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第十二話 「平穏な日々の終焉」

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 数日後の夕暮れ時、浮湖荘の廊下を軋ませながらノシノシと歩く覇智朗――

「なぁ、紫理はん。ちょっと話があるんやけど」
「手短にして貰える、覇智朗。私も調べものが有るんだけど」
「いや、簡単な話やねん。まぁ、厚意で置いて貰うてるのも気が引けて、何か役に立たれへんかと思うて考えたんや」
「あらっ、貴男にしたら珍しい事」
「ここは紫理はんを始め、女の子ばかりやんか。何かあったら取返しが付かへんさかい、わいが夜間の見回りしたろうかと思うてんねん、どうや?」
「覇智朗が寝ずの番をしてくれるって訳ね?」
「まぁ、そう言うこっちゃ。ええ話やろ?」
したり顔でまともな事をもっともらしく語る覇智朗。

(ふーん、どうだか。下心見え見えなんだけどね)
両手を組んで考える素振りをしながら、覇智朗をチラリと見る。

(そうね)
何かが閃いた紫理は悠然と微笑むとニコリと笑いかけた。

「そうしてくれると安心だわっ。じゃあ、頑張ってっ!」
そう言うと、覇智朗の背中をポンっと軽く叩く。

「おっしゃ! 任せときぃな!」
紫理の承諾を得て、鼻息も荒く覇智朗は来た廊下を歩き戻っていく。
だが、その背中には一枚の紙がヒラヒラと棚引いている。
無論、紫理によって張られたお札であるが、当の覇智朗が気付く由も無い。


 その日の深夜――

(へっへっへっ。先ずはやっばり、女主人の紫理はんに敬意を表して、彼女の部屋に一番に忍び込むのが道理っちゅうもんやろっ)

流石、勝手な理屈のこじつけは大したものである。
全身黒づくめの出で立ちで身を包み、抜き足差し足忍び足で慎重に歩を進める。
夜回りと云うよりは、これは夜這いと言う方が正しいであろう。

 夜空が雲に覆われ差し込んでいた月光が消えて行く――

(紫理はんの部屋は、ここを真っ直ぐ行って、右に曲がって一番目の部屋や。間違えたくても間違えへんわい)
下卑た笑みを浮かべる覇智朗、きっと頭の中は千紫万紅の花が咲き乱れているのだろう。

(さぁて、着いたでぇ。ここや。ここの筈なんやけど?)
覇智朗は目を擦り、何度も何度も周囲をキョロキョロと見渡す。

(何で、部屋が無うてずっと廊下が続いとるんや? なんぼ望月家の別荘が広いちゅうたかて?)
覇智朗は首を傾げ乍ら、再び歩き出す。

(きっと、気が逸って曲がる所を間違えたんや。そうに違いない、何せ来たばかりの人様の家なんやし)
気を取り直して来た道を戻る覇智朗、だが何処をどう歩いても部屋らしきものが見つからない。

(どういうこっちゃ? わい、家の中で迷子にでもなってしもうたんか?)
ふと腕にはめた時計を見ると、既に1時間以上経過している。

(アカン・・・。もう、歩かれへん。悪夢や・・・)
普段の運動不足も祟ってか、覇智朗の足は棒の様になり、その場にしゃがみ込んでしまう。

そんな姿を覗き穴から声を潜めて様子を見ていた紫理、声を殺して笑っている。

(1時間も歩いたんだから、今夜はもう流石に限界でしよっ。貴男の背中に貼ったのは【迷道札】、目的のモノを見つけられずに彷徨い歩くのよ。まぁ、今夜はこれ位で勘弁してあげましょうか)
クスリと笑った紫理は、人差し指と中指を立て、刀印を作ると、顔の前で左から右へと軽く振った。

ハラリと剥がれた札は、床に落ちる前に空間に溶ける様に消えて行ったのである。

(でも、このまま大人しく諦める訳はないわね)
そう言うと紫理は大きく溜息を付いたのであった。


 翌日の夕方、展望台の露天風呂で彩暉達8人が湯に浸かっている――

「しばらくは身体を休めておく様にって、紫理さんに言われたけどさ」
「素直に湯あみを楽しもうよっ」
望永と慧が話している。

「ねぇ、何話してるの?」
湯舟の湯を描き分ける様にして、彩暉が近づく。

「骨休みしとけって言われてもって話。ところでさぁ・・・」
「ん? 何?」
しげしげと彩暉の胸元を見つめる望永。

「彩暉ちゃんの胸。何度見ても、大きいなぁって思ってさ」
「うん。あたしもそう思う」
「ちよっと。止めてよ。2人とも」
恥ずかし気に顔半分を湯に埋める彩暉。

「ねぇねぇ、デカイ胸にする方法とかあったら、教えてくんない?」
「あ、わたしも知りたい!」
いつの間にか、栞寧と遼歌も近寄っている。

「ねぇ、奈々聖ちゃんも知りたいよね?」
「あ、あたしは別に。そんな事!」
栞寧に言われ、チラリと彩暉を見る奈々聖。

「相変わらず、下らねぇ事に興味持つなぁ。アイツ等!」
「あら、そう言う歩南だって実は興味あったりして?」
「ざーんねん、あちはそんな事に全然、興味無えよ。おっとぉ・・・」
「ん? どうかした?」
「いや、ちょっとした思い付きっ」
歩南がニヤリと笑った。

「うふふっ。お手柔らかにしてあげてね」
そう言った結那もクスリと笑ったのである。

「おいお前ら」
「何? 歩南さん?」
「まあ、彩暉はどうしてるか知らねぇけど、紫理のやってる涙ぐましい努力なら知ってるぜ」
歩南は吹き出しそうになるのを堪え乍ら、皆を見回す。

「そう言えば、紫理さんも」
「大きいよね」
「うんうん」
「ねぇ、穂波さん。紫理さんのやってる方法、知ってるなら教えてよっ」
興味津々で歩南の元へと集まる少女達、彩暉だけはきょとんとして取り残されている。

「実はな・・・。ゴニョゴニョ」

「えーっ! うっそぉぉぉっ!」
「いや、それ位の努力は必要なんだよ。きっと」
「ボクは無理だなぁ」
「あたしも無理だわ」
「でも、彩暉ちゃんみたいに成れるかもよ」
ワイワイ・キャイキャイと叫ぶ声が響いた。

「歩南、あの娘達に何て言ったの?」
いつの間にか、結那が歩南の側に来ていた。

「毎晩、真っ赤になるまでタワシで胸を擦って脹れさせ続けるって言ったら、アイツ等、信じちまってさぁっ。もう、可笑しいったら無いぜっ。笑えんだろ、結那っ」
「呆れた」
「ちなみに紫理の部屋には擦り切れたタワシが山積みになってるって補足してな」
必死に笑いを堪える歩南だが――

「あら、楽しそうね。 何の話?」
露天風呂に紫理の声が聞こえ、恐る恐る振り向く歩南。
結那は我関せずと言った面持ちである。


「紫理さん、聞きたい事が有るんですけどぉ!」
5人の少女達が紫理を取り囲み、一斉に捲し立てた。

「歩南! ちょっとっ!」
気配を消して抜け出そうとした歩南だが、果たしてこの後にどうなったかは想像して頂く事にしよう。


「歩南の下らない話はここで終わり! それよりも、皆。夜寝るときはちゃんと戸締りする様にね」
「盗人(ぬすっと)ですか?」
皆の顔が真剣になる。

「それ程の悪党じゃないけど、あまり良い輩じゃないから。気を付けるのよ」
こうして解散となったのである。


 さて、数えて2日目の深夜――

(昨日は何や、狐につままれたみたいやったけどなぁ、ひっひっひっ。今夜は、美少女・奈々聖ちゃんの部屋に突入やぁ)

一向にめげない覇智朗、2本のヘアピンを器用に使って部屋の鍵を開ける。

カチャリ
(よっしゃぁ。開いたわ)

なるべく音を立てない様に最大の注意を払ってドアを開けた瞬間――

「【怒涛の水爆】!」
奈々聖の声とともに、中庭の池の水が全て巻き上がり開けられた窓から覇智朗に向かって叩きつけられた。

「うわあぁぁぁっ!」
一瞬で覇智朗は部屋の外へと弾き出される。

「まったく、油断も隙もありゃしない」
ずぶ濡れになった覇智朗が顔を上げると、奈々聖が仁王立ちして睨んでいた。
 3日目――

(やっぱり、しっかりした娘はアカン。大人しい娘がええに決まっとるわい)
気持ちの切り替えが早いと言うか、節操が無いというか、次は遼歌にターゲットを変えた様である

鍵を開け、音も無く部屋へと入ると寝息を立てている遼歌を覗き込む。

(何も知らんと。気持ち良さそうに寝とるやんけ)
更に顔を近づけ様とした瞬間、パッと遼歌の目が開いた。

「きゃあぁぁぁぁぁっ! 曲者ぉぉぉぉっ! 【山蔦の枷】!」
部屋のアチコチに置かれている植木鉢から蔦がスルスルと伸び、瞬く間に覇智朗を雁字搦めに縛り上げる。

「わ、わいやっ! 遼歌ちゃん、助けてぇなぁ!」
「何処かで聞き覚えのある声・・・」
聞きなれた声に驚いた遼歌が枕元の眼鏡を掛ける。

「あ、貴男はっ・・・!」
「頼むわ・・・。遼歌ちゃん、コレ、外してぇな」
情けない覇智朗の姿を目にして、口に手を当てて驚く遼歌であった。


 4日目――

(今夜こそはっ! 小柄な望永ちゃんやったら、イケる)
意気揚々とした覇智朗、ドアの鍵を開けると素早く身を翻す。

ベッドの上には望永が頭まで布団を被り眠っている。

(いざっ!)
タイミングを計って、ベッドへダイブする覇智朗。

バフンッ!
ベッドが揺れて軋んだ。
「ア、 アレ? 居らへんで~」
異変に気付いた覇智朗が布団をめくると、丸めて縛られた座布団が目に入る。

「【飯鋼の刃】!」
カーテンの影から望永が姿を現すと同時に無数のカマイタチが、覇智朗の衣服を細かく切り刻む。
「ボクも見たくないから、最後の1枚は残してあげたよ。それとも、まだヤル?」
望永が不敵な笑みを浮かべる。

「滅相もないわぁぁぁ!」激しく首を左右に振りながら、逃げ出す覇智朗であった。


 5日目――

(連敗やんけぇ~。わいとした事が・・・。まぁ、ええわい。圭ちゃんでリベンジやぁ~)
そろそろ、冷静に物事を判断出来なくなっているらしい。

(鍵が開いとる。そうか、慧ちゃんは待っとってくれたんやなぁ。わいが訪れるのを・・・)
有り得ない想像を膨らませて、部屋にと踏み込む――

「【奈落の蟻地獄】!」
慧の声とともに、部屋の床がすり鉢状に崩れ落ちて行く。

「うわぁぁぁぁぁっ!」
覇智朗の身体が沈んだかと思うと、そのまま中庭へと投げ出された。

「御苦労さんっ!」
覇智朗の見上げた先では窓辺にもたれた慧がにこやかに手を振っていたのである。



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