丹生子さんと25の開かれてない謎

山の端さっど

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20と目耳神隠し

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 明くる早朝。
 朝が早いので、僕は船上で軽い朝食を船のメンバーに出す。僕を含めて4人分。昨日と同じだ。濃く淹れたコーヒーと、眠そうにしている丹生子さんにはデカフェも。サラさんは少しため息をついて受け取ってくれる。サラさん好みのパセリがたっぷり入ったサンドイッチ。

「セールで良い食材が手に入りました」
「料理に関してだけはあなたに何も言いませんよ」

 地元野球チームは試合に勝った。店長はグラジオラスの造花の飾りをお客さん全員に配るくらい浮かれていた。花言葉の一つは「勝利」。パセリと同じらしい。
 そして、今朝早く、丹生子さんには昨日と全く同じ音声の電話が来た。僕たちが無事に帰船するとは全く想定しておらず慌てたせいか、同じデータで良いと考えたのかははっきりしない。

「青丹様は?」
「起床に間に合わないので朝食の用意をしてきました。こちらよりは手のこんだメニューです」
「そう。それで?」
「それで、というのは」

 何を聞かれたか分からないので朝支度について答えてみただけだ。

「……無理ね」
「?」
はね、今日はまずわたくしと山に入ります。先にどちらを調べたいの」
「……洞窟からです」
「トラップの解除より天然地形の危険性を重視するということ?」
「はい」
「よろしい。行きましょう」



 ……午前中いっぱいかかった調査の結論だけ言うと、洞窟の方では大きな収穫はなかった。風通しが良いので危険な天然性のガスが溜まっているところもなく、代わりに雨風が入るので倉庫や実験場として不向きだったらしい。ただ、内部に生えているこけを少し持ち帰らせてもらうことにした。

「それほど珍しいものかしら」
「詳しくないので専門の方に見ていただきます」

 たまたま知人がいる。もしこれが新種なら、この島の生態は調査される必要がある。無価値な島が、犯罪に利用される隙を生むほど持て余されることはなくなるかもしれない。ただの甘い期待だ。

「じゃあ本命を調べに向かうか!」

 丹生子さんは僕たちと合流して膝を叩いた。午前中はずっと、砂をふるったり岩をブラシで撫でたり地面の下を少しずつ透視の超能力エスパーで調べたりしていたらしい。

「していたじゃなくて『させられていた』だよ」

 刺激に飢えているのが分かる。たしなめるかと思ったけど、サラさんは少し考えて丹生子さんに頷いた。

「……では翰について先に行きなさい、丹生子。くれぐれも荒っぽいことはしないで。穏便に済ませること」
「何の話してるんだ? わたしに説法はよしてくれ、探偵」

 丹生子さんは珍しく強気に言った。

「何かあると確信しているんですか」

 2人はたぶん、「いまさらだ」と言いたげに僕を見た。
 ……そうかもしれない。いまさら。

「じゃあ安全装置、安全確保」
「安全装置ではありません」

 山中の掘立て小屋に入る。昨日僕たちが入ったときのままに見える。さすがに昨日夜のうちに忍びこんで何かを仕掛け直すようなことはできないだろう。
 ただ、何かが違うような気がする。

「それは罠の兆候か?」
「分かりません。透視では?」
「特に面白いものは透けて視えない」

 静かだ。床板を昨日軽く調べた通りに探る。外れて地下への階段が現れた。
 階段といっても、土を固めて表面に細かい石を押しこんだ手作りのもの。複雑ではないが、途中で曲がっていて直接奥が見えないようになっている。風通しは良い。

「転ぶなよ」

 後ろからえりを掴まれそうになってさすがに避ける。土壁に手をついて降りると、すぐにモルタルや簡単な鉄棒で補強された空間に着いた。狭い。業者なしで作った感じだ。

「まるで防空壕ぼうくうごうですね」

 入り口の階段が曲がっていたのは、外からの爆風が直接内部に吹きこまないようにだろうか。実際は少し入り組んだ程度では防げないだろう。内部に比べて造りの弱い入口が崩落する可能性もある。戦時中に作られたものではないかもしれない。

「……今、爆破されたら入り口が塞がるって言ったかお前」
「言ってはいませ……」

 土塊つちくれが、どさりと目の前に落ちた。

「っ」



 理解が遅れた。
 動けるのは少し。丹生子さんを入り口から内部へ引きこむのが限界だ。
 それが結果的に正解だと分かったのは、1分ほどかけて、地下のさまざまな壁天井が崩落しきった後だった。



「……大丈夫、ですか」
「ああ……」
「入口には近づかない方が良さそうですね」
「たぶんね……」

 閉じこめられた、というほどの緊張感がないのは、2人とも怪我を負っていないからだ。

「お前は少し擦り傷ができたな」
「無傷のようなものです」

 丹生子さんを抱えて、背中にいくらか土塊が降りかかったくらい。生き埋めになるほどでもなかった。狭くて身を寄せ合わないといけない程度だ。丹生子さんが気にするので、荷物に入れていたオキシドールで腕だけ消毒する。

「今日は靴底じゃないのか?」
「余裕があるときはリスク分散で何箇所かに入れています」

 サラさんの教えだ。脚が土砂に埋もれて引き抜けない可能性もあった。

「まあそうか。……悪い」
「何がでしょう」
「視てたのに仕掛けに気づけなかった」

 何か仕掛けが埋められていれば、警戒している丹生子さんなら気づいたはずだ。天井を透視しても、何も仕掛けは視えなかった。とすると?

「たまたま今崩れただけかもしれませんから」
「本気で言ってるか?」
「……1割くらいはあり得るかと」

 8割がたは、土の中に透視でも見逃してしまう巧妙な仕掛けが施されていたと思っている。かなり難しいと思うけど不可能ではない。

「わたしは残りの1割を濃く見てるけどね。つまり第3の可能性だ」
「本気ですか?」
「本気。やり方がぬるいだろ」

 丹生子さんは崩れた土石に手を当てた。止める間もなくざくりと指を突っこんで掻く。調査のため軍手をつけてもらっていて幸いだった。

「青丹」

 足元で石が転がった。砂が低く巻き上がって、警戒を促すようにくるくると舞う。青丹さんが混乱したときの指の動かし方にも似ている。

「なんだ、手間取ってるな」

 とりあえず丹生子さんの腕を引いて軍手を外し、土を払う。手は

「念のため触れない方が良いかと」
「青丹の眼から逃げる気なら、こっちに構ってる暇はないだろ」
「……本当にいるでしょうか」
「いるね。わたしのプロファイリング的には」

 丹生子さんが「やり方がぬるい」と言ったのは、たぶん、ただ閉じこめるだけで生き埋めにも、大きな怪我を負わせられもしていないからだ。5択の配線を間違えれば爆発する爆弾や、島の滞在必需品を積んだ船を爆破する爆弾と同じトラップとは思えない。
 昨日、蜂庫はちこさんは爆弾の作成と設置に関わっただろう2人の名前を挙げていた。界単かいたん字氏あざうじ。爆弾のギミックや仕掛けを2人がメインで担当していたとすると、地下の仕掛けは他のメンバーが担当したとしてもおかしくない。

 アドベントのメンバーの中には間違いなく超能力者がいる。それもおそらく、飛行の超能力サイキック持ちが。自分自身と自分に触れているものを自由に選び、精密に浮かせることができる超能力だ。
 たとえば、その力で土塊を浮かせ、天井に押し上げることで、不安定な地下の構造を安定させる。透視で視ても不自然なものは埋まっていないけど、超能力を解除した(もしくは、わざと落下した)とたんに崩落が始まる。もっと大規模にするはずが、思ったより崩れず、入り口と壁際封鎖する程度に留まってしまった。ありえそうだ。
 問題は、浮かせたい物は超能力者の身体からだに触れている必要があることだろう。

「じゃあ土の中にいるんだ」
「……簡単に言いますね」

 スコップでうずもれた土を掘り返す。軍手で触れる。見上げる。土天井に触れる。
 濡れている。

「こんなことを、考える人がいるんですね」
「しかもわたしらの敵だ」

 ほんの一筋、おそらく地上からずっと液体が染みて地下に届いている。
 血か、血を薄めたもの。
 もちろん不動領域を作る血なんかじゃない。飛行の超能力者のものだ。

「流した血も『超能力者の身体』に含まれる……」

 不思議ではない。身体から完全に離れ、乾いた血でも超能力が発現する事例を知っている。

「ただ、不動領域ほど無茶苦茶な性能じゃないはずだ。闇バイトを雇って爆弾投げさせたり、貴重な不動領域で隠した仕掛けを作ったりしてるところを見ると、身体から離れてしばらくたった血では『飛行』が使えないんだろう。サメからもそんな便利って聞いたことなかったし」

 ……「サメ」。かの飛行超能力者ジョゼファス・ラッキーさんのことだ。本人の証言なら確かだろう。

「つまり、地上に続いてるだろう血の痕をずっと辿れば、島のどこかに奴が潜伏してると思ったんだが……青丹?」

 ……青丹さんから、電話がかかってきた。

『……逃げられた』

 丹生子さんと顔を見合わせる。通話をスピーカーモードにすると、深いため息が拡大された。

「大丈夫ですか!」
『大した、ことない……』

 安心できる声色ではない。
 広域を視聴みききできる青丹さんが超能力の追跡で相手を逃した、ということは、ただごとではない妨害を受けたということだ。残留思念知サイコメトリー剃刀かみそり、のような。
 遠隔視聴ファラウェイビューは監視カメラやマイクよりもはるかに高性能で、超能力者の耳目に直接繋がっている。……追跡中に爆発などの刺激光や大音響を拾ってしまうと、急性視聴覚障害の恐れがある。目が過剰な刺激にくらんで痛み、耳への負担が目眩めまいと三半規管の麻痺を引き起こす。その間に巧妙な光学迷彩と飛行を使われれば、強力なエスパーを持つ青丹さんだからこそ逃走を許してしまう。

「青丹、目は擦るな」
『大丈夫……』
「ダメだ」

 ……スピーカー通話にしたから、丹生子さんがエスパーで青丹さんの心を読めるようになった。その丹生子さんの様子からすると、急な治療を要するほどではないらしい。少しだけ僕は息をつく。

「青丹、診察を受けましょう」
『……そこまでじゃ』
「そこまでだろ。安全装置、いいの紹介するから今晩連れてけ」
「はい」

 小さく『やだ……』と聞こえたけど絶対に連れていく。

「こっちの罠がテキトーだったのは、青丹が狙いだったからか。油断したな」
「はい」
『……』
「そう辛気くさくなるな。今電話くらいの音が聞こえて口がこれだけきけてるんだから大事おおごとじゃない。青丹は吹けば飛ぶほど弱くはないだろ」
「……はい」

 ……「それじゃあ」と丹生子さんは明るい口調になった。

「青丹。お前は反省だよ。もうこんなことしませんって言ってごらん」

 こんなこと?

『……』
「青丹。黙るんじゃない」
「あの、丹生子さん」
「安全装置、少し黙ってな」

 ……しばらくして青丹さんは、『ごめんなさい』と言った。





「安全装置が何も気づいてないのは分かってたさ」

 丹生子さんは言うけど、僕にも違和感くらいはあった。

 昨日、青丹さんは電話口で共有フォルダの複雑な保管場所を丹生子さんに間接的に伝え、データの有無の話をした。
 僕はあの時、丹生子さんにスマホを渡して直接やり取りをした方が楽ではないかと思っていた。丹生子さんのエスパー読心なら、電話先の青丹さんがイメージする画面を直接読み取ることができる。楽だ。そうしなかったのは、青丹さんが代わらなくていいと言ったから。
 ……つまり、丹生子さんに心を読まれたくなかったから?

「でもその先は思い至らなかったと」
「はい」

 念動力で出入り口を塞ぐ土砂をすべてけてもらい、地上へ脱出する。あたり一面の地面は大きく荒れていた。これだけの広範囲を飛行の超能力で操ったとすればすごい力だ。目くらましか救助者の足止めが目的だろうか。
 ……それで、青丹さんの隠し事とは何だろう。なぜ謝る必要があるんだろう。

「お前は昨日転んだ」
「はい……?」

 たしかに、小屋の中で転びかけて丹生子さんに支えてもらった。

「あれは青丹が転ばせたんだよ」
「え?」
「足先をちょっと引っ張ったんだろ。それまでも何度かやろうとしてたがお前の動きに追いつけてなかった」
「あの」
「図書館にお前をお使いに行かせたこともあったか。わたしと話す機会を増やそうなんて健気だね。ジグソーパズルの時は必要以上にピースを混ぜこぜにして行き来を増やしたな。……というか、お前が工作しなければもっと楽な仕掛けだったんだよ。そうそう、鳴鐘堂メイショードーがわざと指輪を安全装置にめてやったときは分かりやすかったし、白糸しらと嬢がちょっかいかけに来たときはお前の背中に痣ができるまで叩いて、わたしのことも叩き起こした。焦ってたな?」
「あの」

 さらりと痣のことをばらされてしまった。気づかれないようにやっと消したのに。

「まだ分からないか、安全装置。青丹はわたしとお前をうまいことくっつけようとしてたんだよ」

 ……分からない。何を言われたのか。

「青丹。かつて安全装置は、結婚したくない相手としてわたしの名前を挙げたんだ。お前の都合でねじ曲げようとするんじゃない」
「あれは丹生子さんに言わされたようなものですが……」
「でも実際、考えもしてないだろ?」
「はい……」

 だめだ、頭が回らない。確かなのは、青丹さんが謝ったこと。丹生子さんの言っているのが事実ということだ。

「なぜ、青丹さんはそんなことを……」
「そしたらお前が義兄あにになるだろ」
「はい……?」
「ただの契約関係だと、お前の心変わりでハウスキーパーを辞めてどこぞにかもしれない。でも実姉との婚姻関係があれば逃げにくいだろ」

 丹生子さんは何の話をしている?

「僕が逃げ出すことを前提にしていませんか」
「してる。青丹は自分に自信がないんだよ。付き人やってれば分かるだろ」
「でも、これまでも付き人が変わることくらい何度も」
「お前のことを特別に気に入ってるから、ずっと近くに置いておきたい。そういう話をしている。分かるな?」
「分か……り、ます」

 電話口の青丹さんは黙ったままだ。

「そのために色々工作なんかして、注意散漫だから裏をかかれることになったんだ。余計に目立って、安全装置も『アドベント』に目をつけられた。反省してるな、青丹?」

 僕も青丹さんも何も言えずにいるうちに、サラさんが僕らを迎えにくる足音と声が聞こえた。

「……話の続きは、青丹を診せてからにしようか」

 丹生子さんは僕の肩と後頭部に腕を乗せて言った。ひじかけにものぐさにもたれるみたいに。それが優しく見えない気遣いなことくらい、僕にも分かった。
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