いぬがみとうま🐾短編集

いぬがみとうま🐾

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(異ファ/戦記)蒼墨のロジスティシャン 〜事務屋の勝利確定計算〜

第1話:死の進軍会議

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 戦争とは何か。
 吟遊詩人はそれを英雄の叙事詩と呼び、騎士はそれを名誉の祭壇と呼ぶ。
 だが、事実は一つだ。

 戦争とは、正しい場所へ、正しい時間に、正しい量の物資を届ける「納品デリバリー」に過ぎない。
 剣を振るう腕も、敵を貫く矢も、それを支えるのは気合ではなく、一グラムの肉と一袋の塩だ。

 戦場の神は、英雄の剣の中にはいない。事務屋の帳簿の中にこそ宿る。
 これは、数字という最強の武器で地獄を管理し、無能な世界を書き換えた一人の田舎の青年の記録である。



 ――帝国北境軍本営。
 黄金の装飾が施された会議室には、暖炉から溢れる熱気と、高級ワインの芳醇な香りが充満していた。窓の外では命を刈り取るような吹雪が猛威を振るっている。この部屋の温もりは、外で震える兵士たちの犠牲の上に成り立つ不当な果実だ。

「敵要塞グスタフを三日で落とす。帝国の誇りと騎士の魂があれば、雪など障害にもならん!」

 円卓の主座で、バルバロス将軍が吠えた。脂ぎった顔を赤く染め、豪華な軍服の胸を張る。周囲の貴族将校たちは一斉に拍手を送り、口々に「名采配です」「精神力こそが最強の武器だ」と追従を並べ立てた。

 その熱狂の圏外。
 部屋の隅に置かれた質素な椅子に、深い青色のマントを羽織った青年が座っていた。

 ロジ・カルク。
 大きめの銀縁丸メガネが暖炉の光を反射し、その奥にある瞳の動きを隠している。彼は周囲の阿呆な会話には目もくれず、膝の上で広げた帳簿に、懐から取り出した万年筆を走らせていた。

 蒼墨あおずみ
 吸い込まれるような深い蒼のインクが、白い紙に冷酷な事実を刻んでいく。
 ロジの指先が虚空でかすかに動いた。
 空中算盤エア・アバカス。彼の脳内に構築された数式が、将軍の計画を瞬時に解体し、無価値なゴミへと変えていく。算出された結果は一つ。

 ――全軍壊滅まで、残り七十二時間。

「……計算が合いませんね」

 喧騒を切り裂くような、硬質な声だった。
 一瞬にして会議室が静まり返る。すべての視線が、部屋の隅に座る「事務屋」へと注がれた。

「何だと、植民地出身の三等市民が。私の神聖な作戦に口を挟むつもりか?」

 バルバロスが不愉快そうに目を細める。ロジはゆっくりと立ち上がり、丸メガネの位置を指先で直した。

「事実を述べているだけです。馬一頭が一日、雪中行軍で消費する飼葉は最低でも五キログラム。全軍三千騎。これに兵士三千人の消費カロリー、防寒用の燃料、さらには積雪による移動速度の低下を係数として加味すれば、答えは明白だ。二日目の正午、あなたの誇り高き騎士団は空腹で剣も振れなくなり、三日目の朝には動かなくなった馬を食う羽目になる」

 ロジは帳簿をバルバロスの方へ向けた。そこには緻密な数字の羅列がある。

「はあ、足し算すらできなそうだな……。根性で胃袋が膨れるなら、軍に調理兵はいらない。お前ら貴族が通う初等学院からやりなおせ。そこなら、一足す一が二になることくらいは教えてくれるはずだ……と、私の父なら言いそうですね」

 沈黙。
 次の瞬間、バルバロスは手元にあったワイングラスをロジの足元へ投げつけた。

「貴様ぁッ! 『算術の加護』しか持たぬ底辺が、「騎士の加護」を持つ、この私に楯突くというのか! 心が貧しいから数字に逃げるのだ。戦いは気合だ! 名誉だ!」

「先述の通り、名誉で腹が膨れるなら、私は今すぐ計算を止めましょう。だが現実は違う」

 ロジは足元で砕けたガラスの破片を一瞥し、懐から再び青墨の万年筆を取り出した。

「さらに愚策が続きますね。士気を高めるためと称し、食料車を二台減らして酒樽を積めと下官に指示を出したのはあなただ。大樽十二個。重量にして約一トン。その重さの分、兵士が凍死する確率は指数関数的に跳ね上がる」

「黙れ! 輜重兵荷運びの分際で私に意見するな!」

 バルバロスは顔を真っ赤にし、机に置かれた書類をひったくると、殴り書きのような署名を叩きつけた。

「命令だ! ロジ・カルク兵長。貴様はその酒樽を引いて、最前線のグスタフ要塞直下へ向かえ。補給も増援もなしだ。臆病な計算機は、そこで雪に埋もれて死ぬがいい!」

 それは事実上の死刑宣告だった。
 周囲の将校たちが嘲笑を浮かべる。だが、ロジの表情は微塵も動かない。彼は万年筆のキャップをカチリと閉め、バルバロスが署名した書類を丁寧に回収した。

「……承知しました。命令者の欄に、あなたの署名を確かにいただきました。全責任はバルバロス将軍にある。記録完了です」

 ロジは優雅に一礼し、青いマントを翻して会議室を後にした。

 廊下に出ると、そこには一人の少女が立っていた。
 帝国軍の重鎧を纏い、ポニーテールを揺らす少女剣士、ティナ。彼女はロジの姿を見るなり、深いため息をついた。

「ロジ様。またやってしまいましたね。廊下まで丸聞こえでしたよ。『初等学院からやりなおせ』は、さすがに言い過ぎです」

「俺の父の言葉を引用したまでだ。ティナ、準備をしろ。これから地獄へ行くぞ」

 ロジは廊下の窓から、闇に閉ざされた雪原を見つめた。
 丸メガネの奥で、彼の知性が次の「計算」を開始する。

「……ロジ様。あんな絶望的な戦地へ送られるのに、どうしてそんなに落ち着いているのですか? 補給も届かない場所なんですよ」

 ロジは薄く、不敵な笑みを浮かべた。

「これから起こることは、俺の頭では既に起こってることだ」

 彼はティナに向き直り、青墨の汚れがついた指先で眼鏡のブリッジを押し上げた。

「ティナ、今すぐ市場へ行くぞ。軍が『廃棄物』として処理した脂身と、底に穴の開いたボロ布をすべて買い占める。三日後、それらは金より重くなる」

 ロジの声には、絶対的な勝利への確信が宿っていた。

「さあ『確かめ算』を始めよう。無能がいつ、どこで、どのように飢えに泣き叫ぶのか。しっかりと俺の万年筆で書き込んでやる」


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