冷徹公爵様は、捨てられた私が『治癒』するまで離してくれません

咲月ねむと

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​第8話 ここは天国ですか?  いいえ、辺境です

​「……これが、朝食?」

 ​私は目の前の光景に言葉を失っていた。
 ダイニングテーブルに並べられているのは、カリカリに焼かれた厚切りのベーコン、半熟の目玉焼き、湯気を立てるコーンスープ、そしてバスケット山盛りの焼き立てパン。
 さらにデザートのフルーツの盛り合わせまである。

 ​実家では、冷え切った固いパンと具のないスープが定番だった。
 前世の社畜時代は30秒チャージが基本だった。
 だから、こんな王族のような食事が「日常」だなんて信じられない。

​「どうした?  足りないか?」

 ​隣に座るジークハルト様が心配そうに覗き込んでくる。

​「い、いえ!  多すぎるくらいです。こんな豪華な食事、誕生日でも見たことがありません」

「……そうか。ランズベルク家では、ろくな物を与えられていなかったのだな」

 ​彼の瞳が一瞬だけ鋭く細められた。
 けれど、すぐに甘い色に戻り、彼は私の皿にパンを取り分けてくれた。

​「痩せすぎだ。君は私の『命綱』なのだから、もっと肉をつけてもらわないと困る。……さあ、あーん」

「えっ、あーん!?」

「手が塞がっているだろう?」

 ​公爵様直々の「あーん」攻撃。
 断れるはずもなく、私は震える口を開けた。
 口の中に広がるバターの香りと小麦の甘み。
……美味しい。あまりにも美味しすぎて、涙が出てきそうだ。

​「うっ……うう……っ」

「おい、なぜ泣く!?  まずかったか!?」

「ち、違います……幸せすぎて……っ」

 ​私が涙を拭うと、彼は呆気にとられ、それから愛おしそうに微笑んだ。

​「……そうか。なら、毎日食べさせてやる。飽きるほどな」

 ​食後は夢のバスタイムだ。

「体が冷えると魔力吸収効率が落ちる」

 というもっともらしい理由で昼間からお風呂を用意されたのだ。

​「失礼します、エルナ様。お背中をお流しします」

「髪には最高級のローズオイルを使いますね」

 ​三人の侍女に取り囲まれ、私はされるがままに磨き上げられた。
 広々とした大理石の浴槽には、香り高い入浴剤が溶かされている。お湯は適温で手足の先までじじんわりと温まっていく。

​(極楽……ここが極楽なのね……)

 ​実家では、お湯を使うことすら制限されていた。 
 水で体を拭くだけの日もあった。
 それが今や、薔薇の香りに包まれて、肌はツルツル、髪はサラサラだ。

 お風呂上がりに用意されていたのは、シルクのような手触りの部屋着。袖を通すと、羽衣のように軽い。

​「はあ……生き返った……」

 ​ほかほかの状態で浴室を出ると、ドアの真ん前に椅子を置いて座っている人物がいた。
 もちろんジークハルト様だ。

​「……あの、旦那様?  まさかずっとそこに?」

「3メートル以内だと言っただろう。浴室まではついて行けないから、ここで限界ギリギリまで待機していた」

 ​彼は真顔で言い、立ち上がると私の匂いをクンクンと嗅いだ。

​「うん……いい匂いだ。薔薇の香りか」

「か、嗅がないでください!」

「風呂上がりで血行が良くなっているな。これなら魔力の循環も良さそうだ」

 ​彼は満足げに頷くと、ひょいっと私を横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこだ。

​「きゃっ!?」

「湯冷めするといけない。部屋まで運ぶ」

「歩けます!  自分の足で歩けますから!」

「断る。君は私の大切な『治療薬』だ。床を歩かせて足を疲れさせるわけにはいかない」

 ​有無を言わせぬ迫力で、彼はスタスタと廊下を歩き出す。

 すれ違う使用人たちが、

「まあ、アツアツですこと」

「今日も平和ねぇ」

 と微笑ましげに見守っているのが恥ずかしい。

 ​ふかふかのソファに降ろされ、温かいハーブティーを出される。
 隣には美形の旦那様。
 お腹はいっぱい、体はポカポカ、将来の不安もなし。

​(前世の私、見てる?  あなたが夢見ていた『ストレスフリーな生活』、異世界で叶ったよ……!)

 ​私は心の中でガッツポーズをした。
 ただ一つ計算外だったのは、この旦那様の過保護っぷりが、私の想像を遥かに超えて加速していることだけ。
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