一途彼女と誘惑の彼

山の端さっど

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∽1∽[誘惑]の事情

§02[接触]

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「……れ、すみれ?」

 友達の声に、私はハッとして瞬きをした。目の前には、いつもの笑顔。間違いなく日常だ。

「ごめん、絵美里えみり、何の話してた?」
「もー、どうしちゃったの? お祈りの時間だよ。ほら立つ! 後から並んで待ちたくないでしょ?」

 友達は私を矢継ぎ早に急かして、あっという間に立ち上がらせる。いつの間にか私のタブレットまで持ってる。面倒見が良すぎて、しかも笑顔だからとても頼もしい。

「うんお母さん、いつも娘を起こしてくれてありがとう」
「誰がお母さんよ。自立して、娘。あと歩行して」
「ロボットに言ってるみたいに聞こえる」
「もうちょっとスムーズに指示聞いてくれるロボのがいいかな」
「分かったお母さん、グレードアップしたら養って」
「すみれを養うのは戦場せんじょう先輩だよ」

 じゃれつきながら二人で中央聖堂に向かう。
 週一回、そこでは「お祈り」をする。正確には「スキャニング」つまり個人データの更新だけど、評価が低いと嫌なのでみんな「成績が下がってませんように」とお祈りをすることになる。スキャン中は天に祈りを捧げるようなポーズをするのも名前の一因だろう。

「この間は先輩と帰ったんでしょ? どうだった?」
「前よりもっと格好良くなってた……」
「なにその、ファンみたいな感想」
「ファンです」
「ファンで止まってちゃダメだよ。手とか繋いだ?」
「……繋いだ……」
「他には?」
「いっぱいお話しした……」
「そっかー、まだその先はすみれには早いか」
「その先って何?!」
「ジョーダンジョーダン。さてお祈りの時間だー」
「じゃあお母さん、前回より評価上がってたら購買のプリン食べに行こ?」
「産んだ覚えはないけどプリンは食べよ。……下がっててもね!」

 私は大きく頷いて友達といったん別れた。早く来たお陰でほとんど人がいないから、別々の機械に並んで早く終わらせるのだ。
 テストは前回より良い点だったし、素行も悪くはなかったはず。どうか上がってますように……。卵型の大きなカプセルの中に入って、私は手を組んだ。
 カプセルの上部から現れた光の輪が、ゆっくりと曲面をなぞりながらカプセル内を透過していく。スキャニングだ。細かい仕組みは知らない(大学に行くと学ぶらしい)けど、脳波や記憶のデータを詳細に取り、身体検査もついでにやってるらしい。
 リラックスしていた方がいいのか、スキャン中は優しい音楽が流れていてなかなか落ち着く。私は知らず鼻歌を歌っていた。

 ビーッ

 その音楽が、急に途切れて音が続いた。カプセルを開け閉めするときの注意を促す音にも似てるけど、まだ曲の途中、つまりスキャニングは終わってない。このタイミングで途切れるのは初めてだった。

「何……?」

 立ち上がると、カプセルが勝手に半開きになっていた。そして、人が、入ってくる。

「流石に、狭い部屋に異性と二人になったくらいじゃ評価は下がらないか」

 低く落ち着いた、少しからかうような声。三年生ということを示すネクタイの差し色の緑。目元を隠す長い前髪。

「誰、ですか……?」
「よそよそしいね。初めての仲じゃないでしょ?」

 そう言ってカプセルにもたれかかる仕草が、ようやく記憶と繋がった。

円居まどいレン、先輩?」
「そう」

 図書委員会で、ただ一人、浮いていることを気にも留めずにいた姿が蘇った。彼が名を言ったときの、周囲の緊張も。
 あの人が、どうして今、ここに?

「……その、まだ私のスキャンが終わってません。別の人が入ってしまうとエラーになってやり直さないといけないので、外に出ていただけますか?」

 私は少し震える声で言った。カプセルに割り込んでくるなんて非常識だけど、先輩に強く言えるほど私は気が強くない。「順番を代われ」なんて話かと最初は思ったけど、ここは監視が行き届いてるからそんなことをしたら一発で評価に響く。やるならスキャン待ちの列に並んでるときにした方がましだ。
 そう……。この非常識な行動も、ちゃんとシステムに記録されてしまったはずだ。わざと評価を落としたいのでもなければ、どうしてこんなことをしているんだろう?

「ああ、心配はいらないよ」

 私の心を見透かしたように、彼は肩をすくめた。

「これが僕の、[役割]」

 どきり、と胸が跳ねる。

「[役割]、ですか……?」
「そう。町角まちかどすみれ、きみの[一途]みたいに」
「……!」
「驚くことじゃない。きみの友達、とどろき絵美里の[笑顔]にしろ、桜木さくらぎ 青史せいしの[冷静]にしろ、[役割]持ちの詳細はけっこう知られてると思った方がいい。……ああ、それから戦場優馬ゆうまだっけ? きみの[一途]の対象のあの男の、[勇敢]もね」

 私は手を握りしめて、一歩下がった。

「言うのが遅れたね。といっても、知らないのはきみくらいだろうけど……僕は、[誘惑]の[役割]を与えられてる」

 間を埋めるように、一歩、彼が近づいてくる。そして、真っ直ぐに私に指を伸ばした。

「[役割]に従って、今からきみを[誘惑]の対象に指定する。きみに拒否権はない。きみに期限は知らされない。きみの被る不利益は、公共の利益の達成に交換されうる」


「どう、いう、ことですか」
「……[笑顔]にでも聞いてみれば良いんじゃない? すぐ思い知ることになると思うけど」

 さっと身を翻して、彼は来たとき同様あっという間にカプセルを出て行った。
 私は、スキャン再開のメッセージが流れるまで、ただ立ち尽くしていた。





「遅かったね、すみれ。どうしたの?」
「絵美里、[誘惑]って何なの……?」
「まさか」

 友達は私の腕を掴んだ。

「すみれ、円居レンに言われたの?!」

 強い口調で言う顔からは、笑顔が抜けている。それを見るだけで、心がざわついた。

「[誘惑]の対象になる、って、言われて……」
「ああそう、そうなの、あの、男っ……!」
「え、絵美、里?」
「…………うん、ごめん、大丈夫。ちょっと落ち着くまで待たせて。購買行こっか」

 急に吹き出した怒気を完全ではないにせよ抑えた友達は、形だけの笑みを取り戻して、私の腕を引いた。珍しく、お互い黙ったまま歩いていく。廊下にたむろす生徒の声が、いやによく聞こえた。

「……[誘惑]って[役割]はね、普通の[役割]と少し違うの。一年の最初あたりに全体に向けての話はあったんだけど、すみれは知らなくて無理ないよね。私も言っとくべきだった」

 歩みを落として、友達が言う。私に背を向けたままだ。

「[誘惑]は、[役割]持ちの生徒に試練を与えて、どこまで[役割]に忠実でいられるか試す[役割]なの。……つまり、嫌がらせをする、スパイ。公認だからたちが悪い」
「絵美里も……受けたこと、あるの?」
「あったよ、円居レンから。……[誘惑]の評価って、私たちの評価を上がるらしいんだよね」

 先輩なのに、さっきから友達は呼び捨てている。顔は見えないけど、声が笑顔から発されるものには思えない。
 委員会の時の、彼が名乗ったあとの空気の悪さ、皆が無視していたこと、そして、
『円居レンには気をつけて』
 皆川みながわ先輩の声が、蘇った。

「それじゃ……」
「カプセルの中に入ってきたんでしょ? 彼氏以外の異性と二人だけで会ったってことですみれの評判落とす気だったんだよ、きっと! ほんと、最低。あいつは、そういうことを平気でしてくるんだよ」



 評価は二人とも上がっていたのに、その日のプリンは苦くて甘ったるいばっかりで、よく味が分からなかった。

(優馬さん……)

 私の大好きな、[役割]じゃなくたって、一途に想う人だ。この気持ちを[誘惑]するって、どういうことだろう? 優馬さんを不安にさせてしまったら、どうしよう?
 数日前会ったばかりなのに、声が聞きたくて、仕方がなかった。優馬さんの声は、仕草は、どんなものよりも私の心のざわめきを消し去ってくれるから。
 でも優馬さんは、ここにはいない。この学校にも。
[勇敢]の[役割]に従って、今このときも、敵対アンドロイドとの戦いをしているから。





 AIとか、アルゴリズムの進化は早かった。複雑なプログラムで接客をこなす人間型ロボットとか、膨大な知識を蓄えて学習し、人間と滑らかに対話する人工知能、それも体組織や内臓に似たものまで再現したものは、私たちの生まれる何十年も前から普及していた。もう進化の望めない分野と言われたり、「神」を創り出すプロジェクトが進んでいたりした。今では信じられないけど、各分野の専門家が集結して、世界レベルで行われていたのだ。理由はただ一つ、当時、この分野の最先端がそこだったから。研究の集大成として、明確なシンボルを誰もが求めたから。

 簡単に言うと、神、みたいなものは、実際に創り出された。
 ただし、幾多のAIのアクセス権を奪い、コンピュータウイルスをばらき、人間を皆殺しにしようとする機構を抱えて。


「哲学的ゾンビ」とか言われるものに似ているらしい。
 つまりは、心の有無。だけでは、心があるとは言えない。

 人間そっくりに話すアンドロイドのチップにも、どんな精巧なAIにも、本当の感情、心は無かった。心にしか見えない最適化プログラムと、個性があるように思い込むことのできる緻密ちみつなアルゴリズムがあるだけで。
 だから、失敗した。

 急に現れた新AI心理学は、従来の心理学よりもはるかに進歩が遅かった。からくりが動けば生きているようだと喜び、学習した言葉を翻訳して話すプログラムがあれば心があるとおどった私たちは、まず心を何も知らなかったのだ。本当に心があるのか、区別がつけられない。それは今でも、大して進歩していない。
 だから、[役割]が必要なのだ。膨大なデータを得て、研究を進めるために。いつか、世界中で動く心なき「神の使徒」に心をインストールし、戦いを終わらせるために。
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