地味だと婚約破棄されましたが、私の作る"お弁当"が、冷徹公爵様やもふもふ聖獣たちの胃袋を掴んだようです〜隣国の冷徹公爵様に拾われ幸せ!〜

咲月ねむと

文字の大きさ
25 / 38

第25話 夜明けの出発と、二人だけの朝食

 翌朝、東の空が白み始める頃。
 ​王都からの使節団は、誰とも言葉を交わすことなく、逃げるように城を後にしていった。

​ やって来た時とは打って変わって、その背中は小さく、惨めだった。
 マーカス侯爵は一度だけ、憎々しげに城を振り返ったが、城壁の上から彼らを見下ろすヴィンセント様の冷たい視線に気づくと、そそくさと馬車の中に姿を消した。 

◆◇

​ ​厨房では、私が一人、朝食の準備を始めていた。
 昨夜の激闘を戦い抜いた仲間たちは、ヴィンセント様の特別な計らいで、今日はゆっくり休むことになっている。
​ 静かな厨房に野菜を切る軽やかな音と、パンの焼ける香ばしい匂いだけが満ちていた。

​「……おはよう」

 ​背後からの声に振り返ると、そこにヴィンセント様が立っていた。
 鎧を外し、簡素なシャツ姿の彼は、昨日よりもずっと穏やかな顔をしている。

​「おはようございます、ヴィンセント様。もう、よろしいのですか?」
​「ああ。嵐は去った」

 ​彼はそう言うと、当たり前のように厨房の小さなテーブルにつき、私の手元を眺めている。

​「何か、食べるものはあるか」
​「はい。今、簡単なものを作りますね」

 ​私は昨夜のうちに仕込んでおいた生地で小さなパンを焼き、新鮮な卵でふわりとしたスクランブルエッグを作った。そして、温かいミルクのスープを添える。

 ​特別な食材は何もない。
 ただの、素朴で温かい朝食。

​ 二人きりで、静かな厨房で食卓を囲む。
​ それは、とても不思議で、けれど信じられないほど心が安らぐ時間だった。

​「美味い」

​ パンをちぎり、スープに浸しながら、彼がぽつりと言った。

​「昨日の晩餐会もすごかったが……俺は、こういう方が好きだ」
​「ふふっ、ありがとうございます」
​「毎日、これが食べられるのなら……悪くないな」

​ その言葉が、何を意味するのか。
​ 私は、恥ずかしくて彼の顔を見ることができなかった。ただ、俯いて、スープを飲むことしかできない。

 ​食事が終わると、彼は立ち上がり、私の隣に来た。
 ​そして、私の頭に大きな手をぽんと置く。

​「……よく、やってくれた。エリアーナ」

 ​その優しい声と、手の温かさに、昨夜からずっと張り詰めていた涙腺が、緩んでしまいそうになる。

​「お前のおかげで、我らは戦わずして勝った。……いや、戦ったのは、お前だったな」
​「そんなこと……」
​「これでおそらく、王都もすぐには動けんだろう。だが、これで終わりではないはずだ。……これからも、俺のそばで、力を貸してくれるか?」

​ それは問いかけの形をしていたが、ほとんどプロポーズのように、私の耳には聞こえた。
​ 私は顔を上げ、彼の深い青の瞳を真っ直ぐに見つめ返す。

​「はい。喜んで」

​ 私の居場所は、もう、ここ以外に考えられない。この人の隣で、美味しいご飯を作り続ける。それが私の幸せなのだから。

 ​朝日が差し込む厨房で、私たちは、どちらからともなく、穏やかに微笑み合った。
​ 王都の脅威という嵐は、まだ完全には過ぎ去ってはいない。けれど、私たちの心は雨上がりの空のように、どこまでも晴れやかだった。
感想 6

あなたにおすすめの小説

「通訳など辞書で足りる」と追放された令嬢——三国会談で、婚約者は一言も話せなくなった

歩人
ファンタジー
宮廷通訳官エレノーラは五つの言語を操り、婚約者クラウスの外交を陰で支えてきた。 だがクラウスは言った。「通訳など辞書で足りる。お前は要らない」 追放されたエレノーラは隣国で新たな道を歩み始める。 一方、クラウスは三国会談の場で辞書片手に立ち往生。 誤訳が外交問題に発展し、窮地に陥ったその場に、隣国の通訳官として現れたのは——。 「その言葉は、もう翻訳できません」

悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています

かきんとう
恋愛
 王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。  磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。  その中心に、私は立っていた。  ――今日、この瞬間のために。 「エレノア・フォン・リーベルト嬢」  高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。

追放された悪役令嬢、規格外魔力でもふもふ聖獣を手懐け隣国の王子に溺愛される

黒崎隼人
ファンタジー
「ようやく、この息苦しい生活から解放される!」 無実の罪で婚約破棄され、国外追放を言い渡された公爵令嬢エレオノーラ。しかし彼女は、悲しむどころか心の中で歓喜の声をあげていた。完璧な淑女の仮面の下に隠していたのは、国一番と謳われた祖母譲りの規格外な魔力。追放先の「魔の森」で力を解放した彼女の周りには、伝説の聖獣グリフォンをはじめ、可愛いもふもふ達が次々と集まってきて……!? 自由気ままなスローライフを満喫する元悪役令嬢と、彼女のありのままの姿に惹かれた「氷の王子」。二人の出会いが、やがて二つの国の運命を大きく動かすことになる。 窮屈な世界から解き放たれた少女が、本当の自分と最高の幸せを見つける、溺愛と逆転の異世界ファンタジー、ここに開幕!

ベールを上げた新郎は『君じゃない』と叫んだ

ハートリオ
恋愛
結婚式で新郎に『君じゃない』と叫ばれたのはウィオラ。 スピーナ子爵家の次女。 どうやら新郎が結婚する積りだったのは姉のリリウム。 ウィオラはいつも『じゃない方』 認められない、 選ばれない… そんなウィオラは―― 中世ヨーロッパ風異世界でのお話です。 よろしくお願いします。

私を裏切った不倫夫に「どなたですか?」と微笑むまで 〜没落令嬢の復讐劇〜

恋せよ恋
恋愛
「早くあんな女と別れて、可愛い子と一緒になりたいよ」 不倫中の夫が笑う声を聞き、絶望の中で事故に遭うジェシカ。 結婚五年目に授かったお腹の子を失った彼女は、 「記憶を失ったフリ」で夫と地獄の婚家を捨てることを決意。 元男爵令嬢の薄幸ヒロインは、修道院で静かに時を過ごす。 独り身領主の三歳の男の子に懐かれ、なぜか領主まで登場! 無実の罪をなすりつけ、私を使い潰した報いを受けなさい。 記憶喪失を装った没落令嬢による、「ざまぁ」が幕を開ける! ※本作品には、馬車事故による流産の描写が含まれます。  苦手な方はご注意ください。主人公が絶対に幸せになる  物語ですので、安心してお読みいただければ幸いです。 🔶登場人物・設定は筆者の創作によるものです。 🔶不快に感じられる表現がありましたらお詫び申し上げます。 🔶誤字脱字・文の調整は、投稿後にも随時行います。 🔶今後もこの世界観で物語を続けてまいります。 🔶 『エール📣』『いいね❤️』励みになります!

完結·婚約破棄された氷の令嬢は、嫁がされた枯れおじのもとで花開く

恋愛
ティリアは辺境にある伯爵の娘であり、第三王子ガフタの婚約者であった。 だが、この婚約が気に入らないガフタは学園生活でティリアを冷遇し、卒業パーティーで婚約破棄をする。 しかも、このまま実家に帰ろうとするティリアにガフタは一回り以上年上の冴えないおっさん男爵のところへ嫁ぐように命令する。 こうしてティリアは男爵の屋敷へと向かうのだが、そこにいたのは…… ※完結まで毎日投稿します ※小説家になろう、Nolaノベルにも投稿中

悪役令嬢の身代わりで追放された侍女、北の地で才能を開花させ「氷の公爵」を溶かす

黒崎隼人
ファンタジー
「お前の罪は、万死に値する!」 公爵令嬢アリアンヌの罪をすべて被せられ、侍女リリアは婚約破棄の茶番劇のスケープゴートにされた。 忠誠を尽くした主人に裏切られ、誰にも信じてもらえず王都を追放される彼女に手を差し伸べたのは、彼女を最も蔑んでいたはずの「氷の公爵」クロードだった。 「君が犯人でないことは、最初から分かっていた」 冷徹な仮面の裏に隠された真実と、予想外の庇護。 彼の領地で、リリアは内に秘めた驚くべき才能を開花させていく。 一方、有能な「影」を失った王太子と悪役令嬢は、自滅の道を転がり落ちていく。 これは、地味な侍女が全てを覆し、世界一の愛を手に入れる、痛快な逆転シンデレラストーリー。

婚約破棄された私は、号泣しながらケーキを食べた~限界に達したので、これからは自分の幸せのために生きることにしました~

キョウキョウ
恋愛
 幼い頃から辛くて苦しい妃教育に耐えてきたオリヴィア。厳しい授業と課題に、何度も心が折れそうになった。特に辛かったのは、王妃にふさわしい体型維持のために食事制限を命じられたこと。  とても頑張った。お腹いっぱいに食べたいのを我慢して、必死で痩せて、体型を整えて。でも、その努力は無駄になった。  婚約相手のマルク王子から、無慈悲に告げられた別れの言葉。唐突に、婚約を破棄すると言われたオリヴィア。  アイリーンという令嬢をイジメたという、いわれのない罪で責められて限界に達した。もう無理。これ以上は耐えられない。  そしてオリヴィアは、会場のテーブルに置いてあったデザートのケーキを手づかみで食べた。食べながら泣いた。空腹の辛さから解放された気持ちよさと、ケーキの美味しさに涙が出たのだった。 ※本作品は、少し前に連載していた試作の完成版です。大まかな展開や設定は、ほぼ変わりません。加筆修正して、完成版として連載します。 ※カクヨムにも掲載中の作品です。