51 / 62
18話 私は都合がいいようです_③
しおりを挟む「私も最初は、怒ると怖くて、無愛想で、融通の利かない方だと思っておりました」
はじめてブルーノとまともに話した夜会の日、表情を一切変えずに淡々と処罰を決めて退場を促すブルーノを、怖いと思った。噂通り融通の利かない堅物宰相で、イリスも説教をされた上に罰を与えられるものだと思っていた。
だが彼はイリスの話にちゃんと耳を傾けてくれた。愛人令嬢などという不名誉な呼称や噂を聞いても、そう思われても仕方がないようなイリスの外見を目の当たりにしても、一部のみを判断材料にはせず、イリスの気持ちをちゃんと聞いてくれた。
それどころか、この境遇から抜け出すための機会を与え、その手助けをしてくれているのだ。
「ですがブルーノさまは、目の前のことも、未来のことも、すぐ傍にいる人のことも、辺境の地にいる民のことも、国王陛下や王太子殿下と同じぐらい真剣に考えてくださいます」
一緒に過ごす時間が増えるたびに、ブルーノが噂や外見だけで物事を判断せず、自身の目で確かめ、自身の考えを伝えた上で、相手と話し合って結論を出す人だと知ることができた。弱い者や困っている人を助け、未来を見据え、公正かつ平等な判断をルファーレ王国のすべての人や物に対して向ける人だと理解できた。
今のイリスに、ブルーノを『融通の利かない堅物宰相』だと思う気持ちはない。イリスはもう、心の底から彼を尊敬しているのだ。
「ただ、寝る間を惜しんでお仕事をしすぎてしまうのは、少し心配なのですけど」
イリスが苦い笑みを零すと、ブルーノが小さな咳払いを漏らした。自分でも無理をしている自覚があるらしい。まさかイリスから遠回しな説教を受けるとは思ってもいなかったらしく、少し罰が悪そうである。
「だからこそ、私がその手助けになりたいと思っています。私でよければ、いくらでも利用してほしいと思ってしまうのです」
ブルーノの睡眠時間の話は一度横に置き、今のイリスの気持ちを素直に伝える。
ブルーノが自分の仕事を手伝わせるためにイリスを宰相執務室に通わせているというのは、元より承知だ。もちろんイリスは利用されているとも、都合のいいように扱われているとも思っていない。
だがもし彼がイリスを利用したいと考えているのなら――イリスでも役に立てることがあるというのなら、協力は一切惜しまないつもりだ。
「それに『私が誰の愛人でもない』という話を信じてくれた家族以外の男性は、ブルーノさまが初めてだったので……」
「……」
「とても、嬉しかったのです」
イリスが誰の愛人でもない、という話を、カーティスは一切信じてくれなかった。先ほど『次から次へと、他の男とばかり関係を持ちおって』と信じられないような暴言を投げつけられた。あまつさえ『ミハエルとさえ恋仲になった』と、自分の息子の話すらまともに聞いていないと思しき発言もあった。
そんなカーティスを、イリスが好ましく思うはずがないのだけれど。
「私の入る隙はない、のか……」
「最初からあるわけないだろう。妻子がいる身で、何を言ってるんだ」
げんなりと呆れたように呟くブルーノの台詞には、イリスも完全同意である。どうしてイリスがブルーノから離れると思ったのか、どうしてその後に自分が深い仲になれると思ったのか、そのありえない発想の理由を聞いてみたい。
嘘。聞きたくない。
知ったら鳥肌が立つ気がしたので、やはり知らないままの方がいいと考え直す。
――それよりも。
(ブルーノさまと……離れる……?)
イリスの頭の中に舞い戻ってきたのは、直前に自身で思考した『イリスがブルーノから離れる』という状況だった。
イリスとカーティスが深い仲になる可能性はゼロだが、イリスとブルーノが離れる可能性はゼロじゃない。それどころか、数か月後の『期限』が来たら、その可能性は百になる。ありえないどころか、最初からわかっていた決定事項だ。
「……っ」
ちくり、と胸が痛む。今は手を伸ばせば触れられるほど傍にいるブルーノだが、いつかはこの関係を終わらせる日がやってくる。
『期間限定の偽りの恋人』なのだから、当然なのに。
急に息苦しくなって立ち尽くすイリスだったが、そこで突然、ばん、と勢いよく扉が開いた。イリスだけではなく、ブルーノとカーティスも驚いて顔を上げる。
宰相執務室に飛び込んできたのはギルバートと数名の近衛騎士、そして貴族議員である上流貴族の男性数名だった。
「遅くなりました、ブルーノさま。応援を連れてまいりました」
「ああ、悪いな。ギルバート」
ギルバートとブルーノのやりとりに、カーティスがぎょっと目を見開く。
「ブルーノ!? お前まさか、私を審判機関に突き出すつもりか!?」
カーティスの発言に、ブルーノ以外の全員が驚いた表情をする。
イリスはこの期に及んでお咎めなしだと思っているカーティスの思考回路に驚いたが、ギルバートを含めた他の男性陣は、カーティスがブルーノの名前を呼び捨てた上に『お前』と口にしたことの方に驚いたらしかった。
そんなカーティスにため息をついたブルーノの宣告は、やはり公正かつ平等だった。
428
あなたにおすすめの小説
追放された公爵令嬢はモフモフ精霊と契約し、山でスローライフを満喫しようとするが、追放の真相を知り復讐を開始する
もぐすけ
恋愛
リッチモンド公爵家で発生した火災により、当主夫妻が焼死した。家督の第一継承者である長女のグレースは、失意のなか、リチャードという調査官にはめられ、火事の原因を作り出したことにされてしまった。その結果、家督を叔母に奪われ、王子との婚約も破棄され、山に追放になってしまう。
だが、山に行く前に教会で16歳の精霊儀式を行ったところ、最強の妖精がグレースに降下し、グレースの運命は上向いて行く
恋は、母をやめてから始まる――正体を隠したまま、仮の婚約者になりました
あい
恋愛
両親を失ったあの日、
赤子の弟を抱いて家を出た少女がいた。
それが、アリア。
世間からは「若い母」と呼ばれながらも、
彼女は否定しなかった。
十六年間、弟を守るためだけに生きてきたから。
恋も未来も、すべて後回し。
けれど弟は成長し、ついに巣立つ。
「今度は、自分の人生を生きて」
その一言が、
止まっていた時間を動かした。
役目を終えた夜。
アリアは初めて、自分のために扉を開く。
向かった先は、婚姻仲介所。
愛を求めたわけではない。
ただ、このまま立ち止まりたくなかった。
――けれどその名前は、
結婚を急かされていた若き当主のもとへと届く。
これは、
十六年“母”だった女性が、
もう一度“ひとりの女”として歩き出す物語。
婚約破棄されたら、辺境伯とお試し結婚することになりました
ミズメ
恋愛
婚約者を妹に奪われ、悪女として断罪された公爵令嬢フィオレッタ・グラシェルは、王都を追われ、身分を隠して辺境の町で静かに暮らしていた。ある日、迷子の少女ティナと出会い、川辺で花を摘み笑い合うひとときを過ごす。そこに現れたのは、ティナを捜していた辺境の若き領主ヴェルフリート・エルグランドだった。
ティナに懐かれたフィオレッタは子育てのために契約結婚をすることに。ティナの子守りをしながら、辺境で自らの才覚を発揮していくフィオレッタに、ヴェルフリートや領地の人々も惹かれていく。
「俺は、君を幸せにしたい」
いずれ幸せになる、追放令嬢のお話。
・感想いただけると元気もりもりになります!!
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました
たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。
旦那様、それはいくらなんでもキャラ違いすぎでは?~心の声が聞こえるようになった侯爵夫人は、いつも罵倒ばかりしてくる旦那様の本当の声を知る~
夏芽空
恋愛
侯爵夫人のオリビアは、他人の心の声が聞こえるというスキルに目覚める。
そこで彼女は、夫であるレオンの心の声を聞いてみることにした。
どうせ罵倒の声が聞こえるだけなんだろうけど……。
オリビアはレオンに酷く嫌われている。
結婚してから一年経つが、冷たい言葉や態度を浴びない日はなかった。
だから、心の中でも罵倒されているに違いないと思っていたのだが、
【今日もオリビアはかわいいな】
聞こえてきたのは、まったくの予想外。
罵倒とは正反対のものだった。
レオンは心の中ではずっと、オリビアに好意を向けていた。
でも彼は、本心を表に出せない事情を抱えていた。
そのことを知ったオリビアは、レオンとの距離を縮めようと決める。
※オリビアのスキル使用時の他人の心の声は【】で表しています。
本の虫令嬢ですが「君が番だ! 間違いない」と、竜騎士様が迫ってきます
氷雨そら
恋愛
本の虫として社交界に出ることもなく、婚約者もいないミリア。
「君が番だ! 間違いない」
(番とは……!)
今日も読書にいそしむミリアの前に現れたのは、王都にたった一人の竜騎士様。
本好き令嬢が、強引な竜騎士様に振り回される竜人の番ラブコメ。
小説家になろう様にも投稿しています。
【完結】仕事のための結婚だと聞きましたが?~貧乏令嬢は次期宰相候補に求められる
仙冬可律
恋愛
「もったいないわね……」それがフローラ・ホトレイク伯爵令嬢の口癖だった。社交界では皆が華やかさを競うなかで、彼女の考え方は異端だった。嘲笑されることも多い。
清貧、質素、堅実なんていうのはまだ良いほうで、陰では貧乏くさい、地味だと言われていることもある。
でも、違う見方をすれば合理的で革新的。
彼女の経済観念に興味を示したのは次期宰相候補として名高いラルフ・バリーヤ侯爵令息。王太子の側近でもある。
「まるで雷に打たれたような」と彼は後に語る。
「フローラ嬢と話すとグラッ(価値観)ときてビーン!ときて(閃き)ゾクゾク湧くんです(政策が)」
「当代随一の頭脳を誇るラルフ様、どうなさったのですか(語彙力どうされたのかしら)もったいない……」
仕事のことしか頭にない冷徹眼鏡と無駄使いをすると体調が悪くなる病気(メイド談)にかかった令嬢の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる