冷徹公爵様は、捨てられた私が『治癒』するまで離してくれません

咲月ねむと

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​第10話 街のデート

​「……本当に、外に出るのか?」

 ​馬車の中でジークハルト様は不満げに言った。
 今日の彼は、いつもの軍服風の堅苦しい衣装ではなく、上質なウールのコートを纏っている。それでも隠しきれない高貴なオーラと鋭い美貌は健在だ。

​「はい。せっかく素敵なコートやブーツを買っていただいたのですから、外でお披露目しないともったいないです」

「屋敷の中で私に見せてくれれば十分なのだが」

「それじゃあ運動不足になります。それに、領民の皆さんに挨拶もしていませんし」

 ​私が宥めると、彼はふいっと顔を背けた。

​「……領民は、私を恐れている。『人食い公爵』が街に降りてきたら、パニックになるぞ」

「あら。旦那様がこんなに優しいってこと、私が証明してみせますよ」

 ​私が彼の手を握って微笑むと、彼は「……勝手にしろ」と呟きつつも、握り返す力は強かった。
 耳が少し赤い。チョロい。

 ​アイゼンガルドの城下町は、活気に満ちていた。
 厳しい寒さの土地だが、だからこそ人々は温かい食事や衣服を求めて市場に集まっている。
 けれど、私たちの馬車が広場に停まり、ジークハルト様が降り立った瞬間――。

​シーン……ッ。

 ​喧騒が嘘のように消え失せた。
 道行く人々は凍りつき、子供は親の後ろに隠れ、露店の店主は震え上がっている。まるで猛獣が檻から解き放たれたかのような緊張感だ。

​(うわぁ、本当に怖がられてる……)
 
 ​ジークハルト様は眉間に皺を寄せ、不機嫌オーラを放っている。
 これでは誤解されるのも無理はない。

 私は努めて明るく、彼に腕を絡ませた。

​「わあ、見てください旦那様!  あそこの屋台、何か温かそうなものを売っていますよ!」

「……串焼きか。あんな庶民の食べ物を、君が食べるのか?」

「いい匂いがしますもの。行きましょう!」
 
 ​私は彼の腕を引いて、恐れおののく串焼き屋の店主の前へ進んだ。

​「お、お、お待ちしておりました公爵閣下ぁッ!!  い、命だけはお助けを……!!」

「誰も取って食おうとはしていない。……おい、これを一つくれ」

 ​ジークハルト様はそう言うと、懐から金貨を取り出し、カウンターに置いた。

​「だ、旦那様!  串焼き一本に金貨は出しすぎです!  お釣りがありませんよ!」

「細かい小銭など持ち歩いていない。……釣りはいらん、取っておけ」

「ひぃぃっ!?  ありがとうございますぅぅ!!」

 ​店主は腰を抜かしそうになりながら、焼きたての串焼きを差し出した。
 私はそれを受け取り、ふうふうと冷ます。

​「はい、旦那様。あーん」

「……は?」

「毒味です。美味しいですよ」

 ​私が差し出すと、彼は周囲の視線を気にしつつも観念したようにパクリと一口食べた。

​「……悪くない」

「でしょう?  じゃあ残りは私が……んぐっ」

 ​私が食べると口の端にタレがついてしまった。
 すると、ジークハルト様は自然な動作で指を伸ばし、私の唇についたタレを拭い取った。そしてあろうことか、その指を自分の口に含んで舐め取ったのだ。

​「――ッ!?」

 ​私がボンッと音を立てて赤面すると、彼は悪戯っぽく目を細めた。

​「甘いな」

「そ、それはタレの味ですよね!?」

「さあ、どうだろうな」

 ​彼は私の腰を引き寄せ、人混みから守るように密着した。その甘々な空気に、凍りついていた周囲の人々がぽかんと口を開けている。

​「……おい、見たか?  あの『氷の公爵』が笑ったぞ?」

「あの連れている女性は誰だ?  凄く大事にされてるぞ」

「公爵様って、あんな顔をする人だったのか……?」

 ​恐怖の対象だった「魔王」が、ただの「愛妻家」に変わった瞬間だった。ざわめきは恐怖から、好奇心と好意的な噂話へと変わっていく。

​「ふん……見世物ではないのだがな」

「いいじゃないですか。ほら、みんな旦那様の格好良さに気づいたんですよ」

 ​私がクスクス笑うと、彼は「君のおかげだ」と小さく呟き、私の手を自分のコートのポケットに入れた。ポケットの中で繋がれた手。その温かさは、北風の冷たさを忘れさせるほどだった。
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