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Smallest Q.1 王都・ラスティケーキ

ライズ=クルストゥムは語らない❶

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Side ライズ
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「そうだよ、君みたいな近接向きじゃないんだよ僕は! どうせ迷宮ダンジョンの罠すら感知できないし、あの大量のプラリオネに絡まれて全部捌ける反射神経も無いんだよ! 僕は普通の人間だから!」

 言ってから、燃えるようだった全身がスッと冷えていくのを感じた。フードを直して見下ろせば、アレンーー小生意気で気にくわないパーティメンバーは、戸惑った様子でこっちを見ている。
 ……綿飴めくそっ、つい感情的になった。

 ……こんな事を、初めから考えてた訳じゃない。
 こんな事を、ずっと考えてた訳じゃない。
 素直じゃない口で言う程には、ライズはアレンの事が嫌いではなかった。ただ、この感情にはしばらく、慣れそうにない。



 生意気とか気にくわないとかは、最初会った時から思っていた。酒場の騒ぎを見ていても、相手の挑発に簡単に乗るし、喧嘩はできても本格的な対人戦ができるようには見えなかった。

小人リベリーにしては強い。魔法を一切使えないにしては、並の冒険者に立ち向かえる実力がある)

 それが第一印象だった。どうしてこんな極端な奴とパーティを組む事になったのか、酒も入っていなかったのにその場の勢いというのは恐ろしいものだ。
 ただ、悪い条件ではなかった。魔法が一切使えない傲慢な綿あめ脳バカだが、それ以外、ナイフのスキルと体力は陽級に相応しく十分にある事は分かった。無駄に正義感も強い。おまけに余計な詮索をしないと約束された。あの酒場にいた中で最も良い人材だったのは間違いない。

 そんな事を考えていられたのは、迷宮ダンジョンに入るまでだった。

 リベリーとは思えないほどのパワフルな攻撃、機敏で、大胆でいて繊細。身体能力の高さに、ただただ目を奪われた。低身長を補うような飛び跳ね、魔法が使えないハンデを補って余りある手数と呆れるような工夫、攻撃力。それは、どこか同族意識でアレンを見ていたライズを、全力で置き去りにしていった。
 いや、勝手にライズがそう思っているだけだ。今もすぐ隣で、困った顔のまま、魔法に関してはライズになんでも聞けば良いと思っているのか問いかけてくる。



「え、えーっと、つまり、あれか? あの水の塊にしか見えない奴ってもしかして、熱で攻撃予測とかできないのか?」
「そ。筋肉と水の塊が動くのじゃ話が違うでしょ。そもそもどうやってあれが動いてるのか知らないけど」

 苦々しく頷いて、ライズは水塊に顔を戻した。まだ土魔法で作り出した宝石の岩壁は残っているが、もう脆い。先ほどの戦闘でかなり傷ついて薄くなり、装飾の宝石も多くが失われている。水魔法ですら砕けるレベル。やはり素人仕事ではこんなものだ。

「正直、ここからは僕は、被弾しない自信がない」
「また土魔法唱えればいいんじゃないのか? よく分かんないけどあいつ、頭悪そうに見えるぞ」
「頭悪いって……あれがドロシーの『分身』にしろ仲間にしろ、杖持ち相手に警戒しなさ過ぎじゃない、君。ましてあれ、ドロシーよりも水の割合多いでしょ。術者が属性に近いほど魔法に適性があるの、流石に知ってるよね?」
「おい、さすがに俺もそのくらいは……っ!」

 飛んできた水弾が、岩壁を深くえぐった。貫通こそしなかったものの、衝撃で崩れた塊が砕け、穴が空く。

「……なんか威力増してねえ? あと、詠唱が聞こえねーし予備動作も見えねーんだけど」
「だから適性が高いって言ったじゃん。君も……いや、君は避けられるか」

 あの瞬発力と危機察知力があればね。それがどれだけ羨ましい事か、君は何にも気づいてない。

(普通の人間だ、なんてよく言えたよ)

 ライズは静かに自嘲した。


 思うように体が動かない。その苛立ちに、ずっと苛まれていた。普通の人間よりも、から。
 生まれつきの種族特性マーブルや魔力量、大怪我の痕、幼い頃しか鍛えられないスキル。気づいた時にはもうどうしようもない、手の届かない領域というものが人にはある。ライズにとってその領域は「身体能力」だ。魔法に関してはまだ自信はあっても、そこに体が追いついてこない。鍛えても限度というものがある。避けるのも苦手だ。危機察知能力も鈍い。魔法で能力を底上げしても、イメージする動きには全く足りない。もし、普通の人間程度にでも、願わくばアレンのように機敏に動けたら、どれだけ良かったか。
 もう手の届かない領域だから、願わない。
 ライズ=クルストゥムは、***のマーブルにして******の****なのだから。



「……ライズ?」
「……何でもないよ。ああそうだ、いざって時は、腕輪持って一人で逃げなよ」
「はあ?! 何言ってんだよお前」
「いざって時は、だよ。別にこんな所でこんな相手に負ける気は無いって」

 また一つ、弱気な言葉が勝手に口をついて出た。

 今から土魔法を掛け直しても、詠唱している間に壁が壊されるだろう。あの水の塊で他属性の魔法が唱えられるかは分からないけど、気魔法を飛ばされたら厄介どころの話じゃない。とか考えてたら、つい、だ。
 こんな所で死ぬ気はない。今死ぬ事はないかもしれない。でも、どこか道半ばで死ぬかもしれない。それを否定できるほどの自信は、ないーー





「あのなぁ、マシュマロ大バカかよお前。そんな事言ってる暇あったら詠唱してろ」

 そんなライズの背中を、アレンはスパン、と叩いた。

「は?」
「どうせ詠唱中は回避なんて出来ないだろ。あの程度の時間なら俺が守ってやるから安心しろよ、魔法使い」

 そう言う右手にはナイフ大剣シルエットミラー、左手には投げナイフをもう構えている。

「威力が強いったってプラリオネの大群よりマシだし、フェイント掛けてきたって川の水掛け遊びより楽だろ。水弾くらい全部ナイフで跳ね飛ばしてやるよ」

 と言いつつ、アレンは投げナイフを一本飛ばした。折り畳み式のナイフを半ばまで折り、くの字にした形で。ナイフは飛んできた水球にぶつかって、予告通り弾く。普通に真っ直ぐのナイフをぶつけても突き抜けるだけで効果は薄いと素早く判断したんだろう。その判断の早さも、羨ましい。
 と、何かを手元に投げ込まれた。先ほど落とした腕輪だ。

「ほら、まだデカいの倒しきってねえんだろ? 頼むぜリーダー」

『よし、デカい敵一匹倒すごとに持つ奴交代だ!』
 ……あんな、意地張っただけの約束をこんな所で出してくるとか。

「はあ……。君って、恐れとか無いわけ?」

 口が滑るついでに聞くと、どう見てもお人形マスコットにしか見えない小人は、フッと嫌味な笑みを浮かべた。

「まあ、俺は強いからな!」

 何それ、本当、敵わないんだけど。
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