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13話 贈り物をいただきました_②
しおりを挟む「わ……インクですね」
すぐにその液体が筆記用のインクであることに気づく。小瓶にはラベルこそ貼られていないが、文房具屋で購入した粘度が薄くて色の濃い液体、しかも羽根ペンと一緒に贈られたものとなれば、二つ合わせて使うもの……すなわち筆記用インクと考えるのが自然だ。
「あれ……?」
イリスの手の中でころりと転がるそのガラスの小瓶を見つめていて、ふと気がつく。一見すると普通の黒っぽい筆記用インクだが、よく見るとイリスの知っているものとは異なる、不思議な特徴があった。
「インクが、きらきらしてるような……?」
瓶の底に、きらきらと煌めく何かが沈んでいる。
まるで星の砂みたい……と考えながら小瓶を揺り動かしていると、ブルーノがまたとんでもないことを言い放った。
「ああ、それも特注なんだが」
「!?」
「そう青褪めるな。特注といっても、そこまで高価じゃない。オーダーに合わせて染料の配合を変えているから『特注』と言ってるだけで、基本的には市販のインクと価値は同じだ」
ブルーノが「だから気にしなくれていい」と軽く手を振ってくれるが、イリスとしてはそういう問題ではないと思う。
言葉を失ってぽかんと呆けていると、ブルーノがイリスの手の中にあるインクの瓶を見つめて小さく頷いた。
「普通と違うのは、インクの中に極限まで細かく砕いた金の粒子を混ぜてあることだな」
「金の、粒子……?」
ブルーノの説明を聞いたイリスは、小瓶を高く持ち上げてそれを日光に透かすように、ゆらゆらと横へ振ってみる。するとブルーノの説明通り、インクと細かい金の粒子が混ざり合ってくるくると流動する様子が窺える。それにインク自体も真っ黒だと思っていたが、よく見ると少し赤みがかっているようだ。
「そのインクを使えば、光に反射して輝く字を書けるんだ」
不思議な色と金の粒子が流れ動く様子を見つめていると、ブルーノがイリスの顔を眺めながらそう教えてくれた。
「輝く字……」
秘密の種明かしをされた気分になったイリスは、煌めく小瓶を見つめて、ほうっと小さく息を零した。光り輝く文字だなんて、きっととても美しいはず……とまだ見ぬ色彩に想いを馳せる。
「素敵です……魔法みたいですね……」
「魔法?」
イリスがうっとりと呟くと、一瞬だけ目を見開いたブルーノがそっと語尾を上げた。けれどすぐに表情を崩して、「そうだな」と頷いてくれる。
「イリスの綺麗な字で書けば、魔法のようだろうな」
「……ブルーノさま」
ブルーノの楽しそうな声を聞いたイリスは、自分がつい先ほどまでとはまったく違う感情を抱き始めていることを自覚した。
イリスはすでにこの羽根ペンとインクを愛おしく感じている。手に入れないという選択肢は、受け取らず手放すという道は、もう考えられなくなっている。
特別なものだと教えられると惜しくなってしまうなんて、我ながら現金だとは思うけれど。
「もらってくれるか?」
「はい、ブルーノさま。大切にします」
ブルーノの問いかけに、今度はしっかりと頷いてみせる。
けれど本当は、イリスの答えは最初から決まっていたようにも思う。
なぜならイリスは、ただ嬉しかった。多忙なブルーノが時間を使ってイリスのために贈り物を考えてくれる。ぴったりの品が見つからないのなら諦める、ではなく、ぴったりの品を新しく作るという方法を選んでくれる。
本物の恋人ではない相手のために――イリスのために、時間を使って心を込めて、特別な贈り物を用意してくれることが、恐れ多くて、申し訳なくて……なによりも嬉しい、と思ったのだ。
「大切にしてくれるのは嬉しいが、道具はたくさん使った方がいいぞ」
イリスの宣言を聞いたブルーノが苦笑いを零す。
それは確かにそうかもしれない。机の中に大切にしまい込んでも、宝の持ち腐れになってしまうだけだろうから。
「レターセットもあるし、手紙も書けるだろ」
「はい」
ブルーノがだめ押しで呟くので、イリスも完敗を宣言するように笑みを零す。
その表情を正面から見つめていたブルーノが、にやりと口の端を上げて愉快そうに微笑んだ。
「よしよし、これでまだしばらくは俺の仕事を手伝ってくれそうだな」
「え……まさか、賄賂でしょうか?」
「さあ、どうかな」
ブルーノがただイリスを喜ばせるためではなく、イリスを喜ばせることでこの先も自分の仕事を手伝うように誘導したのだと匂わせる。
問いかけは笑ってはぐらかされてしまったけれど、本当はイリスが気を遣わなくてもいいようにそう言ってくれたことに気がついている。そしてそれ以上に、彼が本心からイリスを喜ばせようとしてくれたことにも、ちゃんと気がついている。――だから。
(ブルーノさまは、笑顔も素敵です)
イリスは今日も、美貌の宰相閣下の笑顔に見惚れてしまうのだった。
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