追放された地味聖女が幸せになった理由〜「君の掃除スキルなど不要だ」と婚約破棄され、拾われた先は“穢れ”に覆われた呪いの公爵家でした〜

咲月ねむと

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​第7話 湧き水の奇跡

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 極上の朝食を堪能した後、私は腹ごなしのために屋敷の裏庭へと足を向けた。
 フランツさん曰く、かつては国一番と謳われた薔薇園があったらしい。

​「……なるほど。これは手強いわね」

​ 目の前に広がっていたのは、見るも無惨な枯れ木の山だった。地面はひび割れ、黒い瘴気がタールのように滲み出ている。かつての薔薇のアーチは、まるで巨大な肋骨のように白骨化し、不気味なシルエットを描いていた。

​「お嬢さん、ここは危ないよ」

​ 声をかけられ振り向くと、腰の曲がった老人が一人、枯れた木の根元に座り込んでいた。手には錆びついた剪定ばさみが握られている。
 庭師のロベルトさんだ。

​「瘴気が強すぎて、草一本生えやしない。わしが丹精込めて育てた薔薇も、この通り全滅じゃ……。旦那様の呪いが解けない限り、ここは死の庭のままだよ」

​ ロベルトさんは涙を浮かべ、乾いた土を撫でた。
 その背中があまりに寂しげで、私の胸がチクリと痛む。
 レオンハルト様は、自分のせいで花が枯れることを気に病んでいた。「屋敷全体が蝕まれている」と言った時の、あの自嘲気味な顔。

​(……許せない。花を枯らし、住人の心を蝕むなんて)

​ 私の中の「清掃魂」がメラメラと燃え上がった。
 これはただのガーデニングではない。環境美化活動だ。

​「ロベルトさん、諦めるのはまだ早いです」

「え?」

「植物が育たないのは、土と水が『汚れている』からですよね? なら、洗えばいいんです」

​ 私は庭の中央にある、干上がった噴水へと歩み寄った。
 そこは水源であり、同時に瘴気の発生源にもなっていた。ドロドロのヘドロが詰まり、悪臭を放っている。

​「まずは排水溝の詰まりを解消して……水質改善、いきます!」

​ 私は噴水の縁に手を当て、魔力を練り上げた。
 イメージするのは、強力な浄水フィルター。不純物を濾過し、純粋な水だけを循環させるシステムだ。

​『水脈洗浄・循環クリア・サーキュレーション

​ ゴゴゴゴ……と地響きが鳴る。
 次の瞬間、噴水の底から勢いよく水が噴き出した。
 最初は黒い泥水だったが、私の魔力が浸透するにつれ、みるみるうちに透明度を増していく。

 シュワアアアッ!

 弾ける水飛沫が、太陽の光を浴びて虹を作った。

​「おおおっ……! 水が、澄んでいる!?」

​ ロベルトさんが腰を抜かす。
 だが、私の作業はまだ終わらない。
 浄化された水が水路を伝って庭全体に行き渡ると同時に、追撃の魔法を放つ。

​『土壌改良ソイル・クリーン

​ 地面に染み込んだ瘴気を分解し、ふかふかの腐葉土へと変換する。
 するとどうだろう。
 枯れ木だと思っていた薔薇の枝から、プクリと小さな緑色の芽が顔を出したのだ。

​「ば、薔薇が……! 死んだはずの『北の乙女』が息を吹き返した!」

​ ロベルトさんが震える手でその芽に触れる。
 一輪、また一輪と、庭のあちこちで緑が蘇っていく。満開とまではいかないが、少なくともここはもう「死の庭」ではない。再生の予感に満ちた、希望の庭だ。

​「ふぅ、これくらいでどうでしょう。あとはロベルトさんの腕の見せ所ですね?」

「あ、ああ……! もちろんですとも! 必ずや、以前のような美しい薔薇園を取り戻してみせます!」

​ 老庭師の目に光が戻ったのを見て、私は満足げに頷いた。

​ ◇

​ その様子を三階の執務室から見下ろしている人物がいた。
 レオンハルトだ。
 彼は窓枠に手をつき、信じられないものを見る目で庭を見つめていた。

​「……馬鹿な。あの庭の瘴気は、俺の呪いの中でも特に根深いものだったはずだ」

​ 長年、何をしても浄化できなかった土地。それが、たった一人の少女の手によって、ほんの数分で息を吹き返したのだ。噴水の水飛沫を浴びて、フローラが気持ちよさそうに笑っている。
 その笑顔は、どんな宝石よりも眩しく、彼の胸を強く締め付けた。

​「フローラ……お前は一体、何者なんだ?」

​ 彼女は自分を「掃除屋」と言う。
 だが、彼には分かっていた。あれは、国が血眼になって探しても見つからなかった、伝説級の『聖女』の力そのものだということを。

​「……王太子は、とんでもない魚を逃したようだな」

​ レオンハルトは口元を歪めた。
 それは王太子への嘲笑であり、同時に湧き上がる独占欲の表れでもあった。

​「絶対に渡さない。彼女はこの屋敷の……俺の、光だ」

​ 彼は無意識のうちに、窓ガラスに触れていた。
 その指先からは、いつの間にか瘴気の黒い靄が消え、彼自身の魔力が穏やかに脈打っていた。
​ 屋敷の浄化が進むにつれ、公爵の心に巣食う孤独な呪いもまた、少しずつ解け始めていたのである。
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