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夫の心を測りかねておりまして①
しおりを挟むそんなセレナの心境に一石を投じたのは、先王陛下が残した三兄妹の末っ子、アリスだった。
セレナは三年前にクロードと婚約したときに、当時十三歳だったアリスの補佐兼お目付け役にも任命され、しばしば彼女の話し相手になったり勉強や公務を手伝ったりしていた。
ややお転婆で思ったことを率直に言いすぎるきらいのある彼女だが、幸いセレナとの相性は良かったようで、婚約者がエミリオに代わって結婚した今でもお役目は継続している。
婚約から結婚までの慌ただしい日々が一段落したセレナは、この日エミリオと朝食後のお茶を満喫したあと、しばらくぶりに王妹殿下のもとを訪れていた。
正式に義理の姉妹となる前からセレナを実の姉のように慕っているアリスは、兄嫁の訪問を喜色満面で出迎え、私室に招き入れてくれた。
王宮の使用人が無駄のない所作で王妹と客人の前に茶を給仕し、退室すると、二人きりになるのを待ち構えていたようにアリスがいそいそと近づいてくる。
「あのね、セレナ。聞きたいことがあるの」
「まあ、なんでしょう。わたくしにお答えできることならよいのですが」
無邪気な仕草を微笑ましく思いつつ応じたセレナは、直後続けられた質問に固まった。
「――初夜、どうだった?」
長椅子に並んで座ったアリスはこちらに身を寄せ、潜めた声でそんなことを言ってくる。
彼女のアイスブルーの瞳は隠しきれない好奇心でキラキラと輝いており、先王陛下から受け継いだ銀髪は生来のくせ毛でくるくるとしているのがとても愛らしい。今しがた口にした下世話な問いが全く不釣合いなほどに。
セレナはしばし口を閉ざして考え込んだ。
もしかしたら、アリスが尋ねたいのは自分が思っているのとは別のことなのかもしれない。もっと健全で、この昼間の王宮で話題に出されても全く不相応ではないなにかがあったかもしれない。
しかし、いくら頭を働かせても、初夜と言われてピンとくるものはほかになにもなかった。やはりアリスが知りたいのは男女のアレにまつわることで間違いないようだ。それをきっちりと確かめたうえでセレナは慎重に口を開いた。
「……アリス様、淑女がそんなことを人に尋ねるものではありませんよ」
「だって、気になるんだもの! それに、知っておくべきことでしょう? セレナは私の教育係みたいなものなんだからいいじゃない、ね?」
硬い声で窘めると、そんな反応は予想済みとばかりにアリスは即座に言葉を重ねてきた。
全然よくない、とセレナは心の中だけで唸った。アリスが気兼ねなく打ち解けてくれるのは嬉しいが、こういうときは少々対応に困ってしまう。彼女は基本的にいい子であるものの、規則やマナーに囚われすぎない天真爛漫さが美点であり、欠点でもあった。
「アリス様にも閨事の教師はいますでしょう?」
「教師なんて!」
セレナが指摘した途端にアリスは渋い顔をする。
「私の閨事の教師は、孫がいるくらいの年齢の夫人なのよ。私がいろいろ質問しても、殿方に任せておけば万事うまくいくから心配いらないってにこにこ笑うだけで。きっと自分が乙女だった頃の繊細な気持ちを忘れてしまっているのだわ。セレナだったら私の不安を理解してくれるでしょう? セレナの感想を聞かせてほしいの」
無論、気持ちは分かりすぎるほどに分かる。
夫婦の営みにおいては夫に身を任せること。このガルシア国の淑女教育で一般的に教えられている閨事の作法である。もちろん、男性のアレを女性のソコに挿入して子種を注ぎ込めば子ができるとか子作りのおおよその仕組みについては学ぶ。しかしそれだけだ。具体的にその行為がどのように進められるのかは、経験者から聞き出すか、それに関する記述がある書籍を探し出すくらいしか知る手立てがない。実際セレナもそうして知識を得た。
そこでアリスの置かれている環境を振り返ってみると、彼女にとって教師以外の身近な女性と言えば、まずは母だろう。だが、いくらなんでも王太后陛下にこんなことを聞けるはずもない。気楽に尋ねられそうなのは侍女や使用人たちだが、高位の王侯貴族とはまた事情が違う可能性も考えられる。
――となると、確かにわたくししか聞ける相手がいないのかもしれないわ。
ひとまず自分の持っている知識だけでも共有してさしあげるべきだろうか。そんなふうに考えたところで、ふとアリスの先ほどの言葉を思い返す。
『セレナの感想を聞かせてほしいの』
――感想? 感想って、なにかしら。
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