暖をとる。

山の端さっど

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-02℃ 紅花散る棺桶

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 紅、白、紅、白、紅、白。
 バラ、ユリ、チューリップ、スイセン、シクラメン、デイジー。中年男の刑事は、紅白の花が壁まで埋め尽くす病室を見回した。

「マジかよ……」

 そのピアニストは、半身にも等しいと普段より語っていたピアノと同じくらいに花をこよなく愛していたそうだ。
 ならば、最期にも棺桶の中で花に包まれる自分を想像することで、少しは心を慰められただろうか。
 とはいえ、すでにこの部屋が棺桶みたいなものだ。葬式場なら黒白の鯨幕だろうに、と刑事は言いたくもなる。

 病室はピアニストの熱狂的なファン達から贈られた様々な種類の花でいつも満ちていた。迷信を信じないピアニストは鉢植えも好んで求め、飾らせた。毎日のように花を替えてもまだ贈り花は余ったという。しかしそんなものは体中に巣食った癌を押しとどめる役にはつゆほども立たなかったらしい。そして病魔はついにピアノさえも彼女から取り上げた。半身を失う。その事実は彼女の精神をどれほど蝕んだだろう。それからの悪化は早かった。
 それからだ。ピアニストが、残る半身にすがりつくように、病室を壁までびっしりと花で満たさせるようになったのは。

(真っ白な病室をこんな花で埋め尽くすってのは、そりゃ正気じゃねえな)

 精神と肉体は呼応する。ピアニストはみるみる弱っていった。医師の予測よりも迅速に、突然に、命の弦は途切れる。
 死因は確実に病死だった。癌による、れっきとした病死。



「なのに、この遺体は何だ……?」



 心停止後すぐ、ほんのわずか部屋から人が消えた隙に起きた変化だったという。

 布団がいつの間にか剥がされていた。入院着も下着もはだけて、腹も――腹は、ぱっくりと裂かれていた。さらに露わになっていたのは、自然に出たにしては晒されすぎた臓器。中をかき乱されたかのような痕があった。
 かき混ぜる者スターラー
 出来上がったのは、最近起きている女性ばかりを狙った猟奇殺人事件と同じ状況。

「殺人の方は手段であって目的じゃねえ、ってのか……」

 刑事は途方に暮れて部屋をまた見回した。



「白花のピアニスト」の病室だったものを。
 様々な真っ白の品種ばかりの花を。
 白い病室を、白い花で上書きする狂気を。
 スターラーの凶行によって紅くまだらに染まった花を、途方に暮れて見ることしかできない。
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