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第25話 夜明けの出発と、二人だけの朝食
翌朝、東の空が白み始める頃。
王都からの使節団は、誰とも言葉を交わすことなく、逃げるように城を後にしていった。
やって来た時とは打って変わって、その背中は小さく、惨めだった。
マーカス侯爵は一度だけ、憎々しげに城を振り返ったが、城壁の上から彼らを見下ろすヴィンセント様の冷たい視線に気づくと、そそくさと馬車の中に姿を消した。
◆◇
厨房では、私が一人、朝食の準備を始めていた。
昨夜の激闘を戦い抜いた仲間たちは、ヴィンセント様の特別な計らいで、今日はゆっくり休むことになっている。
静かな厨房に野菜を切る軽やかな音と、パンの焼ける香ばしい匂いだけが満ちていた。
「……おはよう」
背後からの声に振り返ると、そこにヴィンセント様が立っていた。
鎧を外し、簡素なシャツ姿の彼は、昨日よりもずっと穏やかな顔をしている。
「おはようございます、ヴィンセント様。もう、よろしいのですか?」
「ああ。嵐は去った」
彼はそう言うと、当たり前のように厨房の小さなテーブルにつき、私の手元を眺めている。
「何か、食べるものはあるか」
「はい。今、簡単なものを作りますね」
私は昨夜のうちに仕込んでおいた生地で小さなパンを焼き、新鮮な卵でふわりとしたスクランブルエッグを作った。そして、温かいミルクのスープを添える。
特別な食材は何もない。
ただの、素朴で温かい朝食。
二人きりで、静かな厨房で食卓を囲む。
それは、とても不思議で、けれど信じられないほど心が安らぐ時間だった。
「美味い」
パンをちぎり、スープに浸しながら、彼がぽつりと言った。
「昨日の晩餐会もすごかったが……俺は、こういう方が好きだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「毎日、これが食べられるのなら……悪くないな」
その言葉が、何を意味するのか。
私は、恥ずかしくて彼の顔を見ることができなかった。ただ、俯いて、スープを飲むことしかできない。
食事が終わると、彼は立ち上がり、私の隣に来た。
そして、私の頭に大きな手をぽんと置く。
「……よく、やってくれた。エリアーナ」
その優しい声と、手の温かさに、昨夜からずっと張り詰めていた涙腺が、緩んでしまいそうになる。
「お前のおかげで、我らは戦わずして勝った。……いや、戦ったのは、お前だったな」
「そんなこと……」
「これでおそらく、王都もすぐには動けんだろう。だが、これで終わりではないはずだ。……これからも、俺のそばで、力を貸してくれるか?」
それは問いかけの形をしていたが、ほとんどプロポーズのように、私の耳には聞こえた。
私は顔を上げ、彼の深い青の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「はい。喜んで」
私の居場所は、もう、ここ以外に考えられない。この人の隣で、美味しいご飯を作り続ける。それが私の幸せなのだから。
朝日が差し込む厨房で、私たちは、どちらからともなく、穏やかに微笑み合った。
王都の脅威という嵐は、まだ完全には過ぎ去ってはいない。けれど、私たちの心は雨上がりの空のように、どこまでも晴れやかだった。
王都からの使節団は、誰とも言葉を交わすことなく、逃げるように城を後にしていった。
やって来た時とは打って変わって、その背中は小さく、惨めだった。
マーカス侯爵は一度だけ、憎々しげに城を振り返ったが、城壁の上から彼らを見下ろすヴィンセント様の冷たい視線に気づくと、そそくさと馬車の中に姿を消した。
◆◇
厨房では、私が一人、朝食の準備を始めていた。
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静かな厨房に野菜を切る軽やかな音と、パンの焼ける香ばしい匂いだけが満ちていた。
「……おはよう」
背後からの声に振り返ると、そこにヴィンセント様が立っていた。
鎧を外し、簡素なシャツ姿の彼は、昨日よりもずっと穏やかな顔をしている。
「おはようございます、ヴィンセント様。もう、よろしいのですか?」
「ああ。嵐は去った」
彼はそう言うと、当たり前のように厨房の小さなテーブルにつき、私の手元を眺めている。
「何か、食べるものはあるか」
「はい。今、簡単なものを作りますね」
私は昨夜のうちに仕込んでおいた生地で小さなパンを焼き、新鮮な卵でふわりとしたスクランブルエッグを作った。そして、温かいミルクのスープを添える。
特別な食材は何もない。
ただの、素朴で温かい朝食。
二人きりで、静かな厨房で食卓を囲む。
それは、とても不思議で、けれど信じられないほど心が安らぐ時間だった。
「美味い」
パンをちぎり、スープに浸しながら、彼がぽつりと言った。
「昨日の晩餐会もすごかったが……俺は、こういう方が好きだ」
「ふふっ、ありがとうございます」
「毎日、これが食べられるのなら……悪くないな」
その言葉が、何を意味するのか。
私は、恥ずかしくて彼の顔を見ることができなかった。ただ、俯いて、スープを飲むことしかできない。
食事が終わると、彼は立ち上がり、私の隣に来た。
そして、私の頭に大きな手をぽんと置く。
「……よく、やってくれた。エリアーナ」
その優しい声と、手の温かさに、昨夜からずっと張り詰めていた涙腺が、緩んでしまいそうになる。
「お前のおかげで、我らは戦わずして勝った。……いや、戦ったのは、お前だったな」
「そんなこと……」
「これでおそらく、王都もすぐには動けんだろう。だが、これで終わりではないはずだ。……これからも、俺のそばで、力を貸してくれるか?」
それは問いかけの形をしていたが、ほとんどプロポーズのように、私の耳には聞こえた。
私は顔を上げ、彼の深い青の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。
「はい。喜んで」
私の居場所は、もう、ここ以外に考えられない。この人の隣で、美味しいご飯を作り続ける。それが私の幸せなのだから。
朝日が差し込む厨房で、私たちは、どちらからともなく、穏やかに微笑み合った。
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