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1 雨が嫌い
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僕は、雨が大嫌いだ。
大切な人を連れ去ってしまうから。
家で飼っていたポチが死んだ日も雨、幼馴染が僕の元から去った日も雨、親が死んだ日も雨。
「だから、僕は雨が大嫌いだ。」
ぽつり、呟いた声も雨音に消される。
ザーッとバケツをひっくり返したかのような土砂降り。それを学校の生徒玄関の前に立ち尽くして僕は見ていた。今日の天気予報では雨にならないと言っていたはずなのに。
「はあ……」
思わず溜息が零れる。憂鬱だ。途轍もなく憂鬱だ。雨が大嫌いだからだ。嫌な記憶しかない。
今度は何を僕から連れ去ってしまうのだろうか。そう考えてしまうのも仕方がない。二度あることは三度ある、という言葉もあるくらいなのだから。
しかしもう、僕には大切なものなんて無いのに。これ以上何がなくなるというのだろうか。
「はあ……」
今日は午前授業だった。ちなみに今は放課後。時間は……十二時五十六分。帰宅部の僕はもう帰る時間だ。
しかし僕は傘なんて持ってきていないので、このまま走って帰っても風邪を引くだけだろう。家までは歩いて二十分程かかるから。
ならば、と踵を返す。建物の中で雨宿りしようと思って。
別に今すぐ帰らなくても、他の部活動の人もまだ残っているから早く帰れと追い出されはしないだろう。
天気予報にない雨ということはきっと通り雨……だろうし。帰る時間が遅くなるのは嫌だがそうするしかない。
まだ雨は上がらない。
暇だから自分の教室にいよう。座れる場所がいいし、動き回るのもダルいし。
そうと決まれば三年二組まで歩く。暇つぶしも兼ねているのでゆっくりと。
しかしどんなにゆっくり歩いてもいつかは目的地に到着するわけで。もう着いてしまった。ああ、暇つぶしにもならない。
三年二組の教室の扉の前で僕はふっと息を吐く。自分が所属する教室は、何故か他の教室と違って謎の安心感がある。いつもここにいるからだろうか。本当に謎だ。
そんなどうでもいいことをつらつらと考えながら、ガラ、と扉を開けるとそこには……
見知らぬ女子生徒が教室の中で窓の外を見ていた。ふわふわの黒髪は背中の辺りまで伸びている。
僕が扉を開けた音でこちらを向いたその子をじっと見て思ったのは、どこにでもいそうな子だなあ、ということだけだった。
僕とその子は数秒見つめ合う。その間ずっと相手はパチパチと瞬きを繰り返す。
「あ……このクラスの人?」
鈴を鳴らしたような声、というのはこういう声なのだろう。そんなことをふっと思う。まあそれはいい。
「あ、うん。そうだね。……君は? このクラスでは見たことないけど。」
僕の疑問にその子はすぐ答えてくれた。
「あ、私は雨宮 さら。……隣のクラスだよ。」
雨宮は笑顔でそう言って、コテンと首をかしげる。
「そう。僕は皐月 遥。」
「じゃあ、るかって呼ぶね。」
ニコニコ笑顔でそう言う雨宮。その笑顔はこの雨模様に似合わないくらい晴れやかだ。
「なんでその部分を抜き取るのさ。は、も入れてやれよ。僕は遥って名前なんだから。」
「えー、なんとなくそっちの方が似合ってるって思ったんだもん。ああそうそう、私のことはさらって呼んで?」
「あー、うん。分かった。……さら。」
僕が名前を呼ぶと一層ニコニコ笑顔になるさら。
「そういえば、るかは教室に戻ってきたようだけど……何か用があったの?」
「ああ……ただの暇つぶし。雨が止むまでの。傘を忘れてきちゃってね。」
「なるほど。確かにざんざん降りだものね。この中を傘無しで帰るのは厳しいよね。」
さらはスッと窓の外を見やる。それに倣って僕も外を見るとまだ土砂降りが続いていたのが見えた。ああ……早く、早く止まないかな。何度も言うが雨なんて大嫌いなのだから。未だに振り続ける雨に、気分はどんどん落ちていく……
「るか、どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ。」
「なんでもないって顔じゃないよ? ほら、何も知らない赤の他人に話してみなさいな? それか私のことを壁だと思って、壁に向かって話すかんじでさ!」
そんなこと言われても……いや、でも赤の他人だからこそ言いやすい所があるのかもしれないのか。ううむ、どうするべきか。
僕が言うかどうか悩んでいる間も、さらは未だに聞く体制のままこちらをじっと見つめていた。
「……わ、分かった。じゃあ壁だと思って話すよ。」
「オーケー。」
「……壁は返事しないんじゃないの?」
「そっか。ごめんごめん。はい、どうぞ。」
「あ、うん。……じゃあどこから話そうかな。そうだ、事の始まりから……
大切な人を連れ去ってしまうから。
家で飼っていたポチが死んだ日も雨、幼馴染が僕の元から去った日も雨、親が死んだ日も雨。
「だから、僕は雨が大嫌いだ。」
ぽつり、呟いた声も雨音に消される。
ザーッとバケツをひっくり返したかのような土砂降り。それを学校の生徒玄関の前に立ち尽くして僕は見ていた。今日の天気予報では雨にならないと言っていたはずなのに。
「はあ……」
思わず溜息が零れる。憂鬱だ。途轍もなく憂鬱だ。雨が大嫌いだからだ。嫌な記憶しかない。
今度は何を僕から連れ去ってしまうのだろうか。そう考えてしまうのも仕方がない。二度あることは三度ある、という言葉もあるくらいなのだから。
しかしもう、僕には大切なものなんて無いのに。これ以上何がなくなるというのだろうか。
「はあ……」
今日は午前授業だった。ちなみに今は放課後。時間は……十二時五十六分。帰宅部の僕はもう帰る時間だ。
しかし僕は傘なんて持ってきていないので、このまま走って帰っても風邪を引くだけだろう。家までは歩いて二十分程かかるから。
ならば、と踵を返す。建物の中で雨宿りしようと思って。
別に今すぐ帰らなくても、他の部活動の人もまだ残っているから早く帰れと追い出されはしないだろう。
天気予報にない雨ということはきっと通り雨……だろうし。帰る時間が遅くなるのは嫌だがそうするしかない。
まだ雨は上がらない。
暇だから自分の教室にいよう。座れる場所がいいし、動き回るのもダルいし。
そうと決まれば三年二組まで歩く。暇つぶしも兼ねているのでゆっくりと。
しかしどんなにゆっくり歩いてもいつかは目的地に到着するわけで。もう着いてしまった。ああ、暇つぶしにもならない。
三年二組の教室の扉の前で僕はふっと息を吐く。自分が所属する教室は、何故か他の教室と違って謎の安心感がある。いつもここにいるからだろうか。本当に謎だ。
そんなどうでもいいことをつらつらと考えながら、ガラ、と扉を開けるとそこには……
見知らぬ女子生徒が教室の中で窓の外を見ていた。ふわふわの黒髪は背中の辺りまで伸びている。
僕が扉を開けた音でこちらを向いたその子をじっと見て思ったのは、どこにでもいそうな子だなあ、ということだけだった。
僕とその子は数秒見つめ合う。その間ずっと相手はパチパチと瞬きを繰り返す。
「あ……このクラスの人?」
鈴を鳴らしたような声、というのはこういう声なのだろう。そんなことをふっと思う。まあそれはいい。
「あ、うん。そうだね。……君は? このクラスでは見たことないけど。」
僕の疑問にその子はすぐ答えてくれた。
「あ、私は雨宮 さら。……隣のクラスだよ。」
雨宮は笑顔でそう言って、コテンと首をかしげる。
「そう。僕は皐月 遥。」
「じゃあ、るかって呼ぶね。」
ニコニコ笑顔でそう言う雨宮。その笑顔はこの雨模様に似合わないくらい晴れやかだ。
「なんでその部分を抜き取るのさ。は、も入れてやれよ。僕は遥って名前なんだから。」
「えー、なんとなくそっちの方が似合ってるって思ったんだもん。ああそうそう、私のことはさらって呼んで?」
「あー、うん。分かった。……さら。」
僕が名前を呼ぶと一層ニコニコ笑顔になるさら。
「そういえば、るかは教室に戻ってきたようだけど……何か用があったの?」
「ああ……ただの暇つぶし。雨が止むまでの。傘を忘れてきちゃってね。」
「なるほど。確かにざんざん降りだものね。この中を傘無しで帰るのは厳しいよね。」
さらはスッと窓の外を見やる。それに倣って僕も外を見るとまだ土砂降りが続いていたのが見えた。ああ……早く、早く止まないかな。何度も言うが雨なんて大嫌いなのだから。未だに振り続ける雨に、気分はどんどん落ちていく……
「るか、どうしたの?」
「……いや、なんでもないよ。」
「なんでもないって顔じゃないよ? ほら、何も知らない赤の他人に話してみなさいな? それか私のことを壁だと思って、壁に向かって話すかんじでさ!」
そんなこと言われても……いや、でも赤の他人だからこそ言いやすい所があるのかもしれないのか。ううむ、どうするべきか。
僕が言うかどうか悩んでいる間も、さらは未だに聞く体制のままこちらをじっと見つめていた。
「……わ、分かった。じゃあ壁だと思って話すよ。」
「オーケー。」
「……壁は返事しないんじゃないの?」
「そっか。ごめんごめん。はい、どうぞ。」
「あ、うん。……じゃあどこから話そうかな。そうだ、事の始まりから……
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