それは呪いか祝福か

川獺

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最終話 それは呪いか祝福か

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 蝉の声がこれ程煩わしいと思った日は無いだろう。
 記録的な猛暑日を繰り返す八月の昼下がりは外に居るだけで嫌な汗が滲む。苛立つ程の雲一つ無い快晴の空は澄み渡っていて、アスファルトには陽炎が揺れている。
 スマートフォンのナビゲーションに従いつつ比較的マシな日陰を優先的に通り、後ろをついて来る健斗を時折振り返って確認した。
 物思いに耽っているのか珍しく口数が少なくて、ああ本当に終わるのかと奥歯を噛み締めた。
「東神社、考えたら来た事無かったな」
「うん。初詣はいつも別の神社だったしね」
「……ついた」
「もうついちゃったかぁ」
 ナビゲーションが終わると共に目的地を見れば林に囲まれた涼し気な鳥居越しに境内が見える。それ程大きくはないが管理の行き届いた立派な神社である事が伺えた。ポケットにスマートフォンを捻じ込んで鳥居に向かい、潜る前に一礼して入ると健斗も続けて鳥居を潜ったものの様子がおかしな事に気付いた。
「健斗?」
「ごめ、ちょっと苦しくて……多分大丈夫」
「ならいいけど……」
「ようこそ、お二人とも」
 手水舎まで向かい両手を交互に清めていると白衣に袴姿のステラが近付いて来る。幽霊なりに危険を察知したのか健斗の身体が震え出すが手を繋いでやると少しだけ治まった。
「……ステラ……出来れば会いたくなかった」
「言ったでしょう?アナタは必ずボクに会いに来ると。あと今は占い師ステラではなく東智也あずまともやとお呼び下さい。そちらの幽霊は……」
「雨宮健斗……です」
「ではちゃっちゃと始めましょうか、もう既に半分剝がれていますがネ。幽霊にはこの神社は相当耐え難いでしょう」
「健斗お前……」
 大丈夫、と目配せして来る健斗にそれ以上何も言えなかった。ステラ――東が言う通りなら今こいつは相当しんどい筈だ。
「この分であれば剝がすだけなら祝詞で充分でしょう。剥がせば後は成仏するだけですので。さぁこちらに」
 東の案内に従って境内の中央に呼び寄せられる。余りにも簡単に言われて苛立ちを隠し切れないが今はもう東に委ねるしかない。
「では包サン、ボクの唱える祝詞を復唱して下さい」
「繰り返すだけでいいのか?」
「ええ。それだけです」
「……分かった」
 もっと大層な儀式かと思っていた分、東の言葉に呆気に取られる。苦しそうな健斗を早く解放してやりたくて意を決して頷いた。それを見た東が口を開く。
「では続けて……祓え給い、清め給え、神ながら守り給え、幸え給え」
「祓え給い、清め給え、神ながら守り給え、幸え給え」
「くるし……っなに、これ、ぅっ」
「健斗!?健斗!」
「言ったでしょう、剝がれてしまえばあとは成仏するだけと」
 東の唱えた祝詞を復唱すると露骨に苦しみ出した健斗を慌てて抱き締めようとするが、現実は無常でもうこいつに触る事は出来ず手はただ宙を舞った。
 取り憑かれていたから触れただけで、本来の俺には霊感も何もない。故に触る事も出来ない。元に戻ってしまっただけの事だ。辛うじて見えているのが奇跡なのだろう。
「あ……そんな……」
「くるむ、ごめんね……泣かないで」
「……っ、泣いてねぇよ馬鹿」
「そっか、じゃあそういう事に……しとこうか」
 苦しいだろうに健斗が俺をそっと抱き締める。でももう温度どころか感触も何もかもが、何ひとつない。気が付けば頬を一筋の雫が伝っていて、でも空はやっぱり澄み渡る晴天で……もう何度涙を流しているだろう、本当は笑って見送る筈だったのに。
「ボクの仕事は此処までです。本来あるべき摂理に戻す、それだけ」
 東が気を利かせて背を向ける。徐々に健斗の姿が薄れていく中でやっぱりつらくて泣きじゃくった。涙は雨の様に地面に吸い込まれていく。
「包、今まで本当にありがとう」
「っ……」
「本当に、本当に愛してた」
「俺だって……!ずっと愛してる」
 涙で視界が滲む。健斗はもう殆ど見えない。最後に触れる事の無い口付けをして、健斗が微笑む気配がする。でも瞬きする間にはもうそこには誰も居なかった。
「……東」
「ハイ、何でしょう」
「ありがとうな」
「礼には及びません」
 東がひらひらと手を振り背を向けたまま去って行く。手の甲で涙を拭って、空を見上げた後自分も神社を後にした。







『次のニュースです。本日朝、都内のマンションで男性の遺体が発見されました。男性は――』







 永遠の愛――それは呪いか、祝福か――
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