愛人令嬢のはずが、堅物宰相閣下の偽恋人になりまして

依廼 あんこ

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18話 私は都合がいいようです_③

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「私も最初は、怒ると怖くて、無愛想で、融通の利かない方だと思っておりました」

 はじめてブルーノとまともに話した夜会の日、表情を一切変えずに淡々と処罰を決めて退場を促すブルーノを、怖いと思った。噂通り融通の利かない堅物宰相で、イリスも説教をされた上に罰を与えられるものだと思っていた。

 だが彼はイリスの話にちゃんと耳を傾けてくれた。愛人令嬢などという不名誉な呼称や噂を聞いても、そう思われても仕方がないようなイリスの外見を目の当たりにしても、一部のみを判断材料にはせず、イリスの気持ちをちゃんと聞いてくれた。

 それどころか、この境遇から抜け出すための機会を与え、その手助けをしてくれているのだ。

「ですがブルーノさまは、目の前のことも、未来のことも、すぐ傍にいる人のことも、辺境の地にいる民のことも、国王陛下や王太子殿下と同じぐらい真剣に考えてくださいます」

 一緒に過ごす時間が増えるたびに、ブルーノが噂や外見だけで物事を判断せず、自身の目で確かめ、自身の考えを伝えた上で、相手と話し合って結論を出す人だと知ることができた。弱い者や困っている人を助け、未来を見据え、公正かつ平等な判断をルファーレ王国のすべての人や物に対して向ける人だと理解できた。

 今のイリスに、ブルーノを『融通の利かない堅物宰相』だと思う気持ちはない。イリスはもう、心の底から彼を尊敬しているのだ。

「ただ、寝る間を惜しんでお仕事をしすぎてしまうのは、少し心配なのですけど」

 イリスが苦い笑みを零すと、ブルーノが小さな咳払いを漏らした。自分でも無理をしている自覚があるらしい。まさかイリスから遠回しな説教を受けるとは思ってもいなかったらしく、少し罰が悪そうである。

「だからこそ、私がその手助けになりたいと思っています。私でよければ、いくらでも利用してほしいと思ってしまうのです」

 ブルーノの睡眠時間の話は一度横に置き、今のイリスの気持ちを素直に伝える。

 ブルーノが自分の仕事を手伝わせるためにイリスを宰相執務室に通わせているというのは、元より承知だ。もちろんイリスは利用されているとも、都合のいいように扱われているとも思っていない。

 だがもし彼がイリスを利用したいと考えているのなら――イリスでも役に立てることがあるというのなら、協力は一切惜しまないつもりだ。

「それに『私が誰の愛人でもない』という話を信じてくれた家族以外の男性は、ブルーノさまが初めてだったので……」
「……」
「とても、嬉しかったのです」

 イリスが誰の愛人でもない、という話を、カーティスは一切信じてくれなかった。先ほど『次から次へと、他の男とばかり関係を持ちおって』と信じられないような暴言を投げつけられた。あまつさえ『ミハエルとさえ恋仲になった』と、自分の息子の話すらまともに聞いていないと思しき発言もあった。

 そんなカーティスを、イリスが好ましく思うはずがないのだけれど。 

「私の入る隙はない、のか……」
「最初からあるわけないだろう。妻子がいる身で、何を言ってるんだ」

 げんなりと呆れたように呟くブルーノの台詞には、イリスも完全同意である。どうしてイリスがブルーノから離れると思ったのか、どうしてその後に自分が深い仲になれると思ったのか、そのありえない発想の理由を聞いてみたい。

 嘘。聞きたくない。
 知ったら鳥肌が立つ気がしたので、やはり知らないままの方がいいと考え直す。

 ――それよりも。

(ブルーノさまと……離れる……?)

 イリスの頭の中に舞い戻ってきたのは、直前に自身で思考した『イリスがブルーノから離れる』という状況だった。

 イリスとカーティスが深い仲になる可能性はゼロだが、イリスとブルーノが離れる可能性はゼロじゃない。それどころか、数か月後の『期限』が来たら、その可能性は百になる。ありえないどころか、最初からわかっていた決定事項だ。

「……っ」

 ちくり、と胸が痛む。今は手を伸ばせば触れられるほど傍にいるブルーノだが、いつかはこの関係を終わらせる日がやってくる。

 『期間限定の偽りの恋人』なのだから、当然なのに。

 急に息苦しくなって立ち尽くすイリスだったが、そこで突然、ばん、と勢いよく扉が開いた。イリスだけではなく、ブルーノとカーティスも驚いて顔を上げる。

 宰相執務室に飛び込んできたのはギルバートと数名の近衛騎士、そして貴族議員である上流貴族の男性数名だった。

「遅くなりました、ブルーノさま。応援を連れてまいりました」
「ああ、悪いな。ギルバート」

 ギルバートとブルーノのやりとりに、カーティスがぎょっと目を見開く。

「ブルーノ!? お前まさか、私を審判機関に突き出すつもりか!?」

 カーティスの発言に、ブルーノ以外の全員が驚いた表情をする。

 イリスはこの期に及んでお咎めなしだと思っているカーティスの思考回路に驚いたが、ギルバートを含めた他の男性陣は、カーティスがブルーノの名前を呼び捨てた上に『お前』と口にしたことの方に驚いたらしかった。

 そんなカーティスにため息をついたブルーノの宣告は、やはり公正かつ平等だった。

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