追放された地味聖女が幸せになった理由〜「君の掃除スキルなど不要だ」と婚約破棄され、拾われた先は“穢れ”に覆われた呪いの公爵家でした〜

咲月ねむと

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​第9話 初めての街歩き

 快適な辺境生活を満喫し始めて数日。

 私はある重大な問題に直面していた。

​「……着る服が、ない」

​ クローゼットを開けて溜め息をつく。
 そこにあるのは、王城から着てきたボロボロのワンピースと、屋敷のメイド長から借りた少しサイズが合わない予備の制服だけ。
 洗濯して着回していたが、さすがに限界がある。公爵様と同席して食事をするのに、継ぎ接ぎだらけの服では申し訳ない。

​「フランツさん、街へ買い物に行きたいのですが。お給料の前借りってできますか?」

​ 廊下で執事のフランツさんを捕まえて相談すると、彼は目を丸くした。

​「前借りなど必要ありません。フローラ様の生活費は全て公爵家の経費で落とすよう、旦那様から仰せつかっております」

「えっ、でも私物は自分で……」

「フローラ!」

​ 背後から声をかけられた。振り返ると、執務の合間休憩なのか、ラフなシャツ姿のレオンハルト様が立っていた。
 最近、顔色が良くなったと評判の彼は、私を見ると少し口元を緩めた。

​「買い物か? なら、俺が案内してやる」

「えっ、公爵様が? お忙しいのでは……」

「気分転換だ。それに、お前一人を外に出すのは……その、心配だ」

​ 彼は視線を逸らしてボソリと言った。
 過保護だなぁ、と思いつつも、悪い気はしない。

 こうして私は、レオンハルト様のエスコートで初めて領地の城下町へと繰り出すことになった。

​ ◇

​ 馬車に揺られて到着した城下町は、活気があるとは言い難かった。屋敷ほどではないが、空気がどんよりと重い。空には薄墨を流したような雲がかかり、行き交う人々の表情も暗い。
 何より、馬車から降りたレオンハルト様を見た瞬間の反応が凄まじかった。

​「ひっ、穢れ公爵様だ……!」

「目を合わせるな、呪われるぞ」

​ 蜘蛛の子を散らすように人々が道を空ける。
 レオンハルト様は慣れた様子で、無表情のまま歩き出した。けれど、その背中が少し強張っているのを私は見逃さなかった。
 彼は私を気遣ってか、少し距離を取って歩こうとする。

​「離れて歩け。俺のそばにいると、お前まで怖がられる」

「嫌です」

​ 私は小走りで彼に追いつき、その腕に自分の腕を絡ませた。

​「なっ、おい!?」

「エスコートしてくださるんでしょう? なら、腕を組むのがマナーです」

「だが……!」

「それに私、迷子になりやすいんです。離さないでくださいね」

​ 私が上目遣いで言うと、彼は顔を真っ赤にして、それ以上何も言わなくなった。ただ、組んだ腕をそっと引き寄せてくれる。
 周囲の視線が「あの娘、正気か?」から「あの二人、どういう関係?」という戸惑いに変わっていくのが分かった。

​ ◇

​ 連れてこられたのは、街で一番高級なブティックだった。店主は震えながら出迎えてくれたが、レオンハルト様は気にせず私をドレスの並ぶ棚の前へ立たせた。

​「好きなものを選べ」

「えっと、普段着だけでいいので……この地味な色のやつと、動きやすそうなのを……」

​ 値札を見てギョッとする。王城での私の年収より高い。
 一番安そうな茶色のワンピースに手を伸ばしかけた時、レオンハルト様が店主に声をかけた。

​「ここから、ここまで。あと、あっちの棚の新作も全てだ」

「は?」

「はいぃ!?」

​ 私と店主の声が重なった。
 彼は棚一列を指差して平然と言い放ったのだ。

​「レオンハルト様!? そんなにたくさん着られません!」

「毎日着替えればいいだろう。それに、お前は色が白くて細いから、明るい色が似合うはずだ。……その、ピンクのやつとか、青いのとか」

​ 彼は少し照れくさそうに、淡い桜色のドレスを指差した。……もしかして、私が似合う服を考えてくれていたのだろうか?

​「……分かりました。でも、『ここからここまで』は却下です。私が選んだものを、三着だけ買ってください。それ以上は、働いてお返ししきれません」

「返す必要などないと言っているのに……。頑固なやつだ」

​ 結局、私が選んだ三着と、彼がどうしても着てほしいと言い張った二着、計五着を買うことになった。
 店を出た後も、彼は靴屋、帽子屋、雑貨屋と梯子しようとする。まるで、孫を甘やかすおじいちゃんか、あるいは初めてできた彼女に貢ぎたくて仕方がない不器用な彼氏のようだ。

​「次はアクセサリーだ。髪留めくらい、いいものを着けろ」

「もう十分ですよ!」

「ダメだ。俺が贈りたいんだ」

​ そう言って入った宝飾店で、彼は真っ直ぐにある商品へ手を伸ばした。
 それは、深い紅色の宝石がついた髪飾りだった。

​「……俺の瞳と同じ色だ。不吉か?」

「いいえ」

​ 私は首を横に振った。
 宝石の中で、ルビーが一番好きだ。情熱的で温かみがあって、何より彼の瞳のように綺麗だから。

​「とっても綺麗です。……大切にしますね」

​ 私が微笑むと、彼は一瞬息を呑み、それから不器用に私の髪に飾りをつけてくれた。
 ショーウィンドウに映った私たちは、どこからどう見ても幸せなカップルに見えたことだろう。

​ 帰り道、馬車の中でレオンハルト様が不意に呟いた。

​「……街の空気が、少し軽かった気がする」

「そうですか?」

「ああ。いつもなら、もっと息が詰まるような場所だった。……お前が隣にいたからかもしれないな」

​ 私はドキリとした。
 実は、彼と腕を組んでいた時、こっそりと『歩行型空気清浄結界』を展開していたのだ。
 半径五メートルの瘴気を浄化しながら歩いていたので、彼がそう感じるのも当然だ。
 けれど、それを言うのは野暮というものだろう。

​「ふふ、きっとそうですね」

​ 私は彼の肩に頭を預けた。
 甘い空気と、綺麗な夕焼け。
 王城を追放されて本当によかったと、私は心から思ったのだった。
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