上 下
9 / 19
僕はテディー

いち

しおりを挟む
 全ての始まりは、ご主人様との出会いだった。




 この世にある『物』は自分の意志で体を動かすことは出来ない。それでも、想いや感情はある。僕は普通の動かないテディベアとしてお店にちょこんと座らせられながら、僕のご主人様となってくれる人を今か今かと待っていたんだ。毎日がドキドキだったよ。

 そしてある日。……あの日は確か晴れだったかな。晴れているから良いことがあるといいな、とワクワクしていた日のこと。

「あ、このくまかわいいっ! ねぇねぇお母さん、買ってー?」

 鶴の一声が聞こえた。とても可愛い声の。その声の主、小さな女の子が母親に僕をねだったのだ。この子が後のご主人様、ひとみちゃんである。名前の通り、とても綺麗で澄んだ目をしている子だったよ。

「うーん、そうねぇ、それなら……この子を買う条件として、勉強を頑張るっていうのはどうかしら?」
「うん! 私頑張る! だから買って!」
「……分かったわ。大事にするのよ?」
「うん!」

 そんなやり取りの後、僕は瞳ちゃんに買われた。家に帰るまでの道中、瞳ちゃんはニッコニコの笑顔で僕を抱えた。途中、『もふもふ気持ちいい~』などと呟いて僕のお腹に顔を埋めながら。

「そうだ。名前を決めてあげないと! そうね……あなたの名前はテディーだよ!」

 その時の瞳ちゃんの笑顔はとても綺麗だった。今でも鮮明に思い出せるほど。



 僕はとても嬉しかった。テディベアとして生まれてからずっと望んでいた『ご主人様』が出来たのだから。それに名前まで付けてもらえたんだから。

 テディーと呼ばれる度、僕の心に温かいものが溜まっていった。



 そして今、瞳ちゃんにぎゅっと抱きしめられて幸せを感じた。ああ、こんなに幸せで良いのだろうか、とも考えてしまった程。それくらい瞳ちゃんとの出会いは運命的で、過ごした時間は幸福で満ち溢れていた。





 それからというもの、瞳ちゃんはどこに行くにも僕を連れて行ってくれた。だから僕も瞳ちゃんと一緒に景色やお店、食べ物などなどいろんなものを見ることが出来た。こんなに世界は素敵なもので溢れてるんだ! と感動したのを今でもハッキリと覚えている。

 全てがキラキラと輝いて見えて、僕はテディーとして幸せすぎるくらいの幸せを感じていた。










 だからかな。多分、この時に一生分の幸せを使い切っちゃったんだと思う。
しおりを挟む

処理中です...