地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜

咲月ねむと

文字の大きさ
21 / 38

第21話 これは、声なき宣戦布告

 晩餐会のホールは、王都の使節団が持ち込んだ華美な装飾と、アシュフォード公爵家の質実剛健な雰囲気がぶつかり合い、奇妙な緊張感に包まれていた。
​ 使節団の長であるイザベラ様の兄、マーカス侯爵は、まるで値踏みするようにホールの隅々まで視線を這わせ、鼻を鳴らした。

​「ふん、辺境の城とは、これだからな。品がない」

​ その声は静かなホールによく響いた。
 アシュフォード家の騎士たちの眉がぴくりと動く。​しかし、玉座に座るヴィンセントは、その挑発に全く動じることなく、涼しい顔でグラスを傾けていた。
 そのあまりの落ち着きぶりに、マーカス侯爵は逆に少しだけ苛立った顔を見せる。

 ​やがて、晩餐会の始まりを告げる鐘が鳴り、最初の料理が運ばれてきた。

​「前菜、『冬越え野菜のピクルスと、岩塩漬け生ハムの盛り合わせ』でございます」

​ ギルバート執事の張りのある声と共に、使節団の面々の前に、大ぶりの皿が置かれる。
 ​皿の上には、色とりどりの野菜のピクルスと、見るからに上質な、美しい霜降りの入った生ハムが芸術品のように盛り付けられていた。

​「ピクルスだと? 子供のままごとか」

 ​マーカス侯爵は、侮るようにそう言って、フォークで無造作にピクルスを口に放り込んだ。

 ​次の瞬間、彼の動きが、ぴたりと止まる。

​ ​ただ酸っぱいだけではない。口に入れた瞬間、野菜の力強い甘みがほとばしり、その後にハーブの爽やかな香りが鼻に抜けていく。
 厳しい冬を耐え抜いた野菜にしか出せない、凝縮された生命力の味。

 ​生ハムもそうだ。ただ塩辛いだけの保存食ではない。長期熟成によって引き出された、ナッツのような芳醇な香りと、とろけるような脂の甘み。

 ​どちらも王都の食卓に並ぶ、ただ甘やかで柔らかいだけの食材とは全く違う、荒々しくも気高い、北の大地の味がした。
 ​言葉を失った侯爵を尻目に、使節団の他の者たちも、恐る恐る料理に手をつけ、そして皆、同じように絶句する。

​「……美味い」

 ​誰かが、ぽつりと呟いた。
 ​それは、アシュフォード公爵領の豊かさと、それを引き出す確かな技術力を雄弁に物語る一皿だった。

 ​続くスープ、魚料理、そしてメインの猪のロースト。
 ​出される皿の一つ一つが、王都の貴族たちの固定観念を、ことごとく打ち砕いていく。

​「こんな力強い味の猪、初めて食べた……」
「このソース、何が入っているんだ? 複雑で、深みがあって……」

 ​彼らは、ただ美味しい料理に舌鼓を打っているつもりだった。

◆◇

 ​だが、ヴィンセントも、そして厨房で戦況を見守る私も、分かっていた。
 ​これは、料理という形をとった、アシュフォード公爵からの声なき「宣戦布告」なのだと。

​『我らは、これほど豊かで、力強い大地に生きている。王都の庇護などなくとも、我らは何一つ不自由しない。貴殿らが、我らに何を要求できるというのか』

 ​皿の上に表現されたその痛烈なメッセージに、さすがのマーカス侯爵も気づかざるを得なかった。彼の顔からは余裕の笑みが消え、次第に険しいものへと変わっていく。

 ​そして、全ての料理が出し終わった、その時だった。

 ​マーカス侯爵は、にやりと意地の悪い笑みを浮かべるとヴィンセント様に向かって言った。

​「素晴らしい料理だ、アシュフォード公爵。ところで、噂に聞く『エリアーナ嬢』は、どこにおられるのかな? まさか、こんな素晴らしい晩餐会に、料理番の娘を出席させないなどという、無粋な真似はなさらないだろう?」

 ​ついに来た。​彼の本題が、私のことだと知っていたヴィンセント様は、少しも動じない。
 ​彼は静かに、隣に控えていたギルバート執事に頷いてみせた。

​「……お呼びしろ」

 ​厨房で待機していた私の元に、ギルバート執事が静かにやってくる。

​「旦那様がお呼びです、エリアーナ様」
​「……はい」

 ​私は、コックコートの襟を正し、きゅっと唇を結んだ。​ここから先は、私の戦場だ。
感想 6

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

「可愛げがない」と婚約破棄された公爵令嬢ですが、領地経営をしていたのは私です

希羽
恋愛
「お前のような可愛げのない女との婚約は破棄する!」 卒業パーティの会場で、婚約者である第二王子デリックはそう宣言し、私の義妹ミナを抱き寄せました。 誰もが私が泣き崩れると思いましたが――正直、せいせいしました。 だって、王子の領地経営、借金返済、結界維持、それら全ての激務を一人でこなしていたのは「可愛げのない」私だったのですから。 「承知しました。では、あとはミナと二人で頑張ってください」 私は手切れ金代わりに面倒な仕事を全て置いて国を出ました。 すると、国境で待っていたのは、隣国ガルガディア帝国の冷徹皇太子ことクライド様。なぜか彼は私を溺愛し、帝国で最高の地位と環境を与えてくれて……。

【完結】追放された地味令嬢、実は王国唯一の“魔力翻訳者”でした 〜役立たずと言われましたが、もう契約は終了です〜

あめとおと
恋愛
王太子から「魔法が何も起こらない役立たず」と断罪され、婚約破棄された伯爵令嬢リリア。 追放された彼女の能力は―― 魔法の“意味”を読み解き、術式そのものを理解する力《魔力翻訳》。 辺境の魔導研究所でその才能を見出された彼女は、 三百年解読不能だった古代魔法を次々と再生させていく。 一方、彼女を失った王都では魔法事故が連鎖。 国家結界すら崩壊寸前に――。 「戻ってきてほしい」 そう告げられても、もう遅い。 私を必要としてくれる場所は、 すでに別にあるのだから。 これは、役立たずと呼ばれた令嬢が 本当の居場所と理解者を見つける物語。

【完結】魔力の見えない公爵令嬢は、王国最強の魔術師でした

er
恋愛
「魔力がない」と婚約破棄された公爵令嬢リーナ。だが真実は逆だった――純粋魔力を持つ規格外の天才魔術師! 王立試験で元婚約者を圧倒し首席合格、宮廷魔術師団長すら降参させる。王宮を救う活躍で副団長に昇進、イケメン公爵様からの求愛も!? 一方、元婚約者は没落し後悔の日々……。見る目のなかった男たちへの完全勝利と、新たな恋の物語。

魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす

三谷朱花*Q−73@文フリ東京5/4
恋愛
 ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。  ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。  伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。  そして、告げられた両親の死の真相。  家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。    絶望しかなかった。  涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。  雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。  そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。  ルーナは死を待つしか他になかった。  途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。  そして、ルーナがその温もりを感じた日。  ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。

公爵令嬢ですが、実は神の加護を持つ最強チート持ちです。婚約破棄? ご勝手に

ゆっこ
恋愛
 王都アルヴェリアの中心にある王城。その豪奢な大広間で、今宵は王太子主催の舞踏会が開かれていた。貴族の子弟たちが華やかなドレスと礼装に身を包み、音楽と笑い声が響く中、私——リシェル・フォン・アーデンフェルトは、端の席で静かに紅茶を飲んでいた。  私は公爵家の長女であり、かつては王太子殿下の婚約者だった。……そう、「かつては」と言わねばならないのだろう。今、まさにこの瞬間をもって。 「リシェル・フォン・アーデンフェルト。君との婚約を、ここに正式に破棄する!」  唐突な宣言。静まり返る大広間。注がれる無数の視線。それらすべてを、私はただ一口紅茶を啜りながら見返した。  婚約破棄の相手、王太子レオンハルト・ヴァルツァーは、金髪碧眼のいかにも“主役”然とした青年である。彼の隣には、勝ち誇ったような笑みを浮かべる少女が寄り添っていた。 「そして私は、新たにこのセシリア・ルミエール嬢を伴侶に選ぶ。彼女こそが、真に民を導くにふさわしい『聖女』だ!」  ああ、なるほど。これが今日の筋書きだったのね。

追放された聖女は、辺境で狼(もふもふ)とカフェを開く

橘 あやめ
ファンタジー
――もう黙らない。追放された聖女は、もふもふの白狼と温かい居場所を見つける―― 十二年間、大聖堂で祈り続けた。 病人を癒し、呪いを祓い、飢饉のときは畑に恵みの光を降ろす。 その全てを、妹の嘘泣きひとつで奪われた。 献金横領の濡れ衣を着せられ、聖女の座を追われたアーシャ。 荷物は革鞄ひとつ。行く宛てもない。 たどり着いた辺境の町で、アーシャは小さなハーブティーのカフェを開くことに。 看板は小枝の炭で手作り。 焼き菓子は四度目でようやく成功。 常連もできて、少しずつ「自分の居場所」が生まれていく――。 そんなカフェに夜ごと現れるのは、月光のように美しい銀色の狼。 もふもふで、不愛想で、でも何かとアーシャのことを助けてくれる。 やがて、穏やかな日々を壊しに――妹が現れる。 ※追放聖女のカフェ開業もの(もふもふつき)です!ハッピーエンド!