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第8話 初めてのお弁当は、心を込めて
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意気揚々と厨房に戻ると、そこには先ほどの料理人たちが、固唾をのんで私を待ち構えていた。
誰もが、私がヴィンセント公爵に叱責され、追い出されるとでも思っていたのだろう。
私はにっこりと微笑み、彼らに向かって空になった木の皿を掲げてみせた。
「『おかわり』、ですって」
その一言に、厨房は水を打ったように静まり返る。
次の瞬間、誰からともなく「おお……!」というどよめきが起こった。
恰幅のいい料理長が、信じられないという顔で私と空の皿を何度も見比べている。
「旦那様が……おかわりを……?」
「はい。それと、明日の視察のためのお弁当も作るように、と」
私の言葉に料理人たちの私を見る目が、明らかに変わった。侮りや好奇心の色は消え、そこには純粋な驚きと、ほんの少しの尊敬の念が灯っている。
料理長は、ごほん、と一つ大きな咳払いをすると、私に向き直った。
「……して、嬢ちゃん。弁当には何を作るつもりだ?」
その口調はまだぶっきらぼうだったが、そこには確かな興味が滲んでいた。
「サンドイッチも良いのですが、もっと温かみがあって、力が湧くようなものを作りたいのです。この領地では、どのような食材が採れますか?」
私の問いに、料理長は待ってましたとばかりに胸を張った。
「フン、ウチの領地をなめるなよ。アッシュの森で採れるキノコは絶品だ。川を遡れば、脂の乗った銀マスがいくらでも獲れる。裏の畑で育ててる鶏の卵も新鮮そのものだぜ」
次から次へと語られる、豊かな食材の数々。 私の頭の中では、前世の記憶とこの世界の食材が組み合わさって、どんどん献立が組み上がっていく。
(決めたわ!)
その夜。
私は厨房に残り、一人で明日の弁当の仕込みを始めた。
まず、主食。この世界にもある「ペルカ米」という麦に似た穀物を丁寧に炊き上げる。炊き上がった穀物の上に、甘辛く煮付けた鶏のひき肉と、ふんわりとした黄金色の炒り卵を乗せる。「二色ごはん」だ。
主菜は、料理長自慢の銀マス。塩と香草を振って、皮がパリッとなるように焼き上げる。
副菜には、森で採れたばかりのキノコをバターで炒めたソテーと、甘い人参とカボチャを蜂蜜でことこと煮込んだ、箸休めの甘煮。
ギルバート執事に頼んで用意してもらった、仕切りのついた美しい木箱に、それらを彩りよく詰めていく。茶色、黄色、緑、オレンジ……。
ただお腹を満たすためだけの食事ではない。 蓋を開けた瞬間に、心が躍るような「お弁当」にしたかった。
私が無心で調理を進めていると、不意に背後から声が掛かった。
「あの……何か、手伝うことはありますか?」
振り返ると、そこには若い見習い料理人の少年が、少し緊張した面持ちで立っていた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
「ですが、一人では大変でしょう。……俺、あなたの作ったサンドイッチ、少しだけ味見させてもらったんです。……すごく、美味しかった。あんなの初めて食べました」
少年は頬を赤らめながらそう言ってくれた。
それをきっかけに、最初は遠巻きに見ていた他の料理人たちも、一人、また一人と「何か手伝わせてくれ」と集まってきてくれた。
彼らは私の指示に驚きながらも、楽しそうに野菜を切ったり、洗い物をしてくれたりする。
王都では、私はいつも一人だった。
けれど、ここでは。
料理という、たった一つのことを通じて、人々の心と繋がれる。
「……ありがとうございます、皆さん」
深夜、全ての準備を終えた厨房で、私は窓の外に浮かぶ月を見上げた。
明日、ヴィンセント様は、このお弁当をどんな顔で食べてくれるだろう。
私の作ったもので、誰かが笑顔になってくれる。その喜びが、婚約破棄で凍てついていた私の心を、じんわりと温かく溶かしていくのを感じていた。
誰もが、私がヴィンセント公爵に叱責され、追い出されるとでも思っていたのだろう。
私はにっこりと微笑み、彼らに向かって空になった木の皿を掲げてみせた。
「『おかわり』、ですって」
その一言に、厨房は水を打ったように静まり返る。
次の瞬間、誰からともなく「おお……!」というどよめきが起こった。
恰幅のいい料理長が、信じられないという顔で私と空の皿を何度も見比べている。
「旦那様が……おかわりを……?」
「はい。それと、明日の視察のためのお弁当も作るように、と」
私の言葉に料理人たちの私を見る目が、明らかに変わった。侮りや好奇心の色は消え、そこには純粋な驚きと、ほんの少しの尊敬の念が灯っている。
料理長は、ごほん、と一つ大きな咳払いをすると、私に向き直った。
「……して、嬢ちゃん。弁当には何を作るつもりだ?」
その口調はまだぶっきらぼうだったが、そこには確かな興味が滲んでいた。
「サンドイッチも良いのですが、もっと温かみがあって、力が湧くようなものを作りたいのです。この領地では、どのような食材が採れますか?」
私の問いに、料理長は待ってましたとばかりに胸を張った。
「フン、ウチの領地をなめるなよ。アッシュの森で採れるキノコは絶品だ。川を遡れば、脂の乗った銀マスがいくらでも獲れる。裏の畑で育ててる鶏の卵も新鮮そのものだぜ」
次から次へと語られる、豊かな食材の数々。 私の頭の中では、前世の記憶とこの世界の食材が組み合わさって、どんどん献立が組み上がっていく。
(決めたわ!)
その夜。
私は厨房に残り、一人で明日の弁当の仕込みを始めた。
まず、主食。この世界にもある「ペルカ米」という麦に似た穀物を丁寧に炊き上げる。炊き上がった穀物の上に、甘辛く煮付けた鶏のひき肉と、ふんわりとした黄金色の炒り卵を乗せる。「二色ごはん」だ。
主菜は、料理長自慢の銀マス。塩と香草を振って、皮がパリッとなるように焼き上げる。
副菜には、森で採れたばかりのキノコをバターで炒めたソテーと、甘い人参とカボチャを蜂蜜でことこと煮込んだ、箸休めの甘煮。
ギルバート執事に頼んで用意してもらった、仕切りのついた美しい木箱に、それらを彩りよく詰めていく。茶色、黄色、緑、オレンジ……。
ただお腹を満たすためだけの食事ではない。 蓋を開けた瞬間に、心が躍るような「お弁当」にしたかった。
私が無心で調理を進めていると、不意に背後から声が掛かった。
「あの……何か、手伝うことはありますか?」
振り返ると、そこには若い見習い料理人の少年が、少し緊張した面持ちで立っていた。
「ありがとう。でも、大丈夫よ」
「ですが、一人では大変でしょう。……俺、あなたの作ったサンドイッチ、少しだけ味見させてもらったんです。……すごく、美味しかった。あんなの初めて食べました」
少年は頬を赤らめながらそう言ってくれた。
それをきっかけに、最初は遠巻きに見ていた他の料理人たちも、一人、また一人と「何か手伝わせてくれ」と集まってきてくれた。
彼らは私の指示に驚きながらも、楽しそうに野菜を切ったり、洗い物をしてくれたりする。
王都では、私はいつも一人だった。
けれど、ここでは。
料理という、たった一つのことを通じて、人々の心と繋がれる。
「……ありがとうございます、皆さん」
深夜、全ての準備を終えた厨房で、私は窓の外に浮かぶ月を見上げた。
明日、ヴィンセント様は、このお弁当をどんな顔で食べてくれるだろう。
私の作ったもので、誰かが笑顔になってくれる。その喜びが、婚約破棄で凍てついていた私の心を、じんわりと温かく溶かしていくのを感じていた。
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