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Smallest Q.1 王都・ラスティケーキ
012_狂魔女ドロシー&魔法戦③
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ヤバい水魔法使いを倒したと思ったら、そいつの形をした水の塊がなんか第2ラウンド仕掛けてきた。これが、アレンの現状認識だった。
(でも、あいつそんな強そうに見えないんだよな……)
アレンには、ライズがどうして弱気になったのか分からない。
腕輪は先ほどの攻撃を受けて切れてしまっている。これで評価が下がったりしないかと少し心配にはなったが、アレンはそのままライズの手元に投げ込んだ。
「ほら、まだデカいの倒しきってねえんだろ? 頼むぜリーダー」
別にライズにリーダーになれと言ったわけではない。交代に腕輪をつけると決めたから、ライズが今のところはリーダーだ。……それに、どうせ魔力がないアレンにはこの腕輪は扱えない。一人でこれだけ持たされても困る。
「はあ……。君って、恐れとか無いわけ?」
アレンは、そのライズの言葉を褒め言葉と解釈した。
「まあ、俺は強いからな!」
「あっそ……もうタルティー、タルティー。分かったよ。マジメにやれば良いんでしょ?」
また大きくため息をついたライズは、吹っ切れたようにいつもの調子で言った。内心アレンはホッとする。
「この勝負、リミットがある。本体……檻に入ってる方のドロシー=サグメントに出てこられると2vs2で面倒になるから、檻壊される前にさっさとあの水分身片付けるよ。ってわけで、詠唱するからよろしく」
「おう!」
冷静になったライズの目は、ドロシー型の水塊が攻撃してくる直前、ちゃんと水の青魔法陣を足元に浮き上がらせているのを見つけていた。声に出しての詠唱は無いし、掛けた時間のわりに水魔法の威力が高いが、それでも、詠唱に相当する時間を掛けなければ上級の魔法は繰り出せないのだ。
相手の攻撃を防ぎ、土魔法の詠唱時間を稼ぎ一気に決める。「第1ラウンド」と流れは同じだが、タイムリミットのある中でのシンプルな作戦だ。
「地神よ加護を……」
「おいどーした? 風呂で水掛け遊びしてるんじゃないんだぞ? それに俺のナイフの方が早い! 魔法のくせに随分鈍いな!」
アレンはわざと煽るような事を言って注意を自分に引きつけようとする。あまりこういう手は好きではないが、興奮するとつい口から出てしまう言葉でもある。要は口が悪い。冒険者のからかい口上にいつも応戦していればそう育つのも無理はなかった。
水塊は、水弾も氷弾もアレンに弾き返され、しばし攻撃の手を止める。
「何を……いや、詠唱の長い水魔法か!」
アレンは一瞬戸惑ったが、水塊の足?元に青い魔法陣が現れたのを見てナイフを構え直した。
これまでドロシーが中級や上級の水魔法を使うのを見ていなかったアレンは、警戒を深める。
(さっきの戦闘見てると、得意な属性の魔法じゃないと詠唱に時間かかるみたいなんだよな……これ、ライズの詠唱より先にあっちが終わるぞ)
ライズはまだ動かない。動けない。アレンは舌打って、ライズを庇うように大きく前に出た。
先ほどの戦闘中、ドロシーが上級の水魔法を使わなかったのは、ライズが土魔法を使うと仄めかし、ドロシーの油断を煽って詠唱を中断させたからだ。それからもペースを奪って最後まで優勢を保った。アレンは気づいていないが、あの一連の流れは、深く考えさせないためのライズの作戦がうまくいった結果だった。冷静に考えれば、早く詠唱が済む上級の水魔法で、魔法を唱えられないアレンと詠唱中のライズをまとめて倒すべきだと判断できていただろう。そして、今の水塊ーー脳があるのかは分からないがーーは、それが判断できたようだった。
「何が来るんだよ……?」
詠唱がいつ終わるか分からない以上、アレンはライズの前から動けない。詠唱中を攻撃してやろうと離れたタイミングでライズだけを狙われては困るのだ。アレンの額からはじわりと汗が流れる。
そう、ほとんどが水でできている、汗が。
5年前、ドロシー=サグメントが魔法学校で起こした事件は、実に単純で残酷だった。
魔法使いとしては優秀な成績を収めていたドロシーは、そのやっかみと暗い雰囲気のせいで、長らく虐めに遭っていた。イジメというとささいに聞こえるかもしれないが、まだ魔法を使いこなせていない学生の実験台にされていたのだ。5年前はまだ、学校の安全管理が杜撰だった。きちんとルールは決められていたが、長く問題が起きていなかったため監視の目が緩かったのだ。元々陰気だった彼女は、日々をますますおどおどと怯えて過ごすようになる。
(あたしは、魔法なら絶対にあんな奴らに負けないのに)
それでも真面目に、誰かに魔法を向ける事なく過ごしていた彼女を壊したのは、虐めの主犯格だった火魔法使いの男だった。
いつも狙われると分かっていたドロシーは、心配な場では必ず水魔法による防御を掛けるようにしていた。本来彼女は防御の方が得意だったし、そのおかげで土魔法使い以外からはそこそこ怪我を受けることもなく過ごせていた。
その防御を、その男は破った。そしてドロシーの顔に、炎を浴びせた。
何が起きたのか分からないまま、ドロシーは液化して逃げようとした。そこを、別の男が土魔法で阻んだ。男達はゲラゲラと笑った。
……後から考えれば、それは頭の良い犯行だった。杖がなければ魔法は使えない。火魔法の男は、ドロシーの杖を盗んで知らずのうちに防御を弱め、土魔法使いの男と協力して事に及んだのだ。水魔法を火魔法で破られたと思い込んだドロシーの絶望した顔を見るために。
液化する前のダメージは消えない。顔を、まさか火魔法使いに深く傷つけられた……そう実感して、ドロシーは、絶望するよりも前に、壊れた。
(あたしは、負けない……本当は、あんな奴らに負けるはずがない!)
そして、折り曲げた杖を放ってよこし、どうせ反撃などできないだろうとこちらを見もせずに笑う男に、ドロシーは水塊をぶつけた。
主犯格の男は肺に氷の粒を注ぎ込まれながら溺れた。
土魔法の男は全身の体液を抜かれて干からびた。
他、数名が、叩きつけられたり凍ったり溺れたり膨れたり破裂したりして瀕死になった。
現場が発見された時には、まるで実験台になったかのように、全員が違う方法で苦しめられ、並べられていた。
そしてドロシーは、三日三晩逃げ続けて捕まり、死者こそ居なかったものの凶悪犯として記録されることになったのだった。
体液はほとんどが水だ。水ならば、魔法で操れる。簡単で当たり前のことだ。ドロシーはその簡単な事に気づいた後、体重を増やした。多くの体積を自分のものとし、液化して分裂を試みた。ほぼ水の塊にしかならなかったが、ソレは、ドロシーの意思で離れていても遮られていても操ることができた。体は水の塊、その思考はドロシー本体と同じ。ライズは完全に独立して行動できる分身を想定して恐れていたが、実質のところ、檻に閉じ込められたドロシーが詠唱した魔法を水塊から放つシステムになっていた。いわば命令を忠実に聞く召使い。本来ならライズもすぐに気づいただろうが、土魔法水切りでできた檻が水魔法の詠唱の声も断ち、外にドロシーの声は届いていなかったのだ。それで、無詠唱に見えていた。
(……水神よ、吐水の加護をッ!)
詠唱を終えてドロシーは杖をアレンに向ける。アレンの上に青い魔法陣が浮かんだ。
デフェドラトは、対象自身に作用する魔法だ。乾かすのでも絞るのでもなく、全身の体液に作用して体から出させる魔法。対象が苦しむだけでなく、汗まみれになって泣いたり漏らしたりよだれを垂らしたりと惨めな姿になるのでお気に入りの魔法だった。かつて人を苦しめる魔法を研究した時に、2番目に効果的だったこともある。1番目は火魔法の小僧に取っておくーー
「う、うわっ、何だこの魔法陣」
(干からびろ!)
魔法が発動する。アレンの大きな悲鳴を期待して、ドロシーはにやりと笑った。
「で、何だったんだこれ……」
しかし、アレンには、何も起こらなかった。
(そんなっ!!)
アレンの上の魔法陣が消えていく。無効果のまま上級魔法が消える。信じられない光景に、ドロシーは目を見開いた。
(そんな、だってこのガキは打ち消すような魔法を使えないはず……)
ライズを見れば、まだ黄色の魔法陣の上で跪き唱え続けている。魔法陣の細かさを見ても、詠唱を中断して何かしたとは考えられない。
(どうして……)
呆然としながらもドロシーは、次の魔法を唱え始める。
(まさかあのガキには水魔法が効かないのか?)
効いたところを見たことがないドロシーには判断できない。ギローノというワルのパーティになってからも、アレンとドロシーはまともに戦ったことがなかった。だって、魔法も使えないガキに魔法では最強のドロシーがわざわざ戦う必要なんて無いのだから……。そして、この場でも、アレンは全ての水弾を見切り、避け、ナイフで弾いていた。一度もダメージは与えていない。
(水…………気神よ……)
ドロシーはためらい、そして、水魔法ではなく気魔法を唱え始めた。もしアレンに水魔法が効かないとすれば、別の魔法を唱えるしかない。となれば詠唱に時間がかかる。ライズの土魔法が先に終わってしまうのだ。ならばせめて、土魔法を打ち消せる対抗策を講じておくべきだ。
そう考えた時点で、「第1ラウンド」と同じ流れになっている事に、ドロシーは気づいていなかった。この召使いなら魔法の威力が増すからと、今度は勝てる気でいた油断もある。それは本当なら、油断ではなく余裕で済まされていただろう。だが、一つ誤算があった。
「地神よ我は…………火神よ」
(え?)
地魔法を打ち切ってライズが唱えた、そのごく短い詠唱を、ドロシーは予測できなかった。それも当たり前だ。全身が水の相手に火魔法を使うなんて、水中で火を灯すようなものなのだから。ドロシーが気魔法を唱え始め、まだ詠唱時間に余裕があるのに、わざわざこのタイミングで、せっかく組み上げていた地魔法を半端に打ち切ってまで、ごく小さな火魔法を唱えた理由など、分からなかった。
ライズは、ドロシーを直接狙ったわけではなかった。……アレンに向かって、小さな火を放った。
「おらよっ!」
そして、火を向けられたアレンが顔色一つ変えずに、なぜか大剣の鞘を構えた事も、火で炙られた鞘の表面から、何かが熱で溶け落ち、そこからチョコ綿あめが雲のように吹き出した事も、何一つとして、ドロシーは予想できなかった。誰が考えるだろう? 水魔法では氷霧をぶつけて固め、蜘蛛の巣を払うように水流で流してその場にうち捨てていくような魔菓子が鞘に貼り付いているなんて。
自由になったフロッシーは当然、怒っていた。その怒りのままに、フロッシーは空気を飴糸で絡め取り、空間を埋め尽くしていく……そう、風魔法の元となる空気を汚染していく。
土魔法に迷宮の土が使えないように、汚染された空気も風魔法には使えない。風魔法使いなら対策として綺麗な空気を持ち込んだりするが、水魔法使いであるドロシーは、そんな対策を講じていない。
気魔法が鈍るのを感じたドロシーは咄嗟に詠唱を止める。それは判断ミスだったとすぐ気づくが……堅牢ではないとはいえ、土魔法で宝石の要塞を築き終えていたライズには、あまりにも十分な隙だった。
「地神よ 水切りの 加護を」
その一瞬で、ドロシーの水塊は宝石の檻に囚われた。
第2ラウンド、了。勝者、アレン&ライズ。
(でも、あいつそんな強そうに見えないんだよな……)
アレンには、ライズがどうして弱気になったのか分からない。
腕輪は先ほどの攻撃を受けて切れてしまっている。これで評価が下がったりしないかと少し心配にはなったが、アレンはそのままライズの手元に投げ込んだ。
「ほら、まだデカいの倒しきってねえんだろ? 頼むぜリーダー」
別にライズにリーダーになれと言ったわけではない。交代に腕輪をつけると決めたから、ライズが今のところはリーダーだ。……それに、どうせ魔力がないアレンにはこの腕輪は扱えない。一人でこれだけ持たされても困る。
「はあ……。君って、恐れとか無いわけ?」
アレンは、そのライズの言葉を褒め言葉と解釈した。
「まあ、俺は強いからな!」
「あっそ……もうタルティー、タルティー。分かったよ。マジメにやれば良いんでしょ?」
また大きくため息をついたライズは、吹っ切れたようにいつもの調子で言った。内心アレンはホッとする。
「この勝負、リミットがある。本体……檻に入ってる方のドロシー=サグメントに出てこられると2vs2で面倒になるから、檻壊される前にさっさとあの水分身片付けるよ。ってわけで、詠唱するからよろしく」
「おう!」
冷静になったライズの目は、ドロシー型の水塊が攻撃してくる直前、ちゃんと水の青魔法陣を足元に浮き上がらせているのを見つけていた。声に出しての詠唱は無いし、掛けた時間のわりに水魔法の威力が高いが、それでも、詠唱に相当する時間を掛けなければ上級の魔法は繰り出せないのだ。
相手の攻撃を防ぎ、土魔法の詠唱時間を稼ぎ一気に決める。「第1ラウンド」と流れは同じだが、タイムリミットのある中でのシンプルな作戦だ。
「地神よ加護を……」
「おいどーした? 風呂で水掛け遊びしてるんじゃないんだぞ? それに俺のナイフの方が早い! 魔法のくせに随分鈍いな!」
アレンはわざと煽るような事を言って注意を自分に引きつけようとする。あまりこういう手は好きではないが、興奮するとつい口から出てしまう言葉でもある。要は口が悪い。冒険者のからかい口上にいつも応戦していればそう育つのも無理はなかった。
水塊は、水弾も氷弾もアレンに弾き返され、しばし攻撃の手を止める。
「何を……いや、詠唱の長い水魔法か!」
アレンは一瞬戸惑ったが、水塊の足?元に青い魔法陣が現れたのを見てナイフを構え直した。
これまでドロシーが中級や上級の水魔法を使うのを見ていなかったアレンは、警戒を深める。
(さっきの戦闘見てると、得意な属性の魔法じゃないと詠唱に時間かかるみたいなんだよな……これ、ライズの詠唱より先にあっちが終わるぞ)
ライズはまだ動かない。動けない。アレンは舌打って、ライズを庇うように大きく前に出た。
先ほどの戦闘中、ドロシーが上級の水魔法を使わなかったのは、ライズが土魔法を使うと仄めかし、ドロシーの油断を煽って詠唱を中断させたからだ。それからもペースを奪って最後まで優勢を保った。アレンは気づいていないが、あの一連の流れは、深く考えさせないためのライズの作戦がうまくいった結果だった。冷静に考えれば、早く詠唱が済む上級の水魔法で、魔法を唱えられないアレンと詠唱中のライズをまとめて倒すべきだと判断できていただろう。そして、今の水塊ーー脳があるのかは分からないがーーは、それが判断できたようだった。
「何が来るんだよ……?」
詠唱がいつ終わるか分からない以上、アレンはライズの前から動けない。詠唱中を攻撃してやろうと離れたタイミングでライズだけを狙われては困るのだ。アレンの額からはじわりと汗が流れる。
そう、ほとんどが水でできている、汗が。
5年前、ドロシー=サグメントが魔法学校で起こした事件は、実に単純で残酷だった。
魔法使いとしては優秀な成績を収めていたドロシーは、そのやっかみと暗い雰囲気のせいで、長らく虐めに遭っていた。イジメというとささいに聞こえるかもしれないが、まだ魔法を使いこなせていない学生の実験台にされていたのだ。5年前はまだ、学校の安全管理が杜撰だった。きちんとルールは決められていたが、長く問題が起きていなかったため監視の目が緩かったのだ。元々陰気だった彼女は、日々をますますおどおどと怯えて過ごすようになる。
(あたしは、魔法なら絶対にあんな奴らに負けないのに)
それでも真面目に、誰かに魔法を向ける事なく過ごしていた彼女を壊したのは、虐めの主犯格だった火魔法使いの男だった。
いつも狙われると分かっていたドロシーは、心配な場では必ず水魔法による防御を掛けるようにしていた。本来彼女は防御の方が得意だったし、そのおかげで土魔法使い以外からはそこそこ怪我を受けることもなく過ごせていた。
その防御を、その男は破った。そしてドロシーの顔に、炎を浴びせた。
何が起きたのか分からないまま、ドロシーは液化して逃げようとした。そこを、別の男が土魔法で阻んだ。男達はゲラゲラと笑った。
……後から考えれば、それは頭の良い犯行だった。杖がなければ魔法は使えない。火魔法の男は、ドロシーの杖を盗んで知らずのうちに防御を弱め、土魔法使いの男と協力して事に及んだのだ。水魔法を火魔法で破られたと思い込んだドロシーの絶望した顔を見るために。
液化する前のダメージは消えない。顔を、まさか火魔法使いに深く傷つけられた……そう実感して、ドロシーは、絶望するよりも前に、壊れた。
(あたしは、負けない……本当は、あんな奴らに負けるはずがない!)
そして、折り曲げた杖を放ってよこし、どうせ反撃などできないだろうとこちらを見もせずに笑う男に、ドロシーは水塊をぶつけた。
主犯格の男は肺に氷の粒を注ぎ込まれながら溺れた。
土魔法の男は全身の体液を抜かれて干からびた。
他、数名が、叩きつけられたり凍ったり溺れたり膨れたり破裂したりして瀕死になった。
現場が発見された時には、まるで実験台になったかのように、全員が違う方法で苦しめられ、並べられていた。
そしてドロシーは、三日三晩逃げ続けて捕まり、死者こそ居なかったものの凶悪犯として記録されることになったのだった。
体液はほとんどが水だ。水ならば、魔法で操れる。簡単で当たり前のことだ。ドロシーはその簡単な事に気づいた後、体重を増やした。多くの体積を自分のものとし、液化して分裂を試みた。ほぼ水の塊にしかならなかったが、ソレは、ドロシーの意思で離れていても遮られていても操ることができた。体は水の塊、その思考はドロシー本体と同じ。ライズは完全に独立して行動できる分身を想定して恐れていたが、実質のところ、檻に閉じ込められたドロシーが詠唱した魔法を水塊から放つシステムになっていた。いわば命令を忠実に聞く召使い。本来ならライズもすぐに気づいただろうが、土魔法水切りでできた檻が水魔法の詠唱の声も断ち、外にドロシーの声は届いていなかったのだ。それで、無詠唱に見えていた。
(……水神よ、吐水の加護をッ!)
詠唱を終えてドロシーは杖をアレンに向ける。アレンの上に青い魔法陣が浮かんだ。
デフェドラトは、対象自身に作用する魔法だ。乾かすのでも絞るのでもなく、全身の体液に作用して体から出させる魔法。対象が苦しむだけでなく、汗まみれになって泣いたり漏らしたりよだれを垂らしたりと惨めな姿になるのでお気に入りの魔法だった。かつて人を苦しめる魔法を研究した時に、2番目に効果的だったこともある。1番目は火魔法の小僧に取っておくーー
「う、うわっ、何だこの魔法陣」
(干からびろ!)
魔法が発動する。アレンの大きな悲鳴を期待して、ドロシーはにやりと笑った。
「で、何だったんだこれ……」
しかし、アレンには、何も起こらなかった。
(そんなっ!!)
アレンの上の魔法陣が消えていく。無効果のまま上級魔法が消える。信じられない光景に、ドロシーは目を見開いた。
(そんな、だってこのガキは打ち消すような魔法を使えないはず……)
ライズを見れば、まだ黄色の魔法陣の上で跪き唱え続けている。魔法陣の細かさを見ても、詠唱を中断して何かしたとは考えられない。
(どうして……)
呆然としながらもドロシーは、次の魔法を唱え始める。
(まさかあのガキには水魔法が効かないのか?)
効いたところを見たことがないドロシーには判断できない。ギローノというワルのパーティになってからも、アレンとドロシーはまともに戦ったことがなかった。だって、魔法も使えないガキに魔法では最強のドロシーがわざわざ戦う必要なんて無いのだから……。そして、この場でも、アレンは全ての水弾を見切り、避け、ナイフで弾いていた。一度もダメージは与えていない。
(水…………気神よ……)
ドロシーはためらい、そして、水魔法ではなく気魔法を唱え始めた。もしアレンに水魔法が効かないとすれば、別の魔法を唱えるしかない。となれば詠唱に時間がかかる。ライズの土魔法が先に終わってしまうのだ。ならばせめて、土魔法を打ち消せる対抗策を講じておくべきだ。
そう考えた時点で、「第1ラウンド」と同じ流れになっている事に、ドロシーは気づいていなかった。この召使いなら魔法の威力が増すからと、今度は勝てる気でいた油断もある。それは本当なら、油断ではなく余裕で済まされていただろう。だが、一つ誤算があった。
「地神よ我は…………火神よ」
(え?)
地魔法を打ち切ってライズが唱えた、そのごく短い詠唱を、ドロシーは予測できなかった。それも当たり前だ。全身が水の相手に火魔法を使うなんて、水中で火を灯すようなものなのだから。ドロシーが気魔法を唱え始め、まだ詠唱時間に余裕があるのに、わざわざこのタイミングで、せっかく組み上げていた地魔法を半端に打ち切ってまで、ごく小さな火魔法を唱えた理由など、分からなかった。
ライズは、ドロシーを直接狙ったわけではなかった。……アレンに向かって、小さな火を放った。
「おらよっ!」
そして、火を向けられたアレンが顔色一つ変えずに、なぜか大剣の鞘を構えた事も、火で炙られた鞘の表面から、何かが熱で溶け落ち、そこからチョコ綿あめが雲のように吹き出した事も、何一つとして、ドロシーは予想できなかった。誰が考えるだろう? 水魔法では氷霧をぶつけて固め、蜘蛛の巣を払うように水流で流してその場にうち捨てていくような魔菓子が鞘に貼り付いているなんて。
自由になったフロッシーは当然、怒っていた。その怒りのままに、フロッシーは空気を飴糸で絡め取り、空間を埋め尽くしていく……そう、風魔法の元となる空気を汚染していく。
土魔法に迷宮の土が使えないように、汚染された空気も風魔法には使えない。風魔法使いなら対策として綺麗な空気を持ち込んだりするが、水魔法使いであるドロシーは、そんな対策を講じていない。
気魔法が鈍るのを感じたドロシーは咄嗟に詠唱を止める。それは判断ミスだったとすぐ気づくが……堅牢ではないとはいえ、土魔法で宝石の要塞を築き終えていたライズには、あまりにも十分な隙だった。
「地神よ 水切りの 加護を」
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