百一本目の蝋燭様と

山の端さっど

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八間八本

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 おうい鷹っ子、帰ったぜ。空気が少し違うが、誰か客でも来たかい?

『そうなんだぞ! 後で話を聞いてほしいぞ!』

 おうよ、そんじゃ少し蝋の中を整理してからな。
 懐が重いぜ。きさらぎ駅行き切符に骨に笑い袋に寄せ木細工に隕鉄に小瓶に小槌に五寸釘に柘榴ざくろに原稿一束に麦わら帽子に木魚に金魚鉢にほら貝にトランプに麻桶あさおけの嬢さんから貰った髪一本にすずなにすずしろにばさみに虫眼鏡に電池に呪いの首輪に腕輪に足輪に耳輪に重ったいガラス玉。はぁー、連日疲れるねぇ。妖気の蝋に隠しとける呪いなんざ、たいした量じゃねえってのに。

『妖気だけで呪いをそんなにいっぱい包み込めるなんて、ほのお先生はそこそこ凄いんだぞ。ほうぼうが言ってたんだ!』

 おん? 鷹っ子よ、「這這」って、他でもねぇ隙間男のおとっ子の事かい? 会わせたことあったかね。

『? 三十五年前に先生が言ってたんだぞ。先生が居ない時に「餌」に襲われたり危険な目に遭ったら名前を呼べって。先生の唯一の家族みたいなもので、呼んだらいつでも出てくるちぎりをしてるって』

 ……そういや言ってたが……そんじゃ、いつ、ほうを呼んだ?

『今日だぞ』

 今日?! あっしが出かけてた長針二回りの間にか?
 何があった? 餌が来たのか? 怪我してねえか? 見せてみな。

『心配ないんだぞ! いつもなら狩りに行かないくらいの小さい餌だった! 這這を見守りにして、初めて呪いを受けてみたんだ!』

 呪い?! 何処だ?

『くすぐったいんだぞ、先生。帰ってきたときすぐに先生が気づかなったんだから、もちろん解呪は成功してるんだぞ』

 ……確かにな。解けてる。
 全部あぁた一人でやったのかい?

『そうなんだ! 焔先生の言った通りにしたんだ。這這も褒めてくれたんだぞ。呪いの綻んでる隙間を見つけるのが上手だって!』

 ああ、見事なもんさ。よくやったねぇ。
 しかし、どうして今、いきなりあっしの居ないときに挑戦したんだい?

『実はいきなりでもないんだぞ。先生が今日くらいの時間をかけて出かける日に餌が来たら、やると決めていたんだ!』

 そりゃまた何のために?

『先生を驚かすためにだぞ!』

 ……はー。
 ……はぁー。
 這め、それで、あっしにすぐ知らせないで黙ってたな。
 いつの間にか雛っ子がこんなにでっかくなっちまって。

『なあ、先生、驚いたか? 嬉しくなったか?』

 ……ああ。勿論さ。

『それはとても嬉しいんだぞ! 呪いも少し使えるようになったから見てほしいんだ!』

 見せてみな。

『うん!』



 ほう、ナイフに籠もった鋭い呪いだったか。

 切れやしないのに翼を目がけて、
 やはり切れずにあぶくと消えて。

 呪いという名のそれが残れば、
 一矢、いやいや一切りだけは、
 神に報いたと思いこめる。

 一つ報われた気で死ねる。

 そいつを切られず受け止めて、
 両のかいなで押し止めて、
 静かに解いてやったらば――



 ――やあ、こいつは良い。
 翼の奥まで入り込んだ鋭い毒が薬になって、翼が芯からつやつやになったじゃねぇの。

『そうなんだ! 強くなるのが良かったけど、これも悪くないんだぞ』

 いや上等上等。が生えるよりゃ唐突じゃねえさ。
 どんな呪いを食えるかってのは時と運によるからな。少しずつ強くなっていきゃあ良いの。

 ……さてと、あっしも久々に会うか。
 おうい、這這。あっしだぜ。隠世かくりよ現世うつしよの隙間を這って這って這い去ったように這って這って這い寄って来な。

『…………ずるり。ずるずるり。や、やあ、百一本ひゃくいつ。ひ、火が、ずるる、しばらく見ないうちに、逆立ってて綺麗に、なってる』

 おうよ弟っ子。お前もこんなに薄っく平たく、得体の知れない貫禄つけたねえ。

『元気、にしてたの、はし、知って、いつも聞いてる、鷹神子みこから、も、るるりり、てけり』

 鷹っ子が世話になったよ。
 お前も元気にしてたんだろう? 噂を全然聞かねぇもんなあ。

『……絶好、調、どこへでも、どの隙間でも、ずるるり。で、でもで、できれば今の今、隙間のこの、時間に、は、話をしたい、兄弟、ざりり。ずるずる』

 ……構わねぇぜ。
 鷹っ子、しばらく外出てな。呪いにも風浴びせた方が良いだろ。

『分かったんだぞ! 這這、また頼むんだ!』
『ずるり』





 ……よし。話だ。

『こそ、潜りながら、隙間をぬ、縫って、にいを探してる奴らがいる、るよ』

 奴、ねぇ。つまりはあの人間の坊主っ子だけじゃねえって事かい?

『そ、そう、そうだよ、察しの良い兄や……大した事に違いないんだ、ずるるりり。だって』

 言い淀んで隙間から押し出す言葉を聞こうか。

『……だって、また、だ、『だいだらぼっち』の手の者だと言うんだ、ずる。ずるるる、るり、って、ああ、ひどい、ずる、り』

 ……まるで都市伝説だ。

『五年前から、ずっと探してるって言うん、んだ、兄』

 だろうよ。そうだろうさ。そうに決まってらあ。
 はーぁ、しつっこいねぇ。燃して吹き消してやろうか。

『兄や……嫌な、予感、だ、ずりりりり、ずるる。隙間の少ない、狭い、ぎっしり詰まっ、た、奴ら、るりずる』

 ……分かった。這、あぁたは逃げろ。鷹っ子のことも最小限でいい。あっしからもう呼ばねえよう言っとく。

『で、も、ずるり、そういうわけに、は、ずず』

 ああ、そうだ。
 這、坊主っ子からここを隠すのも止めて良いぜ。

『ずるぅ……で、でも』

 気にすんなって。あぁたは潜んで隙間っから安全に情報集めまくって貰わなきゃあ。
 あっしらみたいなささやかな妖怪どもは、事が起きる前の前から手に手を打って布石と伏線の上を生き残っていかねえとさ。先の先の手を打たねえとな。その為にゃ、気づいたその時に走り出さねえと間に合わねえんだ。
 さ。

『……るる、分かっ、た、兄や』

 うん。そんじゃあこの後の相談だけ……



『焔先生! あの人間が来るぞ!』



 ……ん?
 遠くっから鷹っ子の面白い冗談が聞こえた気がするんだが。

『ざ、残念、だ、兄弟。か、彼は、この近くに、今居る、るる、ずるる……さっきまで、隠して、た、てけり』

 ……今からもう一度隠すってのは?
 無理か。
 そりゃ、無理だよなぁ……



「……っ百一本さんっ!!! 見つけました、よ……」



 ったく。あー、鷹っ子、止めなくていい。ここには土足で入んなよ。よいしょ、枯れっ葉も入ってきちまった。

「この山全体を、麓からずっと囲い込んで山頂まで探したんです! 二度浚っても動物しか見つかりませんでしたけど、諦めなくて良かった」

 そいつは良い皮肉だな。
 まあ座んなさいな。なんでこの山を選んだんで?

「……大鷹が訪れたという伝承が、奇妙な形で地元住民の間に残っていたからです。見た者、見ていない者、知る者、知らない者、その関係性を分析して調べました。ノイズが定期的に入っていて厄介でしたが、■■年■月■日の日中正午付近、この山に一度、本当に小型飛行機ほどの大きさの特殊な鷹が訪れた可能性があると判断しました。特殊な、というのはつまり」

 あっしら寄りの存在って事かい。
 あぁたに鷹っ子を見せたのは失敗でしたかねえ? それにしたって、その大鷹が本当にあっしと関わりがある鷹かは確信無かろうに。

「いえ、その前に地域については、麻桶比売髪あさおけのひめのがみの神社に詣でて絞り込んでいました」

 ……麻桶の姫さんがあぁたに何か一言でも喋ったってのかい?

「いえ、境内に居た阿立あだちという信者から聞いて」

 ああ、あの事件のときの。
 痛めつけちゃいねえでしょうね?

「そんな事をしたら私が祟られるじゃありませんか! ちゃんと、ええと、道義心? あるやり方にしました」

 それ以上は聞きませんよ。近親者までみぃんな姫さんの庇護対象信者なんだ、本人じゃなくて親兄弟をぶっ叩くって脅しじゃねえのは分かってる。ならろくなもんじゃあねえでしょう。
 しかしあの男が大した事を知ってるかね。

「候補地の中から数をいくらか絞り込むくらいならしてくれましたよ」

 ほほう。その候補地はどうやって絞ったんで?

「これまでの調査である程度絞ってはいたんです。あと、有力な情報を得て」

 ……嫌な予感がしてきたぜ。
 あれだな、あぁた、倉稲うか銭転せんてん稲荷にも張り込んでたんでしょう?

「嫌だな、信心深く毎日お参りをしていただけですよ」

 のほほんとしやがって。茅玉かやだまがあっしの家の方角を気にする素振り見せんのを盗み見てたんでしょうが。あの駆け引きができねえお稲荷狐に社殿の警備ちゃんとしろって言っとかねえとな。

「ただ、方角だけではまだ膨大だったので、大轍殿おおわだちどの、という方にご協力をお願いしました」

 ……はい?

「知り合いだと言ってましたよ。とても仲が良いのだと。それから、『紫火の輪のお返しだ』、とも」

 あぁあ、なぁる程、そうかよ。分かって言ってんだろう。あんの輪入道様があっしごときの悪戯にそこまでご立腹とは知りませんでしたねえ。相っ変わらず図体の割にみすぼらしい妖怪だ。
 ……で、そうやって詰めて詰めて奇跡的にこの山突き止めて、最後は虫の知らせでも感じ取ったかい。

「ええ! どうです百一本さん。追いつきましたよ」

 ああ、うん、よくやったよ、あぁたは。人間にしちゃ大したもんだ、うんうん。ところで鏡見たかい。
 言っておくが鷹っ子はあぁたをここに招いちまえなんて言ってたんだぜ? それなのに今のあぁたを見て思わず止めた。その意味が分かるかい? 人間。
 酷ぇ面だよ。
 こんな怖ぇ登場するが居るもんか。
 ま、ここに居んのか。

「? ああ、ちょっと泥がついていますか?」

 うるしもな。かぶれてるぜ。

「えっ、どこです?」

 ここだよ。ほら。

「……ふふ。こんな風に触ってくれるなんて。ご褒美ですか?」

 こんなすとぉかあ行為に褒美なんざあげませんよ。こっちについては大したもんだと思ってやすが。

「あっ」

 あっしの渡した蝋の折り鶴、少しも使わずに大事にガラス瓶なんざに入れて持ち歩いてたんですねえ。てっきり三日で使い果たして無くなると思ってたんだが。

「……そんな事しませんよ。貴方がくれたものは大事にします。それに」

 ん、何だい、じとっとした目で。

「貴方の蝋目当てで寄ってくる虫みたいな扱いをされたのが癪だったんですよ」

 そんな事は言っちゃあいませんよ。こら鷹っ子、頷くなぃ。

 ……はー、しょうがねえ。本気だって言いてえんだろ。
 仕っ方ねえから次からここに来れるようにしてやるか。鷹っ子だの他の客に要らん手ぇ出したら叩き出して引っ越すからな。

「分かりました」

 にっこりしやがって。

『焔先生、それだと……』

 鷹っ子、しぃ。この坊主っ子にはこれで良いんだよ。
 さてと。しかしだ人間、ここに来たのは失敗だったぜ。
 今、あっしの巣に来ちまった奴には漏れなく迷惑が降りかかる事になっててねえ。
 さあて、さて。忙しくなるぜ。あぁたにはおっそろしい奴を相手してもらおうかね。

「分かりました。百一本さんには私が必要なんですね?」

 ……伝わってるような伝わってねえような。
 ま、良いでしょう。人手が増えた。
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