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前編

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 ───それは、『お局様』と言われていた私の人生を、激変させる出来事であった。


 数日前、部署は違えど同期で一緒に『お局様』と呼ばれている友人から、電話で結婚したと報告を受けた。
 突然の知らせに驚きながらもどんな人と結婚したのかと聞けば、大層歳上なご老人とのこと。
 しかも、日本人でもないという。
 最初、友人とはいえ遺産を狙った結婚かと疑ってしまったが、見た目キレイ系なくせして、異性と1度も付き合った事がない友人がそんな事出来る筈がないと、その考えを直ぐに否定した。
 私はベッドの上でもう既に日本にいない友人を思いながら、寝癖で跳ねている髪を弄りつつ溜息を吐いたのであった。


「あーあぁ、これで『高齢処女同盟』も解散ね」


 私、西城涼(さいじょうりょう)は37歳であるが、隠れ処女である。
 同じ『お局様』と言われていた友人も処女で、36歳、37歳と(気持ちは若いが)共に身体的に高齢に差し掛かっているとの事で『高齢処女同盟』なるものを2人で立ち上げていた。
 まぁ、本当に異性と1度も付き合った事が無く、キスもしたことも無い友人(でも耳年増)とは違い、『貫通』以外は色々として来た私。
 なぜ友人が処女だと気付いたかといえば、他の友人や会社の人達との会話で付き合った人の人数とか、初めてのエッチはいつしたのか等の話が出ると、必ず話しをはぐらかすからだった。
 そして、“同じ匂い”を嗅ぎ付けた私が友人と2人になった時を狙って、「あんた処女でしょ」と確信を持って問い詰めると、動揺しながらも実はそうなんだと頷き、私と同じ処女であると分かった。
 最初はそんなに親しい仲でも無かったが、それが切っ掛けで仲良くなり、一緒に『高齢処女同盟』を立ち上げたのであるが……。
 今は遠い異国の地で幸せに暮らしている友人の事を思えば、幸せになって欲しいとは思うが、少しだけ羨ましい(いや、かなり羨ましい)と思ってしまう。
「ん~、でも私は老人は嫌ね。出来れば線が細い若い子がいいわ」
 友人には悪いが、将来一緒にいる時間が少ないご老人よりも、同年代か若い子の方が私はいい。
 ベッドの上でダラダラとそんな事を考えていた時───。


 視界が、急に反転した。


 え、と思う間もなく体に走る衝撃。
 背中と後頭部を強かに打ち、痛さに涙目になりながら悶絶していると、「生贄様がいらっしゃったどー!」と言う意味不明な言葉が聞こえて来た。
 何が起きたんだと思いながら閉じていた目を開け───ギョッと竦み上がる。


 荒縄みたいな物を持った知らない男達が、私を見下ろしていたからだ。


「な、何よあんた……どこから人の部屋に入って来て……って、ここ何処よ!?」
 自分の部屋のベッドの上で寛いでいたのに、知らない部屋の床に倒れていた。
 何がなんだか分からない。
 恐怖で動かない体を何とか動かしながら後退ると、私を見下ろしていた恰幅のいいオッサンが変な訛りで喋り出した。
「ここは、魔人のおえれぇー様が治める、『ドゥルエガーナ』国だぁ」
「魔人? どぅ、どぅる……? え、何処なのそこは」
 聞いたこともない地名に眉間に皺を寄せて聞き返すも、オッサンはきょとんとした顔で首を傾げた。
「たぶん、生贄様は知らねぇと思うど?」
「んだな」
「生贄様は、異世界の方だっし?」
「い、異世界!?」
 顔を引き攣らせる私をスルーしながら、オッサン達は「いやぁ~、いい仕事をした」ってな感じで笑い合う。
「まっさかぁー、わしらの拙たねぇ~召喚術が成功するとは思っちょらんかったからな?」
「んだんだ!」
「驚れーたよな!!」
「んな事よりも、早く生贄様ばあのお方の元に、ちゃっちゃかちゃぁ~と届けた方がいいんでねぇが?」
 恰幅のいいオッサンの言葉に、数人のオヤジ共が頷く。
 そして、手に持つ荒縄で私をグルグル巻きにすると肩に担ぎ、知らない部屋から出て行ったのであった。





「本当に、何がどうなってるのよ」


 クリスタルが散りばめられ、キラキラと光る豪華な天蓋カーテン付きベッドの上に胡座を掻きながら、蝋燭の明かりだけの薄暗い部屋の中を見回している私。
 先程まで、知らないオッサン共に荒縄でグルグル巻きにされ、目隠しをされながら知らない所に連れて行かれたと思ったら、今度はメイド服みたいな物を着た女性に浴場で身体を隅々まで磨かれていた。
 そう……隅々までネ。
 アレですね、プロに掛かるとこっ恥ずかしいと言う気持ちが起きない、と言うことが分かりました。
 そして、全身ピッカピカになったら今度は体全体に香油を塗り込められ、ついでに髪と顔を軽く整えられて、着けている意味が無い様なすっけすけなランジェリーを着せられたのである。
 しかも、有無を言わせない力でもって浴場らしき所からこの場所まで連れて来られ、最後に1cm幅のプラチナみたいな輝く首輪を首に嵌められた。
 ベッドの上で座りながら飾り気の無い首輪を触っているのだが、何処を触っても繋ぎ目が無いのに首を傾げたくなる。
 首に嵌められた時にはあった筈の繋ぎ目が全く見付からず、首を傾げながら繋ぎ目を探す為に首輪をクルクル指で弄っていると───。


「あ、あの……す、すすす、すみません!」


 誰もいなかったはずの部屋の中に、どもり声が聞こえた。
 それは少年特有の透き通った高い声で、こんな所になんで少年が? と不思議に思って声がした方へ視線を向けて、一言。
「誰あんた?」
 肩より少し長めのゲインズボロ色の髪と、黒い瞳を持った見た目が少女みたいな少年が、頬を薔薇色に染めてもじもじしながらそこに立っていた。
 私が不思議そうにそう聞けば、少年が口を開く前に、少年の後ろから細身の男性が出て来て「口を慎め」と言う。
 冷徹な瞳で私を見下ろすその人は、目にも鮮やかなヴァイオレッド色の髪を持つ美丈夫で、神経質そうに眉間に皺を寄せながら私に語り出す。
「人間、誰に向かってそんな言葉を使っているのか、分かっているのですか?」
「いや、知りませんが。と言うか、私がここに居る意味もサッパリ分かりません」
「いいですか、人間。お前はこの方───ドゥルエガーナ国の国主であられるシティル様の、『成体の儀』を行う為の生贄として捧げられたんですよ」
「……成体の儀?」
「ふん、そんな事も知らないのですか? これだから人間が持ってくる生贄は嫌なんですよ」
 男は心底嫌そうに言いながら続きを話した。
「『成体の儀』とは、我ら魔人が幼体から成体へと変わる為の儀式です。我ら魔人は幼体の時は無性別ですが、幼体が成体へと変わる時期になると、どちらかの性別に身体が変化して来るのです。女性体なら胸が膨らみ子宮が出来、男性体なら筋肉が発達して男性器が備わります。しかし、『成体の儀』を行わなければ変化した性別を固定することが出来ないのですよ」
「んーと、無性別って……ふたなり……両性具有って意味じゃなくて?」
「全く違います。幼体は男性器も女性器も有りません。───話を戻しますが、ここにいるシティル様も幼体から成体に変わる時期になり、男性体となる性別が出て参りましたので、それを固定する為に『成体の儀』を行う必要があるのです。この『成体の儀』で『いろいろと経験のある』女性……つまり、貴女と交われば、シティル様の性別が固定されるんですよ」
「…………あの、成体の儀が何なのかは分かりましたが、それなら別に私じゃなくてもいいんじゃ?」
 私が至極最もな事を聞けば、やれやれと言った風に男の人は首を振った。
「そんな事なら、私達も苦労はしません。この儀式には条件がありまして、1つは同族同士での儀式は禁忌とされていて出来無い事。もう1つが人間……それも、魔力が殆んど無い人物でなければならない事です。シティル様の様に魔力が膨大な方の儀式のお相手は、命の危険が有る為により魔力が少ない人間を選んで宛てがう必要があるんですが……これが中々見付からず、大変苦労しましてね。それで、脆弱な人間の中でも更に条件に合う人間を連れて来るように命じたら───貴女を連れて来たんです」
 美丈夫の言葉に私は慌てた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! それって、もしかしなくても、私が命を落とす可能性があるって事なんじゃないの!?」
「そうですね。まぁ、我ら魔人には全く被害は及びませんので、痛くも痒くもありませんが」


 美丈夫の言葉に私の顔が盛大に引き攣ったのは、言うまでもない。
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