生贄少女とヴァンパイア

秋ノ桜

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兄弟とワニ

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sideルシアス

水晶から逃げ惑う声が聞こえる。

その声が俺の心臓を引っ掻くように煽った。


「あのワニどんだけ体力あるんだよ!!本当にワニなの!?中におっさんとか入ってんじゃねぇの!?」  


そんな緊迫した中でもルディは馬鹿を発揮する。


「あんたバカ言ってんじゃないわよ!!おっさんが入ってるにしろどんな骨格してんのよ!馬鹿なの!?」


4人ともバテて来ている。


そりゃそうだ、俺らが話している間もずっと走ってんだから。


「木の上に逃げる選択はないのか?」


高いところなら安全だろう。


「さっき、ラルフとダリアが木の上に逃げていたが、あのワニはなかなか賢くてな。木にも登っていたぞ。」


クロウはなんだかんだで見ていたらしい。



「あのワニはまだいいよ。そんなに足も速くないし、狡猾じゃない。」


ライアスはきっと思い出したくないことを思い出している。


「まだワニがいるのか?」


ちなみに俺も思い出したくない。


「うん、黒いワニが一番危ない。」


でも隣で話されていたら嫌でも思い出す。


「黒いワニ?」

「うん、真っ黒。夜の闇に溶けるのがうまくてね…危うく死にかけたよ。」


10歳の頃、まだ俺らに何のわだかまりもなかった頃の時代だ。


「ちなみに助けたのは俺だ。俺も死にかけた。」


本当にガキの頃だった。


その黒いワニはまだいるんだろうか。


「そう言えばここに来る前にそんなようなことを言っていたな。まさかワニと一悶着あったとは。
そんなにヤバいワニなのか?」


「ヤバい、なんて言葉じゃ片付けられないよ。狡猾で残忍、まさに化け物だった。」



10歳のヴァンパイアは人間の男10人分の力に相当する。

そんな俺たち2人が泣き喚いた挙句に死にかけた。


「そのワニ、殺して帰ったと言ってくれ。」


クロウは不安気に俺らを見た。


「まさか。きっと今もどこかでピンピンしてる。」


最後の一撃を入れたのは俺だった。


全力で振り上げた拳はもちろん無駄に終わったけどな。


そのせいで俺は危うく片腕を無くすとこだった。


「あれだけ追っかけられてるんだ、いくらアイツらでもさすがに水辺には近寄らないだろう。」


そう願いたい。

「それもそうだ」
「っ!!!」
「クロウ!!!」


何も理解ができなかった。


地面が崩れて体のバランスがいきなり崩れた。


人間であるクロウを庇って崩れていたバランスがさらに崩れる。


俺はそのまま奈落の底へ落ちていった。


*********************


「………ス………ルシ……ス…ルシアス」
「ん……」


誰か呼んでる。


「ルシアス!起きて!!」


!!!


「っ!!!」


あぁ、なんだ、兄さんか。


まだ夜だよ…ねかせてよ。
「兄さん…なんだよ…うるさ」
「立って!!早く逃げないと!!」


兄さんは意識がしっかりしていない俺を無理矢理起こす。


「ちょっ…兄さん、何でそんなに」
が来る!!」


兄さんの言葉に記憶が頭の中で走り回る。


俺は兄さんとこの島に取り残されて何日も逃げ回っていたんだ。


「あ…あぁ…アイツか…」


体が震えるのがわかった。


「ほら!早く!!」

「う…うん!」


頭が痛い、ガンガンする。


「ルシアス、大丈夫。きっと助かるよ。」


震える俺の手を引く兄さんが頼もしかった。


兄さんの手も震えてる。

怖いんだ、こんなに気丈に振る舞っていても。

俺ばかり怖がっていてどうする。


俺だって兄さんを守らないといけない。


だって兄さんはたった1人の俺の兄弟だ。



「ルシアス、あそこ!あの崖の上ならきっと追ってこない、だから…」


兄さんが足を止めた。


「何?…兄さん、どうしたの?」



ガサガサガサッ…


「近くにいる……」


心臓が凍ったみたいに冷たくなる。


「え?」


ガサガサガサッ!!!


音がする。


近いのに色々なところから音がして場所が特定できない…


周りを見渡していると、林の影に黄色く光る何かがある。


その光る何かが目だと気づいた時にはもう遅い。


ワニは兄さん目掛けて飛びついて来た。

「兄さん!!!」

俺は咄嗟に兄さんの手を引いて兄さんを守った。


その結果が最悪な事態を招いた。


「ぎゃあぁぁぁあっ!!!」


「ルシアス!!」


ワニは俺の腕に噛みついて来た。


ワニの鋭い歯が肌を突き破り筋肉を割く。


一瞬息を忘れるような痛みだった。

それからがもっと最悪だ。


痛みに全てを支配されて身動きが取れなくなる。

恐怖が全身を覆ってそのままどこかへ引きずられて行った。

途切れ途切れで見える景色。

この少し先には湖がある。


きっと俺はそこへ引き込まれる。




「ルシアスー!!!」


痛みと恐怖の中で兄さんの声だけははっきり聞こえた。


「に...兄さん...!!!」


助けて!!!!


痛くて痛くて怖くて苦しくて力が入らない。


「待て!!!ルシアスを返せー!!!」



兄さんは必死に俺を追いかけて来てくれる。


だけどもう...


「嫌だ!!!待って!!連れて行かないで!!!」


最悪の結末は避けられない。

泣きながら手を伸ばす兄さんをあざ笑うかのようにワニは俺を湖に引き込んだ。


今まで生きてきた中でこんなにも苦しい思いをしたことがない。


呼吸がしたいのに水の中でそれはできない。


逃げたくてもワニは俺の手を離さないし、俺はこの巨大なワニから逃げる術もない。


どんなにもがいて暴れてもこのワニには通用しない。


そんな俺に、ワニはトドメを刺してくる。


「あがっ...!!!げほっ!!!」


理解のできない動きだった。


ワニは俺を咥えたまま水中でグルグルと回り始めてしまった。


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