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第3章 神に愛された女教皇

第45話 宗教総本山の街へ

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 カマリの街で馬車に乗り、タイル山脈の東側を沿う形で南西へと進んでいく。
 この後、大河に東西にかかる大きな橋を渡れば法国の首都であるレーヴァティはすぐだそうだ。
 ただ、カマリの街からレーヴァティまではかなり距離があり、アリエスが言うには王都からカマリの街までの距離とほぼ同じらしい。

 そのためレオ達三人はかなり長い馬車旅をすることになったのだが。

「そういえば、アリエスとレオについてあまり話を聞いていなかったから聞きたいんだけど……いいかな?」

 久しぶりの長旅ということなのか、窓の外を楽しそうに眺めていたリベラは急に思い出したかのように質問をする。
 同じようになんとなく窓の外を見ていたレオは内心で驚き、視線をリベラに向けた。
 それは聞かれたことに驚いたのではなく、話していなかったのかと思ったからだ。

「そういえば、わたし達のことについて話していませんでしたね」

 同じようなことを思ったのか、カマリに向かう前回の馬車とは違いレオの隣に座ったアリエスは思い出した様子で返した。

「そうだよ。私の事ばっかり話して、不公平だよ」

「別に隠していたわけではないのですが……レオ様、話してもいいですか?」

「ああ、アリエスに任せる」

 あまり長話をするのが得意ではないので、説明はアリエスに任せることにした。
 彼女ならば自分達の事を分かりやすく簡潔に伝えてくれるだろう。

「レオ様はデネブラ王国最強の勇者にして、あの魔王ミリアを討伐した英雄です。
 圧倒的な強さを持ち、さまざまな魔法を操り、膨大な祝福を所持し、特別な武器すら持っています。
 話は、そんなレオ様を愚かな王国が追放したところから始まります」

(分かりやすく……簡潔に?)

 まるで壮大な物語の序盤のように語り始めたアリエスに思わず目を向けてしまうが、彼女は敬愛する主の話をすることに夢中で気づいていない。
 目は少し見開き、やや頬は紅潮し、話に熱が入っているのがよく分かる。
 残念ながら、そこにはいつもの頼れるアリエスの姿はなかった。

「……ちょっと待って、レオって勇者なの?
 それに魔王ミリアを王国が倒したって噂で聞いたけど、あれ本当なんだ……」

「はい、レオ様は世界で最強です」

「……そ、そう」

 胸を張るアリエスに対して思うところがあるようだが、結局リベラは深いことは聞かずに、彼女に続きを促した。
 アリエスは上半身を少し倒して、前のめりになりながら話を続ける。

「ご存じの通り、憎き魔王からレオ様は人から忌避の感情を向けられる呪いを受けました。
 この呪いの右目は隠すと激痛が走るので、布などで覆うことはできません。
 そんな呪いを忌避した王国に追い出されたレオ様は、呪いを解くために西に向かう必要がありました。
 けれどそこで一つ問題が生じました。
 レオ様は戦闘に関しては世界一でも、周辺地理や常識には少しだけ疎く、支える人が必要だったのです。
 そのためレオ様は王都の奴隷商の館でわたしと運命的な出会いを果たし、共に行動をすることになります」

「……へ、へぇ」

 凄い熱の入りように、リベラも気おされている。
 というか、確かにある意味運命的な出会いではあったものの、当時のアリエスは変身魔法を使って本来の姿を隠していたし、少し態度もそっけなかったはずなのだが。

「そしてわたし達は色々あった後に、二人で助け合いながら呪いを治す聖女の噂を聞いてカマリの街を訪れたということです」

(色々あった後に!?)

 内心でレオは叫び、アリエスを凝視する。
 むしろハマルの街での出来事はレオとアリエス二人にとって、とても重要な出来事だったはずなのだが、アリエスはそれをバッサリと省略した。

「……いや、カマリの街に来たなら途中でハマルの街にも行ったでしょ?」

「はい、行きました。
 そこでレオ様は冒険者登録をして、街で一番強い魔物を一撃で倒しました。
 たった一振り。剣を振るうだけで恐ろしい魔物は光に還りました。
 数々の冒険者を苦しめたであろう魔物も、レオ様の前では雑魚同然です」

「……なんであなたが誇らしげなの……」

 得意げな顔で廃屋での戦闘を語るアリエスに、リベラは苦笑いをしている。

 あの廃屋での戦いを、アリエスは見ていないはずだ。
 それに、その戦いの後に起こったことを彼女は話そうとしない。

 彼女に説明を任せたのは自分なので、途中で口を出すつもりもない。
 それにアリエスも自分と同じように廃屋での戦いの後の事件を大切だと思ってくれているようで、それが嬉しかった。

 一方でリベラはアリエスの話を聞いて何かを考え込んでいるようだった。
 腕を組み、じっと床を見つめている。

「それにしても、勇者……カマリの街で出会ったシェイミっていう子も恐ろしい強さの勇者だったけど、レオもその一員ってことだね。
 で、レオについてはもう十分に分かったから、次はアリエスについても教えてよ」

「わたしですか? わたしは滅んでしまった村の長の娘というだけです。
 わたしだけが村で生き残り、奴隷としても使い物にならなくて死にゆく定めだったのですが、レオ様が買ってくださいました。
 特別なことと言えば、レオ様と出会って呪いを癒す祝福に目覚めただけです。
 レオ様の呪いは癒せませんが、それ以外のものなら癒せるのはご存じかと」

 アリエスは自身の過去の事を話したが、今までの過程に関しては話さなかった。
 どうやら自分と同じであの廃屋の一件を大切な思い出として思ってくれているのかもしれない。
 そんなことをレオは思った。

 レオの考えはほぼ合っているものの、レオにとっては喜びで満たされた大切な思い出が、アリエスにとっても同じ感情で満たされた大切な思い出であるとは限らない。

「うん、それには感謝してる。本当にありがとう。
 ……でも、そうなんだ。神秘的な見た目をしているから、良いところのお嬢様かと思ったよ」

「レオ様の奴隷ではあります」

「……ここまで奴隷であることに誇りを持っている奴隷は他に居ないだろうね」

 苦笑いしながらリベラは目を細め、優しげな眼でレオとアリエスを見た。

「……私も人のことは言えないけど、二人とも辛い過去があったんだね。
 でも、今は前を向けているみたいで良かった……あとはレオの呪いを治すだけだね」

「はい、必ず治します」

 リベラの言葉に同意するアリエスには、強い強い感情が込められていた。
 まるで魂に誓うような、そんな一言だった。
 それがやけに心に響いて、けれど心地よい響きでは全然なくて、レオは話題を変えることにした。

「そういえば、これから向かうレーヴァティはどういう場所なんだ?
 名前からしてレーヴァティ法国の首都であることは間違いないと思うけど」

 以前、アリエスから国の首都は国名と同じ名前だということを教えられた。
 例えばレオの属していた国はデネブラ王国であり、その首都は王都デネブラである。
 それゆえにレーヴァティ法国の首都がこれから向かうレーヴァティの街であることは間違いないのだが、その詳細は知らなかった。

「カマリの街でも簡単に言ったけど、創世神教の総本山がある都市だよ。
 創世神っていうのは、すっごく簡単に言うと世界を作った神様のことで、教会だとただ神って呼ばれているの」

「レーヴァティ法国は教会が主導する国家でありながら、軍事力も所持している大国です。
 大陸の東側は主にアルティス帝国、レーヴァティ法国、デネブラ王国の三つが大国ですね。
 とはいえ、デネブラ王国は強大すぎる力を持ちながらも、人類の守護者を自称していますが。
 王国についてはレオ様の方が詳しいですね」

「そうだね。王国や勇者は世界を救うことが第一っていう感じだから」

 実際レオも「世界を救うために」という言葉を頭に刷り込まれるほど教わった。
 それが当時のレオの全てであり、世界とは文字通りこの世界そのものだった。
 今はその定義は横に座る白銀の少女により、目に見えぬものから目に見えるものに変わりつつあるけれど。

「レーヴァティは教会の総本山で、その主導者は3人の教皇から成るの。
 そして彼らを支える立場として13人の枢機卿が居るみたいだよ」

 なぜか少し羨ましそうな視線を向けたまま、リベラはレーヴァティについて続ける。

 レオは視線には気づかずに、レーヴァティの内情を頭でかみ砕く。
 自分が所属していた王国とはかなり内部の状況が違うようだ。
 嫌な視線を向けてくる貴族は居ないが、教会の偉い人は沢山居るということだろう。

「私から話せるのはこのくらいかな。
 でもシェラも言っていたけど、教会は呪いを治す研究もしているみたいだから、何か手掛かりが分かるかもしれないね。
 ひょっとしたら、レオの呪いも解けちゃうかも」

「それならばこの上ない結果なのですが……」

 リベラの言葉に、アリエスは目を伏せる。彼女の気持ちは十分すぎる程分かる。
 自分の呪いが簡単に治せるものではないことは、レオがよく分かっている。

「……ねえレオ」

 こちらを気遣うように、リベラは恐る恐るという感じで尋ねてくる。

「その……私から移した呪いはどう?」

「以前も言ったが、体に影響はない。総量としては、8割くらいまで減ったところか」

 体内の呪いは祝福で押さえつけているために、表に出ることはない。
 それにレオが所持している祝福の数は無数にあるため、そのいくつかを呪いの抑制に使ったところで、戦闘に支障はない。
 流石にシェイミと戦うとなると話は別だが。

「……そう」

 リベラはそう言うと、少しだけ視線を下げ、微笑んだ。

「もし呪いが全部消えたら教えてね。そのときにまた感謝を告げたいから……さ」

「……?」

 それはどこか無理やり作ったような笑顔のようにも見えた。
 全てから救われたはずの彼女がなぜそのような顔をするのかが分からず、レオは首を傾げた。
 その会話の様子をじっとアリエスが何も言わずに見ているのには、気づかないまま。

 馬車は法国へと向かい、橋を渡り始める。
 結局法国に着くまで、3人は世間話こそすれど、それ以上深い話はしなかった。
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