7 / 18
第7話 使用人たちの掌返し
「エルナ様! 本日のハーブティーには、南国産の最高級茶葉を使用いたしました!」
「エルナ様、足元が冷えぬよう、毛皮の絨毯を三枚重ねにしておきました!」
「エルナ様、肩はお凝りではありませんか? 揉ませてください!」
……どうしてこうなったの。
ジークハルト様に膝枕をして差し上げた翌日から屋敷の風景が一変した。
初日に私を「可哀想な生贄」として見ていた使用人たちが、今や私を「生き神様」のように崇め奉っている。
「あ、ありがとう。でも、そんなに気を遣わなくても……」
「とんでもございません! 旦那様が……あの『氷の魔王』と恐れられた旦那様が、昨日は鼻歌を歌いながら執務をされていたのです! これは我が家の歴史に残る奇跡でございます!」
メイド長が涙ぐみながら力説する。
どうやらジークハルト様の機嫌が良いと、屋敷全体の気温も上がり、仕事の効率も上がり、ボーナスも出ちゃうらしい。
私は「公爵の妻」というより、「屋敷の平穏を守る安全装置」として丁重に扱われているようだ。
そこへジークハルト様が部屋に入ってきた。彼が歩くだけで、メイドたちが道を開ける。
「エルナ、医師を連れてきた。昨日の光について調べてもらおう」
彼の後ろから丸眼鏡をかけた白髪の老紳士が現れた。領地一番の名医、ヘルマン医師だ。彼は興味深そうに私とジークハルト様を交互に見つめた。
「ほう……公爵閣下の殺人的な冷気が、奥様の周りだけ春のように穏やかだ。噂は本当のようですな」
「御託はいい。早く診ろ」
ジークハルト様に急かされ、ヘルマン医師は私の手に触れたり、水晶玉をかざしたりして診察を始めた。
しばらく唸っていた彼は、やがて信じられないという顔で眼鏡の位置を直した。
「……こりゃあ、たまげた。奥様は『魔力ゼロ』などではありませんぞ」
「えっ? でも、実家の測定器では反応しませんでしたが」
「ええ、反応しないでしょう。なぜなら奥様は、魔力を放出するのではなく、周囲の魔力を**『吸収・分解』**する特異体質だからです」
「吸収……?」
「左様。スポンジが水を吸うように、奥様は触れた相手の過剰な魔力を吸い取り、ご自身の生命力へと変換しておられる。いわば『対魔力・無効化体質』。世界に数人いるかいないかの希少な能力です」
ヘルマン医師は興奮気味に続けた。
「公爵閣下は、生まれつき魔力が強すぎて自身の体を蝕む『魔力過多症』。一方、奥様は魔力を吸わなければ生きられない『魔力欠乏症』に近い。……いやはや、これほど完璧な相性は見たことがありません! まさに、神が巡り合わせた『運命のつがい』ですな!」
運命のつがい。
その言葉にジークハルト様がピクリと反応した。
彼は満足げに口元を歪めると、私の肩を抱き寄せた。
「聞いたか、エルナ。医者のお墨付きだ」
「は、はあ……つまり、私は旦那様の魔力を吸うことで、お互いに健康になれると?」
「そうだ。君は私にとって薬であり、私は君にとっての食事だということだ」
彼は医師の前だというのに、私の耳元に唇を寄せた。
「これでもう、君を実家に返す理由はなくなったな。……『魔力ゼロ』として捨てられた君を必要とするのは、世界で私一人だけだ」
その言葉は、少し歪んでいるけれど、どこまでも甘い響きを持っていた。実家では「無能」と蔑まれた私が、ここでは「唯一無二」になれる。
私の居場所は、間違いなくここにあるのだ。
「……はい。これからも、精一杯吸わせていただきます、旦那様」
私が答えると、彼は嬉しそうに目を細め、衆目も気にせず私の額に口づけを落とした。
部屋の隅で、メイドたちが「尊い……」と声を漏らして倒れる音が聞こえた。
「エルナ様、足元が冷えぬよう、毛皮の絨毯を三枚重ねにしておきました!」
「エルナ様、肩はお凝りではありませんか? 揉ませてください!」
……どうしてこうなったの。
ジークハルト様に膝枕をして差し上げた翌日から屋敷の風景が一変した。
初日に私を「可哀想な生贄」として見ていた使用人たちが、今や私を「生き神様」のように崇め奉っている。
「あ、ありがとう。でも、そんなに気を遣わなくても……」
「とんでもございません! 旦那様が……あの『氷の魔王』と恐れられた旦那様が、昨日は鼻歌を歌いながら執務をされていたのです! これは我が家の歴史に残る奇跡でございます!」
メイド長が涙ぐみながら力説する。
どうやらジークハルト様の機嫌が良いと、屋敷全体の気温も上がり、仕事の効率も上がり、ボーナスも出ちゃうらしい。
私は「公爵の妻」というより、「屋敷の平穏を守る安全装置」として丁重に扱われているようだ。
そこへジークハルト様が部屋に入ってきた。彼が歩くだけで、メイドたちが道を開ける。
「エルナ、医師を連れてきた。昨日の光について調べてもらおう」
彼の後ろから丸眼鏡をかけた白髪の老紳士が現れた。領地一番の名医、ヘルマン医師だ。彼は興味深そうに私とジークハルト様を交互に見つめた。
「ほう……公爵閣下の殺人的な冷気が、奥様の周りだけ春のように穏やかだ。噂は本当のようですな」
「御託はいい。早く診ろ」
ジークハルト様に急かされ、ヘルマン医師は私の手に触れたり、水晶玉をかざしたりして診察を始めた。
しばらく唸っていた彼は、やがて信じられないという顔で眼鏡の位置を直した。
「……こりゃあ、たまげた。奥様は『魔力ゼロ』などではありませんぞ」
「えっ? でも、実家の測定器では反応しませんでしたが」
「ええ、反応しないでしょう。なぜなら奥様は、魔力を放出するのではなく、周囲の魔力を**『吸収・分解』**する特異体質だからです」
「吸収……?」
「左様。スポンジが水を吸うように、奥様は触れた相手の過剰な魔力を吸い取り、ご自身の生命力へと変換しておられる。いわば『対魔力・無効化体質』。世界に数人いるかいないかの希少な能力です」
ヘルマン医師は興奮気味に続けた。
「公爵閣下は、生まれつき魔力が強すぎて自身の体を蝕む『魔力過多症』。一方、奥様は魔力を吸わなければ生きられない『魔力欠乏症』に近い。……いやはや、これほど完璧な相性は見たことがありません! まさに、神が巡り合わせた『運命のつがい』ですな!」
運命のつがい。
その言葉にジークハルト様がピクリと反応した。
彼は満足げに口元を歪めると、私の肩を抱き寄せた。
「聞いたか、エルナ。医者のお墨付きだ」
「は、はあ……つまり、私は旦那様の魔力を吸うことで、お互いに健康になれると?」
「そうだ。君は私にとって薬であり、私は君にとっての食事だということだ」
彼は医師の前だというのに、私の耳元に唇を寄せた。
「これでもう、君を実家に返す理由はなくなったな。……『魔力ゼロ』として捨てられた君を必要とするのは、世界で私一人だけだ」
その言葉は、少し歪んでいるけれど、どこまでも甘い響きを持っていた。実家では「無能」と蔑まれた私が、ここでは「唯一無二」になれる。
私の居場所は、間違いなくここにあるのだ。
「……はい。これからも、精一杯吸わせていただきます、旦那様」
私が答えると、彼は嬉しそうに目を細め、衆目も気にせず私の額に口づけを落とした。
部屋の隅で、メイドたちが「尊い……」と声を漏らして倒れる音が聞こえた。
あなたにおすすめの小説
「仲睦まじい夫婦」であるはずのわたしの夫は、わたしの葬儀で本性をあらわした
ぽんた
恋愛
サヤ・ラドフォード侯爵夫人が死んだ。その葬儀で、マッケイン王国でも「仲睦まじい夫婦」であるはずの彼女の夫が、妻を冒涜した。その聞くに堪えない本音。そんな夫の横には、夫が従妹だというレディが寄り添っている。サヤ・ラドフォードの棺の前で、夫とその従妹はサヤを断罪する。サヤは、ほんとうに彼らがいうような悪女だったのか?
※ハッピーエンド確約。ざまぁあり。ご都合主義のゆるゆる設定はご容赦願います。
【完結】孤高の皇帝は冷酷なはずなのに、王妃には甘過ぎです。
朝日みらい
恋愛
異国からやってきた第3王女のアリシアは、帝国の冷徹な皇帝カイゼルの元に王妃として迎えられた。しかし、冷酷な皇帝と呼ばれるカイゼルは周囲に心を許さず、心を閉ざしていた。しかし、アリシアのひたむきさと笑顔が、次第にカイゼルの心を溶かしていき――。
十年間虐げられたお針子令嬢、冷徹侯爵に狂おしいほど愛される。
er
恋愛
十年前に両親を亡くしたセレスティーナは、後見人の叔父に財産を奪われ、物置部屋で使用人同然の扱いを受けていた。義妹ミレイユのために毎日ドレスを縫わされる日々——でも彼女には『星霜の記憶』という、物の過去と未来を視る特別な力があった。隠されていた舞踏会の招待状を見つけて決死の潜入を果たすと、冷徹で美しいヴィルフォール侯爵と運命の再会! 義妹のドレスが破れて大恥、叔父も悪事を暴かれて追放されるはめに。失われた伝説の刺繍技術を復活させたセレスティーナは宮廷筆頭職人に抜擢され、「ずっと君を探していた」と侯爵に溺愛される——
義兄の溺愛により悪役令嬢にはなれません!?
水江 蓮
恋愛
卒業パーティーの日私セレーナ・ルチウド公爵令嬢は第一王子に婚約破棄を突き付けられた…。
あ…やっぱり私悪役令嬢だったんだね…。
そんな気はしていたんだけど…でもね?残念でした。
私の婚約に貴方は関係ないんですよ。
…だって私の事を溺愛する義兄がいるんだから…。
義兄の溺愛により…悪役令嬢の活動なんて一つもできていないですから…。
生贄として捧げられた「忌み子」の私、あやかし皇帝の薬膳料理番になります ~呪いで拒食症の白虎陛下は、私のおかゆに胃袋を掴まれたようです~
腐ったバナナ
恋愛
実家の「一条家」で霊力なしの忌み子として虐げられてきた凛。生贄としてあやかしの国・天厳国へ捧げられた彼女を待っていたのは、呪いによって食事がすべて「泥の味」に変わる孤独な白虎皇帝・白曜だった。
死を覚悟した凛だったが、前世で培った「管理栄養士」の知識は、あやかしの国では伝説の「浄化の力」として目醒める!
最高級の出汁、完璧な栄養バランス、そして食べる者を想う真心。凛が作る一杯の「黄金の粥」が、数年間不食だった王の味覚を劇的に呼び起こした。
「美味い。……泥ではない味がする」
胃袋を掴まれた皇帝の態度は一変。冷酷な暴君から、凛を誰にも触れさせたくない「超絶過保護な独占欲の塊」へと豹変してしまい……!?
嫌がらせをする後宮の妃や、手の平を返して擦り寄る実家を「料理」と「陛下からの愛」で一掃する、美味しくて爽快な異世界中華風ファンタジー。
【完結】冷遇され続けた私、悪魔公爵と結婚して社交界の花形になりました~妹と継母の陰謀は全てお見通しです~
夢喰るか
恋愛
名門貴族フォンティーヌ家の長女エリアナは、継母と美しい義妹リリアーナに虐げられ、自分の価値を見失っていた。ある日、「悪魔公爵」と恐れられるアレクシス・ヴァルモントとの縁談が持ち込まれる。厄介者を押し付けたい家族の思惑により、エリアナは北の城へ嫁ぐことに。
灰色だった薔薇が、愛によって真紅に咲く物語。
婚約破棄された公爵令嬢を助けたら、最強の領地経営パートナーになりました~チート転生者は女神の使徒を辞めて、彼女と荒廃領地で幸せに暮らしたい~
黒野ぐらふ
恋愛
過労死した元社畜・朝倉琉生が目を覚ますと、異世界の伯爵家三男ルーク(15歳)になっていた。
しかも場所は帝城の謁見の間——婚約破棄の修羅場の真っ最中。
隣で震えていたのは、冤罪を着せられた金髪碧眼の公爵令嬢リディア。
女神にもらったチートスキル「心眼」で嘘と真実を見抜いたルークは、
理不尽な茶番劇をぶち壊すことを決意する。
「その願い、承りました!」
前世で誰も守れなかった男が、
この世界でたった一人の少女を守り抜く。
婚約破棄のざまぁ劇から、荒廃した領地の復興へ。
チート転生者×誇り高き公爵令嬢の、異世界ラブ&領地経営ファンタジー。
『壁の花』の地味令嬢、『耳が良すぎる』王子殿下に求婚されています〜《本業》に差し支えるのでご遠慮願えますか?〜
水都 ミナト
恋愛
マリリン・モントワール伯爵令嬢。
実家が運営するモントワール商会は王国随一の大商会で、優秀な兄が二人に、姉が一人いる末っ子令嬢。
地味な外観でパーティには来るものの、いつも壁側で1人静かに佇んでいる。そのため他の令嬢たちからは『地味な壁の花』と小馬鹿にされているのだが、そんな嘲笑をものととせず彼女が壁の花に甘んじているのには理由があった。
「商売において重要なのは『信頼』と『情報』ですから」
※設定はゆるめ。そこまで腹立たしいキャラも出てきませんのでお気軽にお楽しみください。2万字程の作品です。
※カクヨム様、なろう様でも公開しています。