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第十六話 「山頂の旋風(つむじかぜ)」

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 山伏の装束に一本歯の下駄を履き、背から大きな白い翼を生やした少年がフワリと宙に浮いた。

「朱雀石を狙う者・・・。守護者としては、見過ごせないね」
少年は後ろ手に背後から、ヤツデの大団扇を持ち出すと不敵な笑みを浮かべる。

「結那さん、アレは!」
「えぇ。恐らく、天狗の羽団扇(はうちわ)よ」

 【天狗の羽団扇】とは、天狗の中でも、大天狗等の上位の者のみが持つとされる団扇である。
ヤツデを型取り、羽団扇そのものが強力な神通力を秘めていると言われている。
この羽団扇1本で、飛行・縮地・分身・変身・風雨・火炎・人心・折伏等何でも自由自在である他、持っているだけで妖魔退散の効果もあると伝えられている。

「その羽団扇の持ち主って事は・・・」
「そう、限りなく神に近い存在。つまり、一筋縄ではいかない相手・・・。子供だからって手加減無用よ。分かるわね? 奈々聖?」
「はい!」
結那と奈々聖は宙に浮いた少年に対して結那が前に奈々聖が後ろに並んだ。

「ふ~ん、攻撃と防御かぁ。お姉ちゃん達、息ピッタリじゃん」
少年は面白そうに眺めている。

「一気にケリを付けるわ! 黒影の傀儡(こくえいのかいらい)!」

〈黒影の傀儡(こくえいのかいらい)とは、敵1人の影を乗っ取り、影を乗っ取られた相手を逆に自由に操る妖術である〉

結那の放った影針が少年の影に向かって飛んだ。

(貰った)
結那がそう思った瞬間、影針が影へと届く寸前に少年はヒラリと身を翻し、影針は何も無い地面へと突き刺さった。

「ふうぅぅぅ、危ない危ない。お姉ちゃん、影使い? じゃあ、ボクとの相性は最悪だね」
少年は宙に浮いたまま、手にした大団扇を振り下ろす。

〈ゴオォォォォッ!〉
瞬時に旋風が巻き起こり、竜巻となって2人へと向かった。

「不動の水鏡(ふどうのみかがみ)!」
結那と位置を入れ替えた奈々聖が印を結び、前面へと突き出す。

〈不動の水鏡(ふどうのみかがみ)とは、自分の前面に水分を凝縮し、妖術も跳ね返す鏡の様な盾を出現させる妖術である〉


〈バシッ! ビシビシビシッ!〉
奈々聖の術で作り出された立てに旋風が叩きつけられる。

「そ、そんなっ!」
手印を結び直した奈々聖、だが少年の放った旋風は奈々聖の盾に縦列のヒビを発生させていたのだ。

「奈々聖、飛ぶわよっ」
「はいっ」
結那の言葉を合図に手印を解いた奈々聖と結那が同時に、バク転しながら後退する。

「何だぁ、もう降参? 張り合いが無いなぁ、がっかりさせないでよぉ」
少年は笑いながら姿を消しては、別の所に現れる。

「これじゃあ、影針が撃てない」
唇を噛む結那。

「怒涛のっ!」
「あははははっ、遅い遅い!」
「な、何なのよ? あのコ、速すぎるっ!」
術を使おうとした奈々聖、だが少年の姿は先程まで居た所から直ぐに正反対の所へと瞬時に移動しているのであった。
今風に言えば、テレポーテーションと言う表現が当てはまるであろうか。

「動きが早いのなら、次元の時風車」
結那の右手が刀印を形どり、空間を突き抜ける様に突き出された。

「うわっ! 何、コレ・・・?」
異空間で時風車が回り出し、僅かだが少年の動きが遅くなった時である――

(何? 今、あのコ?)
結那の眼に一瞬であったが、少年の姿がダブって見えたのである。

(あの動きの速さ・・・。そうか。そう言う事か)
何かに気が付いた結那。
そして、奈々聖の鼻もこれまでとは違う何かを感じ取っていた。

「結那さん」
「何? 奈々聖?」
「さっき迄のあのコと少しだけ違う匂いがしました」
「奈々聖も気付いたの?」
「結那さんも? だったら、間違いありませんね」
結那と奈々聖は顔を見合わせて頷き合う。

「ボク等の事に気付いちゃった? でも、残念。もう、勝負がつくよ」
少年が大団扇を振り下ろすと、旋風が竜巻の様に襲い掛かって来る。

「この一瞬が勝負よ。次元の時風車!」
結那の叫びと共に、異空間で時風車が回り少年の動きが一瞬遅くなった。

「奈々聖、今よっ!」
「はいっ、今度は逃がさないから! 氷点の氷柱!」
奈々聖は僅かに動きの遅くなった少年へと向けて氷柱を飛ばす。
いや、正しくは少年が先程迄いた空間に向かって――

「しまった! 太郎坊!」
少年はギリギリの所で、奈々聖の氷柱を躱したかに見えた。
だが――

「チッ、小賢しい事よ。しっかりせぬか、次郎坊!」
少年が躱した筈の氷柱を、人差し指と中指で挟み掴んで止めていた者が居たのである。
先程迄の少年と瓜二つの風貌、唯一の違いは髪の色・・・、その少年は白髪であった。


「2人居たんですね。それも、双子・・・」
「迂闊だったわ」
奈々聖と結那が見上げた先には、2体の天狗が宙に浮いていたのである。


「我ら、この天狗山で朱雀石を護る者。そなた等の名を聞こう」
後から現れた白髪の少年が口を開いた。

「あら、人に名を尋ねる時は自分から先に名乗るものよ。そう、天狗の先生に教わらなかった?」
結那は妖艶な笑みを浮かべている。

「ゆ、結那さん! あまり挑発しない方が」
「心配性ねぇ、奈々聖は。仮にも守護者を名乗る者なら、それ位の礼儀は心得ている筈・・・。ねぇ?」
チラリと2体の天狗を見上げる結那。

「あんな事言ってるけど、どうする? 太郎坊?」
黒髪の天狗が白髪の天狗へと視線を向けた。

「成る程、それも道理・・・。僕は太郎坊」
白髪の天狗が名乗る。

「ボクは次郎坊」
黒髪の天狗も次いで名乗りを上げた。

“パチパチパチ”
結那の手を叩く音が聞こえた。

「良く出来ました、太郎坊と次郎坊。私は服部結那、こっちは」
「霧隠奈々聖」
「2人で同時攻撃っていう仕掛けはバレちゃったんだし、もう降参した方が良いんじゃ無いの?」
結那が太郎坊と次郎坊を見上げながら言う。

「人間風情が何をほざく。本気で我らに勝てるとでも?」
太郎坊の眼の色が金色に変わって行く。

「そうさ、ボク達が双子って分かって、分が悪くなったのは、かえってお姉ちゃん達の方じゃん」
次郎坊の眼の色も銀色に変わっていた。


「やっぱり素直に降参って訳にはいかないのね」
〈ふうぅぅぅ〉と溜息を付く結那。

「2人って事を見破った事で諦めてくれるかと思ったんだけど」
「それは無いですよ。仮にも守護者ですもの」
結那の言動を見て、少し呆気に取られる奈々聖。

「仕方ない。正々堂々と戦って、石を頂きましょ」
結那と奈々聖が太郎坊と次郎坊に向き直る。

「ならば我らも最大限の力を駆使しようぞ。のう、次郎坊」
「おぅ、太郎坊」
太郎坊の言葉と同時に、次郎坊も宙を蹴る。


〈シュン シュンシュン〉
結那と奈々聖の周囲を2人の天狗が飛び回り、残像が重なって十数人に囲まれているかの様な錯覚を引き起こす。

「【双扇の旋風(つむじ)】!」
微かに動きを止めた太郎坊が大団扇を振り下ろすと、その正反対の位置に居た次郎坊も大団扇を振り下ろす。


〈ビシビシビシッ バシッ!〉
双方向から襲ってくる旋風が結那と奈々聖に襲い掛かり、2人は防御する間も無く身を翻して攻撃を避ける。

「攻撃力は下がったみたいだけど」
「違う方向からの同時攻撃、これを避け続けるのは厳しいわね」
「さっきの勢いはどうしたのぉ。押されてるじゃん」
「我らに挑んだ愚かさ、その身を持って思い知れっ、【双扇の旋風(つむじ)】!」

「きゃあぁぁぁっ!」
奈々聖の悲鳴が周囲の樹々を揺るがせる。

「奈々聖! しっかりしなさい!」
駆け寄った結那が膝を付いた奈々聖を助け起こす。

「結那さん、ここは1人で逃げて下さい」
「何を言ってるの! 奈々聖!」
「脚を挫きました。もう、あの攻撃を避けられません」
「奈々聖・・・」
「あたしがあの2人の攻撃を全力で防いでいる間に結那さんは少しでも遠くへ。2人で犬死にする必要は有りません」
奈々聖の瞳に無念の涙が浮かんでいた。

「何言ってるの! 貴女を見捨てて、1人で逃げるなんて事、出来る訳無いでしょっ!」
「そうでもしないと、2人とも殺られてしまいます」

「念仏でも、唱えればぁ」
「せめて、苦しまずに逝かせてやろうぞ」

奈々聖の肩を支え立つ結那。
その左右から挟み込む様に立つ太郎坊と次郎坊――

(皆、ごめん。うち等じゃ無理だったみたい)
(もっと修行していたら・・・)
互いの肩を抱きしめ合った結那と奈々聖――

〈ドクン〉
何かが結那と奈々聖の中で鼓動を始めた。

(何かを感じる・・・)
(あたし達に力が漲る・・・)
覚悟を決めた結那と奈々聖、だがその額に【智】の字と【悌】の字とが浮かび上がった。

「奈々聖、コレで最後よ。やれる?」
「えぇ、結那さん。やれます」
結那と奈々聖は互いに印を結ぶと目を閉じて、精神を集中させる。


「太郎坊、このお姉ちゃん達。さっき迄と何かが違う!」
「惑わされるな、次郎坊。我らに勝る者など居らぬ!」

太郎坊と次郎坊が高速で移動し、技を放とうとした瞬間、結那と奈々聖が閉じて居た目を開いた。


「合技!(ごうぎ)」
「氷剣の影切り(ひけんのかげぎり)!」
影針を持っていた結那の手に奈々聖が手を被せると、見る見る内に2人の合わせた手から氷の剣が伸びて行く。

「何か様子が変だよ!」
「ただの虚仮威し(こけおどし)に過ぎん。恐れるな!【双扇の旋風(つむじ)】!」


「狙うは、太郎坊の影! ただ一つ!」
結那と奈々聖は宙を待っている太郎坊と次郎坊の本体には見向きもせず、高速で動く地面の影の一点に向けて、氷の剣を振り下ろした。

〈バサッ!〉

「そ、そんな・・・。馬鹿な! 僕の翼がっ!」
「た、太郎坊・・・!」
太郎坊と次郎坊は我が目を疑う。

結那と奈々聖の振り下ろした氷の剣は地面に映った太郎坊の影を的確に捉えていた。
そして――

太郎坊の右翼が宙を舞って地面へと落ちた。

「太郎坊ぉぉぉぉっ!」
片方の翼を失い、落下しようとする太郎坊を抱き支え一緒に地面へと落ちる次郎坊。

「な・・・、何を・・・。太郎坊に何をしたぁ」
憤怒の視線が結那と奈々聖に向けられる。

「氷剣の影切りは、うちの持っている影使いの影針を芯として水使いの奈々聖の力で作り出した氷の剣で攻撃する」
「そう、影を切れば本体が傷を負う。しかも、天狗は水が苦手・・・だった筈」
結那と奈々聖は氷の剣を再び掲げた。

「もう良い、次郎坊。我らの負けじゃ、潔く認めようぞ」
太郎坊がポツリと呟く。

「太郎坊。ボク等、負けちゃった・・・」
次郎坊は涙を浮かべて、太郎坊を見る。

「1つ聞かせて貰いたい。下手をすれば命を失ったかも知れぬのに、何故危険を冒してまで朱雀石を求める?」
戦意を見せなくなった太郎坊を見て、結那と奈々聖は氷の剣を下した。

「仲間が皆、各地で戦っているの」
「仲間が? 何の為に戦う?」
「4つの宝玉を集めて、環藻(たまも)に会わなきゃいけないの」
「お姉ちゃん! 環藻だって?」
環藻と聞いて、次郎坊が驚きの声を上げた。

「何故、環藻に会わねばならぬ?」
「この国を護る為」
太郎坊の問いに結那が答え、奈々聖も頷く。

「そうか。次郎坊、祠に行って朱雀石を持ってこい」
暫く考えていた太郎坊が口を開いた。

「太郎坊・・・」
「この有様では飛べぬ。頼む」
「・・・分かったよ」
そう言うと次郎坊は飛び立ち、程なくして赤い石を手に舞い戻って来た。


「お姉ちゃん達なら、きっと環藻に会えるよ。でも、環藻は凄く強い。ボク等とは比べ物にならない位に」
そう言いながら、次郎坊は手に持った朱雀石を差し出す。

「そなた等を信じて、コレを託そう」
「ありがとう。ても、どうして?」
「あら、奈々聖? 分からないの?」
結那に3人の視線が向けられた。

「美人に悪い人は居ないって、言うじゃない。ね?」
結那の言葉に思わず笑いだす皆であった。



 山を下って行く結那と奈々聖の後ろ姿を見送る太郎坊と次郎坊――

「ねぇ、太郎坊。ボク、何か嫌な予感がするんだよ」
「次郎坊も感じたのか。我らも戦わねばならぬ敵が近づいていると」
「・・・もし、そうなら?」
「今は分からない。でも、あのお姉ちゃん達ならきっと間違いないさ・・・」
そう語り合う太郎坊と次郎坊は、人間の姿となっていつまでも夕陽を見つめていた。



 山形・蔵王連峰――

「おーっ、良い景色じゃねーか。なぁ、遼歌」
「もう、歩南さんってば。物見遊山じゃないんですよ」
火山湖・お釜を見下ろしている2人の少女。
何人かの観光客が所々でスマホを片手に記念撮影している。

「でも、こんな所に例の宝玉があるって言われてもなぁ。何処を探せば良いんだよ、宛が有る訳じゃねぇし」
「闇雲に探すより、先ず近所の人に尋ねてみるのはどうでしょうか?」
「普通のヤツが宝玉の事を知ってるとは思えねぇけど、それしか無いか」
そう言いながら、歩南は遼歌に目配せをする。

「そうですよねぇ。あーぁ、疲れちゃったから今夜はここに泊まらせて貰いましょうよ」
歩南と同調するかの様に近くの山小屋を指差す遼歌。

「あの山小屋に近づいてはなりません」
歩南と遼歌の後ろから、女性の声が掛けられた。
振り向くと、20台半ば位の女性の姿がある。

「あ、ごめんなさい。山小屋の方ですか?」
「いいえ、唯の通りがかりの者です。あの山小屋、今は使われていませんから」
か細い線と消え入りそうな声、山に来るには似つかわしくない軽装である。

「持ち主が居ねぇなら、あち等が勝手に使っても良いんじゃね」
「およしなさい。さぁ、悪い事は言いません、早く山を降りるのです」
空気を凍らせるかの様な張り詰めた雰囲気が漂う。

「折角なんですが、私達は探さなきゃいけない物が有るんです」
遼歌はその女性にペコリと頭を下げる。

「その人放っておいて、さっさと行こうぜ。涼香」
そう言うと歩南は勝手に山小屋の中へと入って行く。

「あっ、もう! 歩南さんってばぁ。待って下さいよぉ」
慌てて歩南の後を追う遼歌。

「わははっ。ホントに誰も居ねえ」
「貸切ですね、歩南さん」
楽しそうに山小屋を探索する歩南と遼歌を見て、先程の女性が呟いた。

「忠告はしましたよ」
その言葉が終わらない内に、その姿はいつの間にか消えていたのである。


 その夜――

「急に冷えて来ましたね」
「まだ、冬には程遠いってのに、底冷えしやがる。変な具合だぜ」
「守護者が現れたのでしょうか?」
「そうかもな。でも、心配はして無ぇよ」
「どうしてですか。歩南さん?」
「だって、ここには遼歌が使える草や木がたっぷりとあるんだぜ。それに」
「それに?」
「最強の妖術使いのあちが居るんだ。恐れる事ぁ無ぇよ」
「まぁ、それはそうなんですけど」
ふと窓を見た遼歌が慌てて駆け寄り、窓を開けた。

「歩南さん。み、見てください!」
「どうした? 遼歌・・・・。うっ!」
窓から外を見た2人の言葉が止まった。

外は、季節外れの雪がしんしんと降り積もっていたのである。
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