ほら、ホラーだよ

根津美也

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44.不穏な空気

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44.不穏な空気

 だんだん日が短くなってきた。掃除当番なんかしてちょっとぐずぐずしていると、下校する頃は薄暗くなりはじめる。

 その薄暗くなりかけた頃から日没までの間を“おうまがとき”というらしいんだけど、その時間帯はあまり人が見えないようなものがぼくには見える。

 国道ぞいの交通事故が多い場所では、そこで事故にあったらしい人たちの姿が、ぼうっと見える。
 道端をふらふら歩いている浮遊霊のようなものも見える。たいていは通りすがりだけれど、いつも決まって出てくる常連さんもいる。“ティッシュ配り”ってぼくはひそかによんでいるんだけど、そいつは道を行く人に近寄っていって、何かを手渡そうとするんだ。だけど、道行く人は見えないから無視して通り過ぎる。中には何かを感じて顔を向ける人がいるけれど、そこまでで、見えているわけではないからやっぱり無視して通り過ぎる。

 ぼくのところにもやってくる。ぼくは見えてるけど、みんなと同じように無視して通り過ぎる。すれ違いざま、そいつがこんなことをつぶやいてるのが聞こえる。

 「ねえ、おくれよう、きてくれよう、おくれよう、きてくれよう」
 要するに、そいつは何かを渡すと見せかけて、何かがほしいんだ。そして、うっかりそいつが手渡そうとしたものを受け取りなんぞしたら、そのとたんにそいつは受け取った人をどこかに連れて行こうとするに違いない。ああいうのに関わったらどうせろくなことにはならない。無視するに限るんだ。

 まあそんなふうに、この世ならぬものが、夕暮れ間近になると見えるんだけれど、ここ最近、そうしたお馴染みさん達にまじって、アマノジャクの“屁”をちらほら見かけるようになった。
多いときは、学校から家に帰る間に3回くらい出くわすときがある。

「あのアマノジャクの“屁”なんだけど・・・」
 ある日、例によって部屋にたむろしている座敷おやじたちになんとなく話をきりだした。
「うむ?アマノジャクの“屁”がどうかしたか?」
「あれ、最近、増えてるみたいなんだけど」
「うむ。増えてる」
「なんで?」
「なんでって、アマノジャクがあっちゃこっちゃ行って増やしてきたんじゃろ?」
 「だけど、なんでここらへんをうろついてるの?」
 「多分、あの中に詰まっている“思い”たちが、“思い”を発した張本人を訪ね歩いているんじゃないかな?」
「訪ね歩いてどうするの?」
「さあ、どうするんかのう?アマノジャクよ。あれ、何をやらかすつもりなんじゃ?」
 座敷オヤジは傍らのアマノジャクを振り向いて言った。アマノジャクは知りませんというように両手を持ち上げ、肩をすくめた。
「アマノジャクよ、おぬしは訊ね歩かんでもいいのか? 要するにだな、おぬしの中に詰まっている思いを出したその張本人のところへだ」
アマノジャクはすぐには答えず、なぜかオキビキと何やら相談を始めた。相談がまとまったらしい。発表はオキビキからあった。
 
「アマノジャクのお腹には今、何も詰まってないそうでやすよ」
「詰まってないって?」
「お腹の中は空っぽだそうでやす」
「なに、空っぽとな?」
「はい。だから人を喰いたいとは思ってるそうでやす」
「なんて危険なヤツなんじゃ!」
 再び満場がざわついた。危険なヤツといわれて、アマノジャクはまんざらでもなさそうだった。

「いやいやいや」
 オキビキは立ち上がってあたりを静めるようなしぐさをした。
「アマノジャクが人を喰うって言ってもね、要するに憑依でやすよ。憑依。皆さんも多かれ少なかれやってるでしょう?ちょこっと取り憑いて欲望を満たすってやつ」

「あー、それかあ・・・・」
 どうやらみんなやってるらしい。とんでもないやつらだ。
 オキビキは続けて言った。


「アマノジャクの奴はね、不平不満なんぞ、しみったれたもんは屁にしかならない。人を殺したいほどの強い邪念を持ったやつに出くわさないと、喰う気がおきない、つまり憑依する気がおきない、と、そう言っとります」

 ははあ、今までそういうやつに出くわさなかったために、いまだにニートをつづけているというわけなんだね。

「そういえば」
と座敷オヤジが言った。
「あんたらの留守中、盛岡と仙台のアマノジャクを名乗るものが、訊ねてきたんじゃが、鳥取のアマノジャクは今留守だと言うと、帰っていった。会わんかったかな?」

「あ~、会ったね~」
アマノジャクは目を細めて思い出すような表情をした。
「どんな用事があったんじゃ?」
「デモに行こうってね、言ってたね。国会議事堂の前で、何かに反対するデモをね」

「行ったのか?」

「行かんかったよ。かったるいもん」
 
 どうやら、鳥取出身のアマノジャクは、当分ニートを続ける気のようだ。




ところでアマノジャクの“屁”があたりをうろついていることと関係があるのかないのか、学校ではこのところ問題が多発していた。
5年2組では先生がベランダに締め出されるという事件が起きた。

「5年っていうと、確かヤッチの妹、5年じゃなかった?」
ぼくはヤッチに聞いた。
「ああ、5年だけど、妹は1組なんだ。先生がベランダに締め出されたのは2組。あそこはほとんど学級崩壊だそうだよ」
「へー」
クラスが違うということで、ヤッチはそれ以上のことは知らない様子だった。

 しかし、この手の情報に詳しいのがうちのクラスに一人いた。
八木沢由美子。自称・クラスのジャーナリスト。陰のあだ名は盗聴器。

「首謀者は医者の息子らしいわよ。それとその取り巻きだって。なんでも一学期、その医者の息子の体育の成績に先生は3をつけたんだって。そしたらどうして3なんだ、って親がねじ込んだらしいの。それからなにかにつけて親は先生にいちゃもんをつけるわ、先生はその腹いせのように生徒にいやみを言うわで、だんだん泥沼の戦いになったんだって。

 それであの事件なのよ。

 5年2組では臨時の父母会が開かれて、そこで、先生は指導力不足ということで担任をおろされたそうよ。元2組の先生は“うつ”になって学校にこなくなったって。5年2組は来年の3月まで教頭先生が担任を兼任するんだって。
 
 でも、教頭先生って授業以外で忙しいでしょう。しょっちゅう5年2組は自習だそうよ。だけど、5年生受け持つの大変だよね。体はでかくなってるし、生意気になるし、なんの縛りもないしさ。

 そこいくと6年は内申書っていう伝家の宝刀があるから、先生もいちおう、助かってるんじゃないかな」
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