一途彼女と誘惑の彼

山の端さっど

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∽2∽[笑顔]の裏側

§17[埋没]

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 六月六日、お昼。私はとても機嫌が良かった。

「今日ずっとご機嫌だね」
「そうかな?」

 友達には一応言ってみるけど、自分でも明るい顔なのが分かる。

「いやー、その元気がうらやましいな、絵美里えみりさんは。午後あのだるーいスポ大練習があるというのに」
「そういえば、三時昼校庭だっけ」
「うん、いやあいやあ羨ましいな、去年あんまりあの練習に参加せずに済んでる人は!」

 友達の笑顔が眩しくて怖い。

「え、絵美里さん、その表情は何でしょう……?」
「今年は! すみれも! 道連れだよ!」
「わあぁぁぁ!」

 いきなり飛びかかってくるから、私は逃げられずちょっと押し潰される。

「え、去年絵美里って何やってたっけ」
「笑顔が素敵な絵美里さんは応援席一列目だったよ、一年だったのに」
「それ辛くない……?」
「去年も言ってたね、それ。孤軍奮闘だったよもちろん! すみれは日陰族だったし他の友達もなんか距離取って近づいてきてくれないし、図書委員二年一組(今年の三年)は男だから競技出たりで気軽に話してくれるわけ無いし!」
「く、首締まる、くび」

 友達の拘束から逃れて私はやっと一息つく。

「まあ、私は今年も応援メインだろうけど、すみれはどうするの?」
「それなんだけど……小物とか応援旗作って、当日は競技参加とか応援とか少し免除して貰えないかな」
「甘いね」
「甘い?」
「グッズ作りがどれだけ大変か分かってないでしょ。このハイテクな時代にあえて手作り手描きする労力を全然分かってない。小物と言っても応援台の飾り付けもだよ? 当日も結局、炎天下の中大声上げるのは避けられないし」
「うう~ん……」
「ま、今年は二年だからまだ仕事は少ないけど。頑張ろうね」

 肩に手を回して笑う友達は、間違いなくスポ大で日向にいる側の人だった。

「それで、何があったの、実際のところ」
「何がってほどでは無いんだけど」

 どこからどう説明すれば良いだろうか。私は少し考えて、話を変えることにした。

「えっと、円居先輩から連絡が来てたんだよね、絵美里の件とかについて。それで、先輩が言ってたんだけど……」

 今日の未明に出歩いていたとか、六月三日の朝の先輩とのやり取りを説明すると、どこかで確実に友達に怒られそうな気がした。代わりに、[誘惑]のシステムとか、古町こまちさんに妹さんがいるけど気をつけなきゃいけない、なんて話は細かくしておく。

「……なんか、思ってたのとだいぶ違うね」

 聞き終えた友達の顔はあんまりかんばしくない。

「……ごめん、ちょっと暫くコメントは控えさせて……ほら、重役は滅多な事言えないから。まだ頭の中で緊急会議終わってない。改めて方針が決まり次第記者会見を開くから」
「絵美里の脳内ってどんな組織なのか気になるけど、分かった」

 一年ほどずっと嫌ってきた人について、急に見方を変えろというのは難しい。私でも多分難しいだろうな。

「……でも、多分、良い人だと思うから、よく考えてみて」

 言ったら、友達が驚いたように私を見た。

「何?」
「えーっ、えー……すみれ、それはさ……それは」
「何々、どうしたの」
「いやぁ、まだ[誘惑]受けてる最中でそれその顔で言えるんだ、っていうか、そもそもその待遇……えー?」

 何か、不思議そうにしている。

「???」
「良いけどさ、前途多難だと思うなあ、あのセンパイは」
「……良く分からないけど、絵美里も『良い人』だよ? 私にとっては」
「さいですか、ダイスですか、ライノゥですか。いやー、違う気がするなぁ」

 軽く頭を掻いた友達は、ぱっと私に向き直った。

「もしかして、今日あった良いことって、円居レン……センパイから連絡が来たこと?」
「えっと、連絡が、というよりはね」

 間近で目を覗き見られると、友達とはいえ気まずくなってくる。

「何だろう……こう、嫌われてるかと思ってた人に嫌われてなかった、みたいな。良かったなぁ、って」
「それって円居レン?」
「そう……かな?」

 少し恥ずかしくて、とぼけた言い方をしてみる。口に出して第三者に言うような事じゃない……。いや、友達だから、言っても良いはずなんだけど。

「乙女かよっ!」

 ツッコミの手が飛んでくる。

「乙女?! JKではあるけど」
「じゃあ乙女じゃん。やり直し」
「えっ?」

 テイク2。

「乙女かよっ!」
「乙女(若い女子)だよ」
「そっか乙女か~」
「絵美里も乙女だよ!」
「私たちが乙女だったか!」
「……あのさ、今更だけど、自分で乙女って言うの恥ずかしい」
「……私もじわじわ来てる……」

 二人で自爆して机に倒れ伏す。どちらからともなく変な笑いがこみ上げてきた。

「あー、笑わなきゃやってらんない」
「絵美里が言うと信憑しんぴょう性がある」
「笑顔マイスターだからね」
「そっか、[役割]だから仕事みたいな物だよね」
「そうだよ。すみれも私も、今は学生だから評価に関わってるけど、大人になったら給料に入ってくるんだから」
「そっか……」
「まあ、すみれは? 高給取りの専業主婦という道もあるけど?」
「も、もうっ! それでも流石に、何かしら仕事はするよ」
「一途だなあ。乙女かっ!」
「もう同じてつは踏まないよっ」
「はっ、そうだった、危ない危ない」

 友達は本当に面白がっている笑顔だったけど、どこか暗い気がした。円居先輩のことをまだ消化できていないからだろうか。前途多難、というのも、何について言っていたのか私には分からない。

「一つ相容れない所が出来ちゃったな」
「え?」
「何でもない。行こ、すみれ」

 友達は私のタブレットまで持って、次の授業の移動へスタンバイを終えている。私は急いで立ち上がった。

「いつもありがとう、お母さん」
「だから産んでないってば」





 午後一の授業、数学を終えたら、今日の座学は終わり。次は、決してお待ちかねではないスポーツ大会のための決起会Ver.一組、だ。雨を防ぐように大きく透明な屋根が広げられ、私は友達とコソコソ目立たない位置に潜り込む。

「そういえば今年の一組の総大将って誰?」

 確か、総大将を中心に旗のデザインや応援、競技の割り振りをするはずだ。

「すみれは知らないんじゃないかな? 先輩の噂、[役割]くらいしか知らないでしょ」
「うん。[役割]持ちの人じゃないの?」
「そうだね。去年は三年に[主導]の人がいて迷いなく決まったけど、今年は力自慢とかカリスマ男子が競って決めたらしいよ。狐音このん先輩って聞いても分かんないでしょ」
「うん」
「普通は知ってるはずなんだけどね。ルックスで女子に人気の先輩No.1だから」
「……それ、私に言われても」
「だよねー」

 だって、どんな生徒より優馬ゆうまさんが格好良いし、[勇敢]だから運動もできる。比べちゃいけないのは分かっているから、自分からは言わないけど……。

「言わなくても漏れてるんだよね」
「うっ、気をつけます」



「こんにちは。今日は忙しい中、集まってくれてありがとう。俺は一組総大将、九祖きゅうそ 狐音だ。宜しく。今回のスポーツ大会、テーマは『炎』って事で、燃え上がって行こうぜ!」

「(……みれ、すみれっ! ちゃんと聞いてる?)」
「(……ごめん、ぼうっとしてた)」

 ぼんやりと立っていた私は、小声と小さな突きで我に返る。隣で友達が私を見ていた。

「(どうせ狐音先輩の話聞いてなかったんでしょ?)」
「(えっ、もう? 話終わったの?)」
「(誰が話してるのかさえ意識してないとは……)」

 よくやるね、と呆れた目が飛んでくる。私は気づいていないふりをして前を向いた。
 九祖先輩? らしき人は前を下がって、今は別の男子が種目の説明をしている。二年以上は聞き慣れた話なんだろうけど、私は初めて説明を受けるから真面目に聞いておく。種目ごとに人が変わって、女の先輩もいるかと思えば、あ、図書委員長の桜木先輩も出てきた。

「次に、eスポーツの種目について……」

 運動系には見えなかったから意外だったけど、そちらの方なら納得だ。どちらかと言うとパワーよりも指先の技術や精々腕までの筋肉、それと集中力……冷静さがものを言う。確かに、先輩向きだ。私はゲームもあまり得意ではないから、そっと息を潜めて人員狩りの視線をやり過ごす。といっても、eスポーツ系は人気が高い上に競技の掛け持ちもしやすいから人手には困らないだろう。ちなみに運動系でわざわざ私のような弱そうな女子に声を掛けてくる人は居ない。

「バレーとリレーと騎馬戦と、あとは、うんうん」
「絵美里、何チェックしてるの?」
「もちろん狐音先輩の出る種目だよ! 見損ねたら大変だし」

 友達の笑顔がキラキラモードに入っている。

「そ、そんなに大事なの」
「当たり前! 付き合いたいとかそんなんじゃないけど、あれはアイドルだから」
「あいどる……」
「ヒーローとか主人公とも言う。モブキャラは追っかけにならざるを得ない」
「ならざるをえない、とは」
「あと、純粋に応援団としても気合い入れる所をチェックしておかないとね」

 友達ほどの容姿でもモブキャラになるって、なんて怖い世界なんだろう。
 アイドルか……。目を向けてみたけど、種目ごとに集まる人の波に呑まれて、主人公こと九祖先輩の姿はもう見えなかった。

「あの顔を見て平常心とは、すみれの心がタフすぎて驚くよ」
「ううん、顔見てなかったと思って……」
「あの存在にここまで無関心でいられるのって、逆にすごいね。さてはお主、相貌失認そうぼうしつにんか」

 友達が信者の目で私を見ている。これは異端審問待った無しだ。

「ちょっと考え事してただけだよ」
「はあー、もう、これだから一途さんは」
「そ、そう、[役割]だからこれは! ロールプレイだよ!」
「取りあえず、この話題は終わりにしよう。これ以上聞くと私、本当にパンチしちゃうかも」

 ……友達が狂信者の目でこちらを見ている。

「あっ、裏方の仕事の話に入ったから」

 私は無理矢理話を変えた。
 友達にこんな所があるなんて、知らなかった。だって今までは……。今までは……。

(……優馬さんの話をし過ぎてウザがられてから、恋バナを本気でしたことあんまりない!)

 精々話の途中でいじられるくらいだった。私がこんな調子だから、私には好きな「アイドル」の話、したこと無かったんだろう。
 今度からもう少し話を聞こう、と思いながら説明を聞いていると、いつの間にか、人員不足の部署に連行されかけていた。あ、危ない。そっと抜け出してさまよっていると、eスポーツ会場の舞台セットの班に流れ着いていた。

「ここってもう定員ですか?」
「ん? まだ募集中だよ~。やる?」
「はっ、はい」

 というわけで、流れるまま担当が決まってしまった。画面の外はあまり華のない会場の飾り付けや、電子空間内に応援席を組み込んで実際の応援団の様子を再現したりするらしい。ゲーム中って邪魔にならないんだろうか、とふと思ったけど、気分を盛り上げる音楽と考えれば悪くないのかもしれない。人手があまり要らなさそうな部署に見えたけど、かなり人数が多かった。

「お、決まったんだ」

 友達がひょこっと顔を覗かせた。

「うん。絵美里は?」
「やっぱり応援団に捕まった。ま、今年はぼっちって訳でもないし頑張るよ」
「今年は遊びに行くから」
「ちゃんと来てよ? っていうか、忙しい部署を選んだね」
「忙しいの?」
「設計とか広い電子空間のデザインとかほぼ全部押し付けられる部署だよ? スポ大直前には画面に向き合うこの数の集団が出来るとみた」
「何それ怖い」
「まあ、競技に参加せずには済むでしょ……っ」

 友達は急に背筋を伸ばすと、私の後ろに回り込んだ。

「絵美里?」
「いいから、ちょっと隠して」

 何だろう? と思いながら顔を前に戻すと、人の塊が前にあった。その中央に、やけにキラキラしたムードが漂っている。

「良いメンバーが揃ってくれたみたいだな。皆、この一ヶ月、全力でよろしく」
「「「はいっ!」」」

 ……宗教団体?
 中央にいるのが例のアイドル先輩だろうか。いかにもスポーツマンといった小麦色の肌に、しっかりとした体、なんだか今時珍しいくらい健康的だった。顔は柴犬みたいな、どちらかというと可愛い系。でも全体的に見ると、カリスマ性のあるオーラでキラキラしている。確かにこれは、スポーツ漫画の主人公かもしれない。
 ……あ、友達が倒れかけてる。

「大丈夫?」
「我が生涯に一片の悔い……あるけど、大丈夫……」
「よ、良かったのかな?」
「イケメンでしょ?」
「うん」
「ううう……すみれは他人に無関心過ぎるよ……」
「そんなことないけど」
「はあ、割り切れてると思ってたんだけどな」

 ふう、と息を整えて、友達は私の後ろから出てくる。

「割り切れてるようには見えないけど、アイドルの応援大丈夫?」
「だいじょばない……」

 ずいぶんと可愛い笑顔を浮かべて苦悩する友達の姿を、私は初めて見た。
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