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第28話 小さな芽生えと、再びの暗雲
陽だまりのピクニックから数日後。
城の裏の小さな菜園は、新しい活気に満ち溢れていた。
ヴィンセント様の宣言通り、騎士団の若い騎士たちが訓練の一環として土壌の改良を手伝ってくれることになり、専門の庭師の指導のもと、みるみるうちに畑は見違えるように立派になっていった。
私も料理の合間を縫っては菜園に顔を出し、前世の記憶を頼りに、野菜作りのアドバイスをした。
「このハーブは、虫除けになるので、お野菜の畝の間に植えるといいですよ」
「お水は、日が昇る前か、沈んだ後にあげると、野菜が元気に育ちます」
私の言葉に庭師だけでなく、土いじりを手伝う子供たちも目を輝かせて耳を傾けてくれる。
自分たちが食べるものを、自分たちの手で育てる。
その喜びが、城の人々の間に、小さな一体感を生み出していた。それは、私がこの城に来てからずっと願っていたことでもあった。
ヴィンセント様も執務の合間に時々菜園を訪れ、その様子を穏やかな目で見守っていた。
彼と私の関係も、あのピクニック以来、より一層深まっていた。言葉を交わさずとも、ただ隣にいるだけで、お互いの考えていることが分かるような、そんな安らぎに満ちた空気が、私たちの間には流れていた。
皆が笑顔で働き、食卓には美味しいものが並ぶ。
まるで物語の中のような平和な日々。
この幸せが、ずっと続けばいい。誰もが、そう願っていた。
しかし、北の辺境に訪れた束の間の平穏を王都の闇が見過ごすはずはなかった。
その日の夜。
私がヴィンセント様のためにお夜食のスープを運んでいると、執務室から彼の押し殺したような、低い声が漏れ聞こえてきた。
扉が少しだけ開いていた。私は、見てはいけないと分かりながらも、足を止めてしまう。
部屋の中には、ヴィンセント様とギルバート執事、そして騎士団長のダリウス様の三人が深刻な顔で地図を囲んでいた。
「……やはり、国境付近の動きが怪しい。アルフォンスの差し金で間違いないだろう」
「小規模な盗賊団を装い、我が領地を荒らすつもりか。姑息な手を」
ダリウス様の苦々しい声。
「問題は、それだけではない。王都の穀物商人たちが、我が領地への穀物の輸出を停止する動きを見せていると……。冬を前に兵糧攻めを仕掛けてくるつもりかもしれません」
ギルバート執事の冷静な分析に、私の血の気がさっと引いていく。
兵糧攻め。
それは雪に閉ざされる冬が長いこの北の地にとって、何よりも致命的な一撃だった。
私のせいで王太子の不興を買ったせいだ。
この城の皆を、領民たちを飢えさせてしまうかもしれない。
(そんなこと、絶対にさせない……!)
恐怖に震えながらも、私の胸の奥に一つの強い決意が熱い炎のように燃え上がった。
この豊かな大地と、ここで暮らす大切な人たちを、私が守る。
私の、この料理で。
私はそっとその場を離れると、厨房へと駆け戻った。そして、一枚の羊皮紙を広げ、ペンを握りしめる。
書き出したのは、これから来るであろう長く厳しい冬を乗り越えるための「保存食」のリストだった。
野菜のピクルス、肉の燻製、魚の塩漬け、果物のジャム……。
前世の知識と、この世界で得た知恵を総動員し、来るべき戦いに備える。
私の穏やかな日々は終わった。
けれど、不思議と心は凪いでいた。
守るべきものが、ここにはある。
愛する人たちが、ここにいる。
それだけで、私は、どんな困難にも立ち向かえる気がした。
城の裏の小さな菜園は、新しい活気に満ち溢れていた。
ヴィンセント様の宣言通り、騎士団の若い騎士たちが訓練の一環として土壌の改良を手伝ってくれることになり、専門の庭師の指導のもと、みるみるうちに畑は見違えるように立派になっていった。
私も料理の合間を縫っては菜園に顔を出し、前世の記憶を頼りに、野菜作りのアドバイスをした。
「このハーブは、虫除けになるので、お野菜の畝の間に植えるといいですよ」
「お水は、日が昇る前か、沈んだ後にあげると、野菜が元気に育ちます」
私の言葉に庭師だけでなく、土いじりを手伝う子供たちも目を輝かせて耳を傾けてくれる。
自分たちが食べるものを、自分たちの手で育てる。
その喜びが、城の人々の間に、小さな一体感を生み出していた。それは、私がこの城に来てからずっと願っていたことでもあった。
ヴィンセント様も執務の合間に時々菜園を訪れ、その様子を穏やかな目で見守っていた。
彼と私の関係も、あのピクニック以来、より一層深まっていた。言葉を交わさずとも、ただ隣にいるだけで、お互いの考えていることが分かるような、そんな安らぎに満ちた空気が、私たちの間には流れていた。
皆が笑顔で働き、食卓には美味しいものが並ぶ。
まるで物語の中のような平和な日々。
この幸せが、ずっと続けばいい。誰もが、そう願っていた。
しかし、北の辺境に訪れた束の間の平穏を王都の闇が見過ごすはずはなかった。
その日の夜。
私がヴィンセント様のためにお夜食のスープを運んでいると、執務室から彼の押し殺したような、低い声が漏れ聞こえてきた。
扉が少しだけ開いていた。私は、見てはいけないと分かりながらも、足を止めてしまう。
部屋の中には、ヴィンセント様とギルバート執事、そして騎士団長のダリウス様の三人が深刻な顔で地図を囲んでいた。
「……やはり、国境付近の動きが怪しい。アルフォンスの差し金で間違いないだろう」
「小規模な盗賊団を装い、我が領地を荒らすつもりか。姑息な手を」
ダリウス様の苦々しい声。
「問題は、それだけではない。王都の穀物商人たちが、我が領地への穀物の輸出を停止する動きを見せていると……。冬を前に兵糧攻めを仕掛けてくるつもりかもしれません」
ギルバート執事の冷静な分析に、私の血の気がさっと引いていく。
兵糧攻め。
それは雪に閉ざされる冬が長いこの北の地にとって、何よりも致命的な一撃だった。
私のせいで王太子の不興を買ったせいだ。
この城の皆を、領民たちを飢えさせてしまうかもしれない。
(そんなこと、絶対にさせない……!)
恐怖に震えながらも、私の胸の奥に一つの強い決意が熱い炎のように燃え上がった。
この豊かな大地と、ここで暮らす大切な人たちを、私が守る。
私の、この料理で。
私はそっとその場を離れると、厨房へと駆け戻った。そして、一枚の羊皮紙を広げ、ペンを握りしめる。
書き出したのは、これから来るであろう長く厳しい冬を乗り越えるための「保存食」のリストだった。
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前世の知識と、この世界で得た知恵を総動員し、来るべき戦いに備える。
私の穏やかな日々は終わった。
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