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第21話 これは、声なき宣戦布告
晩餐会のホールは、王都の使節団が持ち込んだ華美な装飾と、アシュフォード公爵家の質実剛健な雰囲気がぶつかり合い、奇妙な緊張感に包まれていた。
使節団の長であるイザベラ様の兄、マーカス侯爵は、まるで値踏みするようにホールの隅々まで視線を這わせ、鼻を鳴らした。
「ふん、辺境の城とは、これだからな。品がない」
その声は静かなホールによく響いた。
アシュフォード家の騎士たちの眉がぴくりと動く。しかし、玉座に座るヴィンセントは、その挑発に全く動じることなく、涼しい顔でグラスを傾けていた。
そのあまりの落ち着きぶりに、マーカス侯爵は逆に少しだけ苛立った顔を見せる。
やがて、晩餐会の始まりを告げる鐘が鳴り、最初の料理が運ばれてきた。
「前菜、『冬越え野菜のピクルスと、岩塩漬け生ハムの盛り合わせ』でございます」
ギルバート執事の張りのある声と共に、使節団の面々の前に、大ぶりの皿が置かれる。
皿の上には、色とりどりの野菜のピクルスと、見るからに上質な、美しい霜降りの入った生ハムが芸術品のように盛り付けられていた。
「ピクルスだと? 子供のままごとか」
マーカス侯爵は、侮るようにそう言って、フォークで無造作にピクルスを口に放り込んだ。
次の瞬間、彼の動きが、ぴたりと止まる。
ただ酸っぱいだけではない。口に入れた瞬間、野菜の力強い甘みがほとばしり、その後にハーブの爽やかな香りが鼻に抜けていく。
厳しい冬を耐え抜いた野菜にしか出せない、凝縮された生命力の味。
生ハムもそうだ。ただ塩辛いだけの保存食ではない。長期熟成によって引き出された、ナッツのような芳醇な香りと、とろけるような脂の甘み。
どちらも王都の食卓に並ぶ、ただ甘やかで柔らかいだけの食材とは全く違う、荒々しくも気高い、北の大地の味がした。
言葉を失った侯爵を尻目に、使節団の他の者たちも、恐る恐る料理に手をつけ、そして皆、同じように絶句する。
「……美味い」
誰かが、ぽつりと呟いた。
それは、アシュフォード公爵領の豊かさと、それを引き出す確かな技術力を雄弁に物語る一皿だった。
続くスープ、魚料理、そしてメインの猪のロースト。
出される皿の一つ一つが、王都の貴族たちの固定観念を、ことごとく打ち砕いていく。
「こんな力強い味の猪、初めて食べた……」
「このソース、何が入っているんだ? 複雑で、深みがあって……」
彼らは、ただ美味しい料理に舌鼓を打っているつもりだった。
◆◇
だが、ヴィンセントも、そして厨房で戦況を見守る私も、分かっていた。
これは、料理という形をとった、アシュフォード公爵からの声なき「宣戦布告」なのだと。
『我らは、これほど豊かで、力強い大地に生きている。王都の庇護などなくとも、我らは何一つ不自由しない。貴殿らが、我らに何を要求できるというのか』
皿の上に表現されたその痛烈なメッセージに、さすがのマーカス侯爵も気づかざるを得なかった。彼の顔からは余裕の笑みが消え、次第に険しいものへと変わっていく。
そして、全ての料理が出し終わった、その時だった。
マーカス侯爵は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべるとヴィンセント様に向かって言った。
「素晴らしい料理だ、アシュフォード公爵。ところで、噂に聞く『エリアーナ嬢』は、どこにおられるのかな? まさか、こんな素晴らしい晩餐会に、料理番の娘を出席させないなどという、無粋な真似はなさらないだろう?」
ついに来た。彼の本題が、私のことだと知っていたヴィンセント様は、少しも動じない。
彼は静かに、隣に控えていたギルバート執事に頷いてみせた。
「……お呼びしろ」
厨房で待機していた私の元に、ギルバート執事が静かにやってくる。
「旦那様がお呼びです、エリアーナ様」
「……はい」
私は、コックコートの襟を正し、きゅっと唇を結んだ。ここから先は、私の戦場だ。
使節団の長であるイザベラ様の兄、マーカス侯爵は、まるで値踏みするようにホールの隅々まで視線を這わせ、鼻を鳴らした。
「ふん、辺境の城とは、これだからな。品がない」
その声は静かなホールによく響いた。
アシュフォード家の騎士たちの眉がぴくりと動く。しかし、玉座に座るヴィンセントは、その挑発に全く動じることなく、涼しい顔でグラスを傾けていた。
そのあまりの落ち着きぶりに、マーカス侯爵は逆に少しだけ苛立った顔を見せる。
やがて、晩餐会の始まりを告げる鐘が鳴り、最初の料理が運ばれてきた。
「前菜、『冬越え野菜のピクルスと、岩塩漬け生ハムの盛り合わせ』でございます」
ギルバート執事の張りのある声と共に、使節団の面々の前に、大ぶりの皿が置かれる。
皿の上には、色とりどりの野菜のピクルスと、見るからに上質な、美しい霜降りの入った生ハムが芸術品のように盛り付けられていた。
「ピクルスだと? 子供のままごとか」
マーカス侯爵は、侮るようにそう言って、フォークで無造作にピクルスを口に放り込んだ。
次の瞬間、彼の動きが、ぴたりと止まる。
ただ酸っぱいだけではない。口に入れた瞬間、野菜の力強い甘みがほとばしり、その後にハーブの爽やかな香りが鼻に抜けていく。
厳しい冬を耐え抜いた野菜にしか出せない、凝縮された生命力の味。
生ハムもそうだ。ただ塩辛いだけの保存食ではない。長期熟成によって引き出された、ナッツのような芳醇な香りと、とろけるような脂の甘み。
どちらも王都の食卓に並ぶ、ただ甘やかで柔らかいだけの食材とは全く違う、荒々しくも気高い、北の大地の味がした。
言葉を失った侯爵を尻目に、使節団の他の者たちも、恐る恐る料理に手をつけ、そして皆、同じように絶句する。
「……美味い」
誰かが、ぽつりと呟いた。
それは、アシュフォード公爵領の豊かさと、それを引き出す確かな技術力を雄弁に物語る一皿だった。
続くスープ、魚料理、そしてメインの猪のロースト。
出される皿の一つ一つが、王都の貴族たちの固定観念を、ことごとく打ち砕いていく。
「こんな力強い味の猪、初めて食べた……」
「このソース、何が入っているんだ? 複雑で、深みがあって……」
彼らは、ただ美味しい料理に舌鼓を打っているつもりだった。
◆◇
だが、ヴィンセントも、そして厨房で戦況を見守る私も、分かっていた。
これは、料理という形をとった、アシュフォード公爵からの声なき「宣戦布告」なのだと。
『我らは、これほど豊かで、力強い大地に生きている。王都の庇護などなくとも、我らは何一つ不自由しない。貴殿らが、我らに何を要求できるというのか』
皿の上に表現されたその痛烈なメッセージに、さすがのマーカス侯爵も気づかざるを得なかった。彼の顔からは余裕の笑みが消え、次第に険しいものへと変わっていく。
そして、全ての料理が出し終わった、その時だった。
マーカス侯爵は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべるとヴィンセント様に向かって言った。
「素晴らしい料理だ、アシュフォード公爵。ところで、噂に聞く『エリアーナ嬢』は、どこにおられるのかな? まさか、こんな素晴らしい晩餐会に、料理番の娘を出席させないなどという、無粋な真似はなさらないだろう?」
ついに来た。彼の本題が、私のことだと知っていたヴィンセント様は、少しも動じない。
彼は静かに、隣に控えていたギルバート執事に頷いてみせた。
「……お呼びしろ」
厨房で待機していた私の元に、ギルバート執事が静かにやってくる。
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「……はい」
私は、コックコートの襟を正し、きゅっと唇を結んだ。ここから先は、私の戦場だ。
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