冷徹公爵様は、捨てられた私が『治癒』するまで離してくれません

咲月ねむと

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​第7話 使用人たちの掌返し

​「エルナ様!  本日のハーブティーには、南国産の最高級茶葉を使用いたしました!」

「エルナ様、足元が冷えぬよう、毛皮の絨毯を三枚重ねにしておきました!」

「エルナ様、肩はお凝りではありませんか?  揉ませてください!」

 ​……どうしてこうなったの。
 ジークハルト様に膝枕をして差し上げた翌日から屋敷の風景が一変した。

 初日に私を「可哀想な生贄」として見ていた使用人たちが、今や私を「生き神様」のように崇め奉っている。

​「あ、ありがとう。でも、そんなに気を遣わなくても……」

「とんでもございません!  旦那様が……あの『氷の魔王』と恐れられた旦那様が、昨日は鼻歌を歌いながら執務をされていたのです!  これは我が家の歴史に残る奇跡でございます!」

 ​メイド長が涙ぐみながら力説する。
 どうやらジークハルト様の機嫌が良いと、屋敷全体の気温も上がり、仕事の効率も上がり、ボーナスも出ちゃうらしい。

 私は「公爵の妻」というより、「屋敷の平穏を守る安全装置」として丁重に扱われているようだ。
 ​そこへジークハルト様が部屋に入ってきた。彼が歩くだけで、メイドたちが道を開ける。

​「エルナ、医師を連れてきた。昨日の光について調べてもらおう」

 ​彼の後ろから丸眼鏡をかけた白髪の老紳士が現れた。領地一番の名医、ヘルマン医師だ。彼は興味深そうに私とジークハルト様を交互に見つめた。

​「ほう……公爵閣下の殺人的な冷気が、奥様の周りだけ春のように穏やかだ。噂は本当のようですな」

「御託はいい。早く診ろ」

 ​ジークハルト様に急かされ、ヘルマン医師は私の手に触れたり、水晶玉をかざしたりして診察を始めた。
 しばらく唸っていた彼は、やがて信じられないという顔で眼鏡の位置を直した。

​「……こりゃあ、たまげた。奥様は『魔力ゼロ』などではありませんぞ」

「えっ?  でも、実家の測定器では反応しませんでしたが」

「ええ、反応しないでしょう。なぜなら奥様は、魔力を放出するのではなく、周囲の魔力を**『吸収・分解』**する特異体質だからです」

​「吸収……?」

​「左様。スポンジが水を吸うように、奥様は触れた相手の過剰な魔力を吸い取り、ご自身の生命力へと変換しておられる。いわば『対魔力・無効化体質』。世界に数人いるかいないかの希少な能力です」

 ​ヘルマン医師は興奮気味に続けた。

​「公爵閣下は、生まれつき魔力が強すぎて自身の体を蝕む『魔力過多症』。一方、奥様は魔力を吸わなければ生きられない『魔力欠乏症』に近い。……いやはや、これほど完璧な相性は見たことがありません!  まさに、神が巡り合わせた『運命のつがい』ですな!」

 ​運命のつがい。
 その言葉にジークハルト様がピクリと反応した。
 彼は満足げに口元を歪めると、私の肩を抱き寄せた。

​「聞いたか、エルナ。医者のお墨付きだ」

「は、はあ……つまり、私は旦那様の魔力を吸うことで、お互いに健康になれると?」

「そうだ。君は私にとって薬であり、私は君にとっての食事だということだ」

 ​彼は医師の前だというのに、私の耳元に唇を寄せた。

​「これでもう、君を実家に返す理由はなくなったな。……『魔力ゼロ』として捨てられた君を必要とするのは、世界で私一人だけだ」

 ​その言葉は、少し歪んでいるけれど、どこまでも甘い響きを持っていた。実家では「無能」と蔑まれた私が、ここでは「唯一無二」になれる。
 私の居場所は、間違いなくここにあるのだ。

​「……はい。これからも、精一杯吸わせていただきます、旦那様」

 ​私が答えると、彼は嬉しそうに目を細め、衆目も気にせず私の額に口づけを落とした。
 部屋の隅で、メイドたちが「尊い……」と声を漏らして倒れる音が聞こえた。
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