一途彼女と誘惑の彼

山の端さっど

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∽4∽[勇敢]の真意

Side31[併呑]

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 レンが待ち合わせの廃ビルの部屋に駆け込んできた時、正直「スズ」は、遅い、と思った。既に電子タバコのバッテリーは切れかけている。汗だくで飛び込んでこなかったら嫌味の一つも言っていただろう。

「スズ姉! 状況は」
「送った事以外は何も進展ないわよレン坊。少し息整えて。はい水飲んで」
「…………落ち着いた。で?」
「コップ全部飲むまで話はしないわよ? そ・れ・に、そこのボーイは?」

 ジロリと「スズ」はレンの背後を見る。……明らかにまごまごしながら玄関から上がってきた、学生服の男を。

「釈明によっちゃ許さないわよ、レン」
「あ、あの俺」
「ただの人手。邪魔なら帰ってもらうけど」
「ま、待てよ。どういう事なんだ?」
「あら……、本当に『人手』なのね」

 何も事情を知らなさそうな様子に、「スズ」は頭を抱えたくなった。

「どういうつもりなの、レン?」
「『人手』は居るでしょ。それに、コイツ、巻き込まれてもいいらしいし?」

 言いながら、レンは親指で背後の「ボーイ」を指す。

「え? どういう事だ……ですか、お姉さん?」
「お姉さんって呼んでくれるの? ボーイ、口が巧いのね」
「スズ姉黙ってて」
「なあ、何が起きてるんだ?」
「……」
「お前な! そうやっていつも逃げてちゃ何も伝わんないだろ! 言いたい事あるのは分かってるんだぞ」

 レンの正面に回り込み、「ボーイ」は、真剣な態度で話し始める。

(あらあら)

 青春の一幕でも演じられそうな雰囲気に、「スズ」は引っ込む事にした。
 行方不明とだけ聞いてここまでついてきたのだ、このボーイ、レンと同じように彼女に惚れているのだろう。ただでさえ難攻不落なのにこんな恋愛慣れしていそうな恋敵を連れてくるとはレンも酔狂な事をする。と、しばし見て楽しむ事にしたのだ。

  ∽

「なあ、レン。説明してくれ」

「ボーイ」はレンの説得を始めたようだった。

「……君はなるべく、何も」
「知らなくていいとか言わないでくれよ! 俺には、他人事には思えない」
「……」
「それに、俺が何か、手伝える事があるんだろ」
「……」
「それで連れてきてくれたんだろ?」
「別に……君が付いてきたから」
「でも付いてくるなとは言わなかったよな!」
「……早く助けてやるべきだ、って言ったでしょ」
「? ああ、言ったけど……」
「だったら何も聞かずに手伝ってくれれば、それでいい」
「そうはいくかよ!」
「巻き込みたくないんだよ」
「嫌だ。俺だって助けたいんだよ」

 しばらく睨み合いが続く。……先に目を逸らしたのは、レンだった。

「……じゃあ、こうしよう。ヤバい事に巻き込まれても助けるか、ここで何も知らないうちに消えるか。そのどちらかだよ」
「な……何なんだ、そのヤバい事って」
「それは選ぶまで話せない。……、君にとってもどうやら特別な存在がいる。助ける? 助けない?」
「……おいおい、その言い方、さっき俺が、ってか、お前が愛の形がどうとかーーまさか」

「ボーイ」は、口元に手を当てて息を飲んだ。

「まさか、それがすみれちゃんの事なのか?」
「……そうだよ」
「本当に……?」
「今冗談とか言ってる余裕ある? 無いよね。これ以上聞くつもりならーー」
「助ける」

「ボーイ」は伸ばされてもいなかったレンの手を掴んだ。

「危険でも構わない。俺にも出来ることは手伝わせてくれ!」

  ∽

 この青春劇を見て、その反応を見て、……「スズ」は内心で舌打ちをする。

を連れてきたのよ、レン……!)

 町角すみれ、という女子が問題を抱えていると聞いて。このボーイ、隠した手の下で、一瞬、
 こんな表情を、「スズ」は実体験をもってよく知っている。

(要は、入り込む隙の見つからないと思っていたカップルに何かヒビがあると……女に付け入る隙があると知って、嗤ったんでしょう? チッ、レン、あの様子だと気づいてないわね……)

 人生経験の差という奴だ。「スズ」にしてみればまたまだ子供な甘さの抜けないレンには見抜けなくとも仕方がないが、タイミングと相手が悪い。大方、耳良い言葉や態度に絆されてしまったのだろう。
 うわべを繕い、チャンスは逃さず、非情なまでに打算的。このタイプは、密かに暴走する。
 レンのしている事だって褒められたものではないだろうが、この男はその上をいくだろう。
 本当なら帰したい、返品したい。だがもう遅い。

(あの子……厄介な奴にばかり目を付けられるのね)

 そういうタイプの知り合いも多い。無事に再会できればお守りでも渡して話を聞いてやろうと、「スズ」は思った。終わったら、だ。今は、この暴走男とレンを制御しながら策を練らなければならない。

(あんなカワイイ子に傷一つつけさせてたまるもんですか。…………なんて、ね。あたしはホイホイ好きにはならないわよ、だから)

 寄り過ぎないよう、踏み込んではいけない心のエリアに強く線を引く。自分も「厄介」である事を、「スズ」だけは自覚している。

(さてと、この無自覚どもをどうしようかしら)



  ∽ ∽ ∽



 連れてはきたものの、九祖狐音きゅうそこのんは正直、今は邪魔だ。こっちが防犯カメラやデータにアクセスしてる間、ずっと背後や前をウロウロしてくる。レンはわざとらしくため息をついてみせたが、何か勘違いしたのか話しかけてきた。

「……なあ、人探しって、聞き込みとかするもんじゃないのか?」
「何世代前の刑事ドラマ? 今のハイテク社会でそれはないでしょ」
「俺に出来ることは」
「今はない。……あ、ならコーヒー淹れてきて。そこに機械あるから粉だけ入ってるか確認してスタート」
「廃ビルなのになんでこの部屋パイプライン完備の上設備も立派なんだ……?」
「暇でも探検はやめときなよ。スズ姉の私物壊したらガチで数百万から弁償させられるから」
「分かった……」

 部屋を出て行って、ようやくため息が出る。

「……レン」

 少しだけ顔を上げれば、スズ姉が難しい顔をしていた。

「一応気をつけなさいよ。誰が見てもいいように」
「分かってる」

 九祖が出て行ったタイミングでデータを渡してくる露骨さで、何を気にしてるのかくらいは分かる。
 あいつは一般人だ。全てを知らせるのは都合が悪いし、[役割]の事を軽視している節があるし、何をきっかけに裏切るか分からない。そんな事は、考えている。
 ただ、今は。今だけは。

(……すみれ)

 その三文字を口にしたら、たった三文字で、心が全て囚われてしまいそうで。
 レンは唇を噛んだまま、そっと、九祖には見せていないデータを早回しする。
 すみれがカメラに残っている最後の記録。残念な事に録音データはない。図書館で、すみれとーー思いがけない人物が、何かを話している光景。口の動きから内容を解析もしているらしいが、すみれの言葉くらいしかまだ分からない。そして、それだけでは、すみれが巻き込まれたのがただの事件ではない事しか分からない。

(すみれ……)

 映像のラストは不自然にノイズが入りカメラが故障したため見えないが、この後、廊下にすら姿が見られず、図書館内にも居なかったとなれば、なにが起こったのかはほぼ明白だ。
 皆川詩織乃みながわしおの。あの女も、邪魔をするのか。

 レンはすみれの行方を調べる傍ら、スズ姉に頼んであの女のデータを調べてもらっていた。今渡されたデータを、映像の隣で開く。
 皆川の事は、同学年で[誘惑]でもあるから、よく知っている。
 同学年であの女だけは、[誘惑]の対象に指定されていない。つまり、レンと同じく特殊な[役割]という事だ。
 調べる必要がなかったから、今までは関わらなかった。何も調べなかったし、避けた。しかし、今となって調べてみると……。

(なぜ、もっと早く調べておかなかった!)

 ……古町紗羅こまちさらも関わっているという情報を聞いて完全に意識がそちらへ向いていた。そこだけ抑えれば、かなりの危険は取り除けると思ってしまった。

(甘かった)

 これはミスだ。

 コーヒーを淹れた九祖が戻ってくる気配に、レンは動画を閉じてデータファイルを削除した。

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