたものの、そこは騎士団ということもありいともたやすく撃退していて私や彼女──ノフィカが襲われることもない。
 多少魔物相手に傷を負わされた団員に彼女が"再生"の刻印で治療を済ませるだけで行軍は続行され、二日目の野営となった。

「アラクネさんは、十二年前のことをご存知なんですか?」
「そんな歳に見えるかしら? 知識としてというのなら、一通りのことは聞いてるつもりだけどね」
「聞いたぐらい、ですか……おそらく立場上、各国をめぐりアイゼルネの軍を見てきたことがあると思うから聞くのですが、どうなると思います?」

 周りの騎士に聞かれないように声を潜めて問うノフィカに対して、私は答えというものを持たない。
 騎士の練度というものに私は詳しくないのだ。

「あいにくと私は騎士の戦いに対して熟知しているわけではないわ」

 そもそもミスティルテイン事態、表立って戦えるような組織ではない。
 多少の武力があれども、その集団としての力は国の騎士団の足元にも及ばないだろう。
 崩し方なら多少心得ている、というぐらいだ。
 その私から見ての見解というのならば……。

「目的を見誤らなければ、致命的な事態にはならないと思うわ。相手がよほどこちらの予想を超えてこなければ、という前提はつくけどね」
「……回避は、無理でしょうか?」
「私達が調べた限りのアイゼルネであるかぎり、不可能でしょうね」

 寒気をこらえるように自分を抱きしめる彼女を前に、私は未だ見ぬアイゼルネの軍勢を思って表情が険しくなるのを自覚していた。

 ユングフラウという名の神を信仰するアイゼルネという国家。
 その行動理由は未だによくわかっていない。
 わかっていることは、遠征として派遣された軍勢は一兵たりと最後まで降伏することなく、死ぬまで殺戮と破壊を繰り返すということや、数十年前からこちらの大陸へとやってくるようになり、多くの人の命が失われ村が焼き払われたことぐらい。
 彼らの戦い方は何かに取り憑かれたようで、不気味でおぞましい。
 腕を切られようが腹を突かれようが、足が砕けようがその行軍をやめはしない。

 ユングフラウという名の神がどんなものかも、私たちはまだわかっていないのだ。

「そういえば、アラクネさんはどうして……ミスティルテインに?」

 重くなった空気を変えようと思ったのか、彼女が矛先を変えた質問をしてくる。
 その内容は私にとってはあまり好ましいものではなかった。

「……たぶん、許せなかったからだと思うわ」
「許せなかった……?」

 何が、とまでは答えなかった、答えられなかったという方が正しいかもしれない。
 その言葉自体に嘘はないけれど、解釈の違いぐらいは許して欲しい。

「そういう貴女はどうしてエウリュアレに戻るのかしら? 彼の地はその役目事態はすでに果たしているはずだけれど」
「私は……守られた側の人間でした、十二年前は。今は、少なくとも私が助けられる人が居ます、それが居るのはエウリュアレですから。それに……私はエウリュアレの巫女なんですよ」

 杖を強く握ることで震える手を隠しながら、彼女はそれでも笑ってみせた。
 彼女は弱くて、力もなくて、それでもきっと強い人なのだろう。

 夜の会話はだんだんと違うものへかわり、やがて他愛もない雑談となり寝入るまで続いた。
 翌日の昼になって、もうすぐエウリュアレに付くという頃になってそれは起きたのである。

「後方の空より接近する影あり!」
「陣形を組め! 弓のあるものは矢を用意して待機!」

 速やかに弓を持った騎士が構えていつでも射れる体制を整える。
 弓のないものは盾を構え弓を構えているものの前に立つ。
 その速やかで無駄のない行動の間にも、見る間に空に見える影は大きくなり、そして──

「ユリエルさん、止めてください! あれは……」
「……全員待機!」

 瞬く間に大きくなった影は、グリフォンに騎乗した人影だった。
 人影は敵意がないことを示すためかその両手を大きく広げている、私も見覚えのあるその女性は隊から離れたところに着地しゆっくりとこちらへと近づいてくる。
 護衛だというのに強くないと自分を評価する変な人、という印象はこの時に私の中から完全に消え去った。
 変で当然だ、グリフォンは魔獣に分類され騎乗するどころか飼いならすことすら不可能で、見ることすらも稀と言われている。
 その背に当たり前のようにまたがり飛んでくるなど、神代の物語でしか聞いたことがない。 

「エウリュアレに向かうウィルヘルム王国騎士団で間違いはないかしら?」

 ざわつく騎士たちの中にも、彼女の姿に見覚えが合ったものが居るのだろう、魔物が現れた時よりもよほど周囲がざわついている。
 そんな周りの様子をどこ吹く風で眺めつつ、彼女の視線はまっすぐノフィカへと向いていた。

「……どうして?」
「何も言わずにっていうのはちょっとひどいわよ?」
「……リリエラさんのこともありますから、話せばきっと力を貸してくださると思ってました。だから話さなかったのに」

 リーシアは呆れたのか困ったのか、帽子のつばを引っ張って表情を隠した。
 口元が隠れていないから、ノフィカからすれば感情を読み取るぐらいのことはできるだろうに、まるでそうすればごまかしておけるとでも思っているようだ。

「そこまでお人好しと思われてるとは思わなかったわ」

 周囲の騎士たちが警戒を解いていいのか未だ判断できず、剣の柄に手をかけた状態で困惑する中、青味がかった銀色の髪をたなびかせた彼女──リーシアは呆れたように言ったのだった。

「後で風の便りに顛末を聞くなんてお断りだわ、それにほら……」

 そう言ってリーシアは道具袋の中から青味がかった金属のプレートを取り出す。
 陽の光を受けて輝くそれを見せながら、彼女は言うのだった。

「私の所属、エウリュアレなのよ。事の顛末に関わる権利はあると思わない?」
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