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Smallest Q.1 王都・ラスティケーキ

001_ピンククグロフ&リベリー

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「お前、王都来たばかりだろ。このギルドに来たら、まず山に行こうぜ」

 ここ最近、クラレット国の王都にある冒険者ギルドではよく、上都してきた新人がこんな誘いを受ける。

「えっ、受付の人にピンククグロフ山は上級者向けって言われたんですけど……」

 ピンククグロフ。帽子のような形のと紅白の王都にほど近いこの山は、巨大な「魔菓子スイーツ」が出ることで有名だ。新人に対処できるようなモンスターは出ない。それでも、

「大丈夫大丈夫。俺らが付いてるし、中腹までだ。面白いモノ見せてやっからよ」

 不思議と、新人はこの山に一度連れて行かれる事が多い。パーティへの勧誘ではない。ただ、暇そうな奴らが集まって新人を連れていくのだ。おまけに、

「あ、行くんですか? じゃあ俺らも連れてってください!」
「お前らまたか」
「もうですからね」
「???」

 ……不思議なことに、一度行った新人がまた行きたがる事もある。


 *


 さて、時は進んで、ピンククグロフ山の中腹。例の新人は結局、なぜかノリノリの集団に連行されていた。

「……はあ、はあ、はあ……この山、きつくないですか?」
「それはお前、体力が足りないからだよ。で、この山に出る魔菓子スイーツ、知ってるか?」
「……は、はい、知識だけは。危ないのだと、キャロレーメル、ですよね」

 キャロレーメルとは、が固まった、硬い体を持つ牛。動きは遅めだが、小屋ほどの大きさの体で突進しては鋭い角を振り回す、脅威度Lvラベル400になる魔菓子だった。この新人が挑もうものなら一瞬で吹っ飛ばされるだろう。

「……あ、あんなのに襲われたら僕動けません……」
「大丈夫大丈夫、あんな遅い奴、数の暴力なら余裕だよ」
「俺らがついてるしな」
「それに、見せたいモンはキャロレーメルの巣に近いからこっちから近づくぞ」
「……あの、僕もう帰りま」
「いたぞ!」
「うぇえっ?!」

 そこは、バウムクーヘンや クッキーの木がなぎ倒されて大きく開けた砂糖草原になっていた。その草原に、大きな家ほどのキャラメル色の塊……いや、大牛が立っていた。

「これは一段と大きいな!」
「いい角が取れるな、うん」
「おい、どうした新人、惚けちまって」
「……お……大きい……山みたいだ……」
「おいおい、いつかお前も狩ることになるんだぜ?」
「あんなものを?!」

 考えられない、とフルフル首を振った新人は、ふと目を見開いて遠くを指差した。

「……あ、あんなところに子供が!」

 新人の指差した所、大牛の前足の近くに、小さな人影が見えた。少年ほどの背丈、背中には斜めに大きな武器を吊っているようだが、手を掛ける様子がない。

「おおお、襲われてるんじゃ……」

 助けに行く勇気もなく、ただ新人が人影を見ていると、ふいに少年? が手を上げた。その指の間には、数本のバターナイフが挟まれている。

「?」

 次の瞬間、少年が前に跳んだ。
 前足の間に入り込み、転がりながら次々と手元のナイフを放っていく。少年の動きに気づいたキャロレーメルが腹を地面に押し付けるよりも早く後ろ足の間から飛び出して、おまけというように尻尾の先を切る。針のようなキャラメルの毛が吹き飛んで、新人の所にまで飛んできた。
 それから、風のように少年は大牛の周りを駆け巡った。うまく攻撃を躱し、いなしながら、ナイフをザクザクと急所に打ち込んでいく。次第にキャロレーメルの体に、ナイフから広がる亀裂の網目模様が広がっていった。それが全身に広がった時、キャロレーメルが、吠えた。

「突進が来るぞ! 新人、よく見とけよ」

 キャロレーメルが頭を低く下げ、角を振り上げて突進の構えを見せる。唯一傷ついていない角は、1番硬く恐ろしい部位。キラリと角が光ったと思うと、恐ろしい勢いでキャロレーメルは少年へと突進する。この突進の時だけは、熟練の冒険者も撥ね飛ばされるほどのスピードが出るのだ。
 それを真正面から受けた少年は、……避けることも慌てることもなく、そのまま立っていた。少し大きめのナイフに持ち替え、少しだけ脚を曲げて構えると、

「よっし」

 ブランコから飛び出すように気安く、体の何倍もの高さに

 空中で宙返りをした少年は、キャロレーメルの頭上に狙いをつけて、体重をかけてナイフをキャロレーメルの目に突き通す。軽い子供のはずなのにそれは力強く、不安を一切感じさせない。
 キャロレーメルの目が、砕けた。ヒビはそれに留まらず、頭に、胴体に伸びていく。それまでのヒビ割れに次々と到達していくと……全身が、砕けた。

 キャラメルの欠片と粉が、一瞬すべてを覆いつくし、風に乗って煙のように流れていく。あとから現れたのは、残った角を拾い上げた、やはり小さな少年の姿だった。

「『シルエットミラー』縛りも飽きてきたな……」

 そして、息一つ切らさず、ごくつまらなさそうな顔で呟いたのだった。



 ブルーベリージャムのような潤んだ青眼、所々焦がしたようなキャラメルの髪、背には身長を大きく越える鏡のような大剣。整った容姿と手練れの使うような大剣のアンバランスさは目を引くが、それよりも何よりも。
 一族の中では珍しい大成長を遂げた背丈。地元を出るまでは大の誇りだったーー王都ではにしかならない外見。

 そんな小人の種族「リベリー族」のアレン=レグルスが王都に来てから2年あまり。最初は侮る者だらけだったが、その小さな体に反して巨大な魔菓子を次々と仕留め、冒険者等級を上げるにつれ、からかう者は減り、今では「ファン」がつくまでに至った。それどころか、「あんな小さくても上級冒険者になれる」と新人に勇気を与える存在になっているのだ。



「す……すごい!!」

 その新人の声が大きかったのか、憧れの眼差しに気づいたのか、一仕事終えて辺りを見渡したのか、ふいに見学の団体を見つけたアレンはーー



「おい、見世物じゃないぞ、冷やかしなら帰れ!」



 大声で叫んで、その背に背負っていた得物を引き抜き、横ざまに振った。
 デザートナイフ剣「幻鏡剣シルエットミラー」。引き抜かれると背負っていた時よりも更に巨大化したナイフは、とても少年に振るわれているとは思えない。

「どいつもこいつも面白半分で人の仕事を見に来やがって! 暇か! 冒険者ならお前らの腕を鍛えろよ!」

 怒りのままに空を切るナイフの銀色の腹が、鏡のようにすべてを反射する。もしこのナイフが使われていれば、キャロレーメルの腹でさえも切り裂いていただろう。

「おっ、演舞始まったぞ。相変わらずとんでもない力だよなぁ」
「……すごく怒ってるように見えるんですけど大丈夫でしょうか……?」
「うん、しばらくすると追いかけてくるからそしたら全力で逃げるぞ」
「?!?!」

 威嚇のつもりが観光されているとはつゆ知らず怒りを示す彼の首から下がった鎖の先で、広がった葉のような模様が刻まれた冒険者の証、スケールタグが光る。
 冒険者の中でも上の方であることを示す「陽」のマークだった。



 *****


魔菓子スイーツレポート


No.002 ビッグキャロレーメル(Big Caroleymel)
牛型・ピンククグロフ山
Lvラベル400 Calカロリー:4000 Bx糖度:100

 硬いキャラメルの体に、砕いた乾燥キャラメルがまぶされたような体躯のスイーツ。焦がしキャラメルの目につややかな大角を持つ。とにかく硬いが、弱点は遅いことと、腹の乳。ちなみに牛乳は出さない。キャロレーメル自体は様々な地に生まれるが、ピンククグロフ山(クラレット国)のものは特に大きく、家ほどもある。突進攻撃だけは素早いが伏せて角を掲げる行動を取るので予測は簡単。

Drop:キャラメル角、キャラメル珠



No.003 ピンクシュガークグロフ山(Mt.PinkSuger Gugelhupf)
山・クグロフ系(クラレット国)

 クグロフ系は、斜めに凹凸が入った独特な形の山型魔菓子。粉砂糖やチョコがたっぷりと上に掛かっている事が多い。ピンククグロフは紅白の粉砂糖が大きく掛かっているのが特徴のクグロフで、バウム木やクッキーの木が生える一方、巨大キャロレーメルが現れては木を倒して回る。
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