一途彼女と誘惑の彼

山の端さっど

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∽3∽[一途]の役割

§22[本能]

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「今日は本当に、ありがとうございました」

 私は深々と頭を下げた。

「楽しかったからまた集まろうよ」
「そうですよ!」
「ありがとう」

 屋上での食事会は、一瞬現実を忘れるほど楽しかった。私は皆に何度も言った言葉を、また繰り返している。

「あ、そういえば、ウー君、美味しかった」

 肝心の料理は、例の[美食]の一年生、ウー君(なんと百九十センチの長身で髪をプリンに染めていた)が急いで手配してくれたみたいだ。今ひとつ、どういう[役割]か分かっていないけど、今日の食事はどれも美味しかった。

「いえいえ、どういたしまして、ですよ」
「名前伏せてたのに、連れて来ちまって悪かったな」
「いえ、あれは、大した理由があったわけじゃないんです」
「モネさんが無理やり連れてくるからー」
「ウー、あたしが悪いみたいに言うなよ!」

 こっそり周りの人が教えてくれたところによると、先月、ウー君の初恋の女子がモネさんにラブレターを出してしまったらしい。モネさんはただのお手紙だと思ってその子とメル友になっているし、その女子はモネさんより格好良い人でないと付き合う気がないとウー君を振ってしまったそうだ。それからウー君がモネさんに突っかかり続け、珍しくモネさんからもうまく仲良くなれずにいるのだとか。なんだかオフ会みたいだ。
 それは良いのだけど……。

「いやー、ハナさんが[一途]だったんですね! お噂はかねがねでしたけど、仲良くなれて嬉しいです」
「離れろよ、ウー。距離感おかしいだろ?」
「モネさんこそ、なに腕なんか組んでるんですか。女子同士で気持ち悪い」
「普通にするだろ? というか、男子が引っ付く方が問題じゃないか」

 午後の授業の教室に向かっているのに、なぜかまだ、左右にモネさんとウー君がついてきていた。

「ハナさん、僕一組なんで、スポ大の時は一緒に頑張りましょうね! 僕走るんで。超早いんで」
「ウー……女子なら誰でもいいのか?」
「はぁ? 僕は凛ちゃん一筋です。モネさんがまた女子をたぶらかさないよう牽制してるんですよ」
「お前の方がすみれにちょっかい掛けてるようにしか聞こえなかったが?」
「バカじゃないですか。そもそも何ですか、先輩だから『ハナ』とかセンスの無さすぎるHNハンネ
「何だと?」

 周囲の視線が、別の意味で突き刺さる。私に、というより、もはや私から離れて言い合いを始めてしまった二人に向いているみたいだ。

「まーたやってるよ」
「乃空さんにあんなになれなれしく失礼な言葉を……」
「相変わらず……羨ましい!」

 廊下にいる女子からウー君に嫉妬の視線が飛んでいる。一方、もう見慣れているといった風の生徒もいた。乃亜さんは一応同学年なのに、今までこういった光景を見た事がなかった私の視野が狭いのかもしれない。

(廊下を歩いている時は、だいたい絵美里えみりと盛り上がって、話をしてたから……)

 ずきっと胸の辺りが痛んだ。同時に気づく。二人が付いてきてくれていなかったら、一人で歩いている間ずっとこの痛みと一緒だった。両隣にいて話してくれていたから、周りを気にしなかったし、少し心が落ち着いていた。

「……ありがとう」
「だから、お前は見た目からじゃなくもっと特技を活かして……ん? 何か言ったか?」
「あーあー、人たらしのモネさんにはさぞや簡単な事なんでしょうがね? ……あ、ハナさん、どうしました?」
「……ふふ、何でもない」

 結局教室のすぐ前までついてきてもらって、私は手作りのお菓子を今度二人(と、食事会を開いてくれた皆)に渡す約束をして別れることになった。[美食]の舌に合うかどうかは保証できないと何度も言ったけれど、モネさんが「心配ないな!」なんて言うものだから、逆に期待されてしまった気がする。
 ところで……教室に戻ったら、またあの空気に晒されるはずだったのだけれど、少し、様子が違う。

「本当かな……◼︎◼︎先輩が精神性麻薬ドラッグやってたって」
「友達共々、大勢で捕まったんでしょ?」
「さっき三台も救急車来たし……」
「どうすんの、スポ大。選手一気に減ったけど」
「◼︎◼︎さんって、一組の主力じゃんか」
「スポ大どころか、色々問題出てくるだろ、これ……」

 私が屋上で過ごしていた間に、絵美里よりも逮捕者が出たみたいだった。私に……絵美里の関係者に向いていた視線はあっさりと消えて、今は三年生の誰それに向いている。
 また、優馬さんが見つけたんだろうか。自分と同学年ということは、いくら[勇敢]とはいえ、知り合いがいるはずだ。もしかしたら友達を、逮捕したんだろうか。

(優馬さんだって、辛い思いをしているのに、私は、一人で絵美里の事を気にするばっかりだ)

 生徒のざわめきが止まらない。後から授業は記録で見直せるけど、さぞやうるさいリプレイになるんだろう。この日の事を反芻はんすうなんてしたくなかったから、なんとか授業に集中しようと私は行列式の証明に目を向けた。

『よっ』

 弱い振動がタブレットに伝わってくる。メッセ……これは、乃亜モネさん?

『息できてるか?』
『って、あ、授業中だったな。あたしは休講だったから、つい、すまん』

 メッセージが立て続けに飛んできた。何となく気が抜けて、私はそっとメッセージに返信する。

「(大丈夫。ありがとうございます)」
『ん、そっか。あんまり気にするな、ってあたしが言うのもおかしな話だけどさ』

 メッセージの続きは、じわりと表示されたような気がした。

『絵美里の友達はすみれだけじゃ無いんだ。あいつの事を心配したり、気に病むのはすみれだけの仕事じゃない。だから、思い詰めるなよ』

(乃亜さん……)

 猫がお辞儀をしてるスタンプを押して、私は授業に意識を戻した。



 気もそぞろな生徒のせいか結局早めに終わった授業の後、本当なら開かれるはずだった全学年一組のスポ大会議は延期になった。噂でも言われていたけれど、競技参加メンバーや役職を変更しなくちゃいけなくなるみたいだ。
 といっても、私たち一組が特に不利になったかというと、そうでもない。

「二組の◼︎◼︎◼︎が……」
「三組では一年まで捕まったらしいよ? ヤバくない、まだ入学して二ヶ月じゃん」
「ヤバいのは一組うちもだけどね」

 噂では、十何人も学校全体で逮捕者が出ているらしかった。

「ってか、これで何人よ?」
「折角大学まで来たのにこんな事でキャリアをコースアウトとか、勿体無いと思わねぇのかな」

 ざく。

「最近広がったのはいいとして」
「いや良くねぇだろ」
「一年前からやってた奴もいるとかマジ?」
「あー、そいつ売人もやってたんじゃねえの」

 ざく。

「ってゆーか、ダセぇよな、ドラッグとか」

 ざく。
 私は装備えがおを保って、そっと席を立った。ここにこれ以上居ると、そろそろHPが危険だ。いや、MPせいしんSANしょうきが。
 どうして誰も、物理的な傷しか見えないんだろう。世界最高のAIが分からなくたって、心を持ってる私たち人間には、分かっても良かったはずだ。この胸のあたりにでも、人の心を受け取る器官が着いていれば良かった。見えないナイフがあちこちに散らばってることに気づける機能を、誰でもが持っていれば良かった。それとも、そんな力があっても、人はやっぱり何かで人知れず傷ついてしまうんだろうか。

(……そういえば)

 お昼までは新たな逮捕者の話は聞いていなかった。午後の授業前には噂が広まっていたけど、救急車を見たとか、間接的な話が多かった気がする。

(優馬さん、お昼の時間食堂に行かないでお仕事をしてた?)

 もし食堂で見つけて逮捕したのなら、直接目撃した人の話や、優馬さんの噂があっても良い気がする。そもそも、優馬さんが校内に長く居るのは珍しい事だ。

(……私が昨日、食堂に行かなかったから)

 自意識過剰かもしれない。お仕事が長引いていたからたまたまお昼を逃したのかもしれない。でも、

『昼は食堂にいる予定だし、帰りは送るよ』

 私が昨日のお昼と放課後、結局優馬さんと会わなかったのは事実だ。今日のお昼も会う気になれなかったのを、分かっていたんだろうか。逆に言えば、私が優馬さんと会うつもりでお願いしていたら、お昼にちゃんと休んでくれたかもしれない。

(……お昼食べられなかったときのおやつ、作ろうかな)

 私は薄くゆっくりと息を吐いて、図書館へ足を向けた。不幸だなんて思っていないから、これはため息じゃない。



 私は知らない。私が屋上で食事していた時に優馬さんが何をしていたか。私が授業を受けていた間、乃空さんが私にメッセを送ったりしながら何をしていたのか。







 睡蓮すいれん 乃空のあは保健室で苦い顔をしたまま座っていた。

「一応、可能性はゼロじゃないわ。生物学的に人間は、男の浮気は許しやすいけど、女の浮気は許さない。……傾向の話よ?」

「保健室の先生」らしい事を言って、ミロさん、こと筑紫つくし先生はお堅い顔をする。嫌な話の予感に、乃空は眉を寄せた。

「別に、あたしは勉強しに来たんじゃない」
「勉強することもない簡単な話よ。男が浮気してもつがいと子供は作れるけど、女が浮気相手と子供を作ったら、男は自分の遺伝子も持たない子を養わないといけない。生まれてくるのが自分の子だと確信できるのは本来、女だけだもの」
「嫌な話だ……ですね」
「今では男親も簡単に鑑定出来るから、くだらない太古の本能だけれどね。他にも、生理前には男が彼女の身辺を気にする様子が見られる」
「子供ができやすい時期に男が寄らないように? フン」

 そういう話は、苦手だし嫌いだ。乃空は使い捨ての薄いゴム手袋をした手の関節を鳴らしてそっぽを向いた。

「でも、コレは違うだろ? 流石に、戦場せんじょう先輩が仕掛けて渡したとは思えない。他にやりようがあるだろ」
「そうでしょうね。軍部で手に入るものは、不審物探知で引っかかるような物じゃない。もっと精密で気づかれにくいものでしょう。それに、すみれちゃんは彼氏から貰ったものを開封もせず人に渡すような子じゃない」
「なんだ、さっきまでの口上は無意味じゃないか」
「ストーカーの線はまだ消えてないわ。そもそも、指紋が二人分しかないのが妙なのよ。これじゃまるで、仕掛けたクッキーを絵美里に渡したみたいに見えるじゃない」
「それだけはない。逆があったとしても」

 クッキー缶が置かれていた。表面には全体にうっすらと細かい粉がふるわれて払い落とされ、触った跡と指紋が浮き出ている。町角すみれととどろき絵美里、二人のものだけだ。

 養護教諭の筑紫先生は、生徒の秘密を守る権限を持つ。それは時に、警察を上回ることもあるらしい。

『調べられる前に、私の部屋を……お願いします』

 乃空が知っているのは、絵美里が収容前、そう筑紫に言い残していたという事だけ。三角頭巾に手袋で手伝いに駆り出された身では、それ以上の事は詳しくは知らない。
 ただ一つはっきりしている問題は、このクッキー缶には盗聴器が仕掛けられていたということだった。

「警察の手が入る前に部屋から持ち出せたのは良かったわ。こんなものがあったら、またあらぬ疑いが広がる」
「こういうのはどうだ? 盗聴器仕掛けた奴が、指紋拭いて戻すついでに缶をさらに包装して渡して、外装をすみれが開けたとか。これなら指紋は」
「包装を解くのって缶を開ける時じゃないかしら?」
「じゃあ袋? 飾るためなら中から出すだろ」
「それにしても指紋が少なすぎるのよ。そもそも、人から貰ったものをそのまま友人にあげるって、どういう状況なの? 最近の子はそういうことするのかしら?」
「最近の子は関係ないと思う……ます」

 町角すみれから絵美里に渡されたクッキー缶が、元はどのように渡されたものか二人には思いつけない。まさか、とある接点のないはずの一年生からいきなり渡されたとは、すみれが可愛らしい缶を曇らせないよう指紋を残さず拭き磨いていたとは、説明するに長い事情があってすみれの手から絵美里に渡っていたとは、二人には想像すべくもない。

「すみれに聞けばいいんじゃないか? 誰から渡されたのかって」
「……盗聴されていたなんて、今のあの子に言えると思う? それに、絵美里の部屋に入って、私物を調べたって言うの?」
「あー……。どっちも無理だな」

 町角すみれが授業を受けていた頃、二人は頭を抱えていた。







 同じ頃、戦場優馬は遅めの昼食を摂るため食堂にいた。

「あら、優馬くんお疲れ様」
「ありがとうございます。いつものを」
「ご飯大盛りで良い? お姉さんたちもまかないの時間だし、黄身サービスしちゃうわね。秘密よ」

 食堂のおばちゃ……お姉さんは優馬と知った仲だ。何ヶ月に一度しか利用しないのに顔を覚えられている。担当区域を考えれば、戦闘の時にシェルターからの中継で戦っている優馬を見ていた可能性も大きかった。
 ここの牛丼は、春菊が少し入っている。ほんのり酸味の効いた味が優馬は前から好きだった。

「……あ」

 授業中で誰もいないはずの食堂には、一人の男子が座っていた。

「……」

 数ヶ月に一度見るか見ないかの顔でも、[誘惑]を忘れる訳がない。

「……」
「(あんた、仕事中にぼけっとしてんじゃないわよ!)」
「(い、いやあ、ついね)」
「(あの子にベタベタ話しかけんのはやめときなさいよ。ああ見えて、[勇敢]様なんだから)」
「(ええっ、あれが噂の……?)」
「(しかも[役割]で決められた恋人がいるって話よ?)」

 こんな時なのに二人の耳には、食堂の新入りのおばちゃ……お姉さんをたしなめる声が聞こえてくる。

「……ゴユックリドーゾ」
「おい待てよ」

 気の抜けた雰囲気の中、しれっと立ち上がった男に優馬は近づいて、肩にしっかりと手を掛けた。

「久しぶりに会った同輩に、随分とつれないな。まだ食い終わってないだろ、一緒に食おうぜ」

 町角すみれが授業を受けていた頃、戦場優馬は、彼女には到底見せられないような笑みを浮かべて、円居レンの肩を潰れない程度に握っていた。
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