ほら、ホラーだよ

根津美也

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62.パパは何者?

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 しかし、驚きの声をあげたのはぼくだけではなかった。
おばさんが「にいさん」と言い、マミさんが「世話役さん」と言い、所長さんらしい人は「民生委員さん」と言った。

 え?
 世話役さん?
 民生委員さん?

 おばさんももの問いたげな顔をしている。そんなおばさんにパパはあとで、とでも言うように目配せをしながら、マミさんの肩を2~3度ポンポンとたたき、
「タイコさん。チャタロー連れて帰んなさい」と言った。
そして名刺を取り出すと、笹山さんに向き直った。
「たいへん、お疲れ様でございます。わたくし、福祉法人・砧インテグレーションスタッフサービスで世話役をしておりますこういうものでございます。今後ともよろしくお願い申し上げます。笹山様。いかがでございましょう。こんなところもなんでございますから、これからカラオケにでも繰り出しませんか?ご接待させていただきますよ」

 パパは笹山さんをまるで大事な取引先でもあるかのように手を差し出した。笹山さんはパパの名刺を両の親指と人差し指でつまんでながめながら、パパに言われるままに立ち上がった。
「いやあ、あいにくわしは名刺を切らしておって失礼します。しかし、カラオケはわしゃ好かんなあ」

 そう言いながらもどうやらまんざらでもない様子だ。ご接待ってパパが言ったことが気に入ったのかな?パパはといえば断られたみたいなのに一向に気にせず、笹山さんの腰に腕を回して一緒に歩きながら連れ去らんばかりの勢いでしゃべっていた。

「いえいえいえ、亡くなられた笹山様の奥様はカラオケがお好きでしたねえ。町内会のカラオケ大会でいつもご一緒させていただいておりましたが、奥様は、本当はご主人も連れて来たいんだということをいつもおっしゃっておりました。しかし、ついぞ一緒にいらっしゃることはありませんでしたなあ。今日は、奥様のお好きだったカラオケに行き、奥様を偲んで熱唱しましょう。
 笹山様は誰が好きですか?東海林太郎さん?三波春夫さん?三橋美智也さん?笠置シズ子さん?淡谷のり子さん?菅原都々子さん?美空ひばりさん?」

 突然、笹山さんが立ち止まった。後からついていったぼくたちは笹山さんの後姿が小刻みに震えているのを見た。笹山さんが怒ってどなりだす!とぼくたちはみんなそう思った。

 ところが、笹山さんは泣きだしたのだ。うっうっと泣いてパパの名刺を両手で持っているものだから両手がつながったまま両手で涙をぬぐったので、まるで泣きじゃくっている感じになってしまった。

「そうじゃった。あいつはなあ、カラオケが好きでなあ、いっしょに行かないかとは、まあ、言うとったがなあ、わしゃ機械はようわからん。歌える歌も少のうてな、ええ恰好もでけんからことわっておった。あいつが町内会のカラオケ大会に行くときゃカレーをこしらえてなあ、あとはよろしくってあわただしくでかけていきおったが、そうか、わしを連れてきたいといつも言うとったか・・・。そんなに一緒に行きたいと思ってたんならあんとき一緒にいってやればよかった。今更行ってもあれがおるわけじゃなし、わし1人が歌ってもわびしいばかりじゃ。今日は家に帰って、線香でもあげて寝よう」

 笹山さんはやっと帰る気になったらしい。それにしても意外な展開だった。だけどパパが町内会のカラオケ大会に行っていたなんて、ちっとも知らなかった。

 それに、え? パパはキヌタインテグレーションスタッフサービスの世話役さんなの? 初耳だよ。どうなってるんだ?

 パパは所長さんらしい人に言った。
「所長さん。どうもお疲れさまでした。あとは民生委員の私にお任せください。どうかここを閉めてお帰りください」

 所長さんらしいと思ってた人は、やはり所長さんだったんだ。所長さんは、ホッとして、何度もお礼を言っていた。

 気がつくと、部屋を埋め尽くしていたアマノジャクの屁が一体もいなくなっていた。
 団体交渉は終わりっていうところかな。

 ぼくら一行は所長さんを残して外に出た。
 しかし、外に出てみると外にはまだ数体のアマノジャクの屁がふらふらと浮かんでいた。
 そして、デイホームの門前の道路はバイクとウンコスワリをしている少年たちでふさがれていた。

「まずいな」

 パパが言った。
「まあ、なにもしないとは思うけど、無理して通らなくてもいいだろう。学校の給食室のほうにまわって学校の裏門から出よう」

 デイケアと学校は駐車スペースを共有しながらつながっていた。人が行き来できる通路もあって、境は植え込みと簡単な木の扉でしきられていた。
 ぼくたちはそちらに行こうとしたが、何を思ったか笹山さんが少年たちのほうにつかつかと近づいていった。
 止める間もなかった。

 笹山さんは例の大声でどなった。
「こらーっ!」

「あちゃー」ぼくたちは目をおおった。

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