このたび、片思い相手の王弟殿下とじれじれ政略結婚いたしまして

むつき紫乃

文字の大きさ
13 / 31

夫の心を測りかねておりまして②

しおりを挟む
 彼女が欲しているのは単純な知識ではない。そうと気づいたセレナは狼狽えた。

「あ、あの……アリス様、ちょっとお伺いしたいのですが、感想、というのは、なにをお聞きになりたいのでしょう……? どんなことをしたかが知りたいのではないのですか?」

 おずおずと尋ねると、アリスはきっぱりと首を横に振った。

「基本的な流れは一応私も教わっているの。それ以上の詳細な部分は正直相手にもよるんじゃないかと思うのよ。ほかの人の具体的な話を聞いたところで、どれだけ役立つかは分からないわ」

 知識があてにならないことをまさに経験したばかりのセレナは、なるほどそのとおりだと思う。相手によるというのもそうだし、知るのと実践するのとでは雲泥の差があるのだ。

「だからね、私と比較的似た立場の――感覚が近いセレナが、どう感じたかのほうが参考になると思ったの。どれくらい大変だったのか、痛かったのか、それを知ってるだけでも覚悟ができるでしょう?」
「覚悟……」

 セレナは思わず呟いた。それは初夜の自分に欠けていたものである。
 やはりアリスもあの軍人王の血を引いているということだろうか、その考え方はとても思い切りがよくて潔いものだった。年上のセレナのほうが見習わなくてはと思うほどに。

「だからお願い、セレナ。別に、エミリオお兄様がどんなふうにセレナに触れたかこと細かに聞きたいわけじゃないわ。……というか、そんなの私も知りたくないし。ただ、セレナがどう感じたのか、感想を聞きたいのよ。感想を!」

 じぃっと期待がこもりまくった眼差しで見つめられ、セレナはたじろぐ。
 当然のことながら、感想と言われて語れることなどなきに等しい。せいぜい〝恥ずかしかった〟くらいのものである。なんせ、自分はまだ生娘のままなのであるから。
 セレナはちら、とアリスのほうを窺い、観念するようにため息をついた。

「その、アリス様にはたいへん申し訳ないのですが……わたくしはお役に立てないと思います」

 たちまちアリスの銀色の眉がきゅっと下がる。

「やっぱり、ダメかしら……。不躾なことを聞いているのは分かっているのよ? でも……」

 しょぼん、と肩を落とされると、さすがにいたたまれなくなってくる。初めての行為に対する不安は誰しもいだくものだし、アリスだって初夜のことを尋ねるのにはそれなりの勇気を要したに違いないのに。

「……あの、アリス様。そうではないのです。感想を言いたくないわけではなくて……言えないのです……」

 とうとうセレナは実際のところを白状してしまう。己の現状をあらためて認識すると、情けない気持ちになった。
 アリスはしばしきょとんとしていて、その意味を掴みかねている様子だったが、セレナの項垂れた様から察したらしい。ハッとしたように口元を押さえる。

「そんな、まさかでしょう……!? ちょっと! エミリオお兄様は一体なにをしているの!?」

 彼女の憤慨の矛先がエミリオに向けられようとしたので、セレナは慌てて否定した。

「違います! エミリオ様は悪くないのです! そうではなくて、その……そう、お互い、心の準備が必要そうだということになりまして……」
「こころのじゅんび……?」

 ちょっとなに言ってるのか分からない、とでも言いたげにアリスの表情が無になった。納得の反応である。まだ婚約者も決まっていない彼女ですらそのときのための覚悟を固めておこうとしているのだ。すでに結婚しているセレナたちが準備ができていないとはどういうことか。

 王族や貴族にとって、子を作り、家を継続させることは義務である。跡取りを残せなければその婚姻に意味はないと言っても過言ではないくらいに、それは結婚という行為の根幹をなしている。
 エミリオとセレナは今のところ次世代に引き継ぐべき地位や爵位を有してはいないが、王家を安定して存続させるためにやはり子は求められていた。

 初夜の契りは、互いに義務を果たす意志があることを示す意味合いもあるものだ。その重要な儀式を、そろって真面目な兄とお目付け役が先送りにした。しかも、心の準備などというぬるい理由で。そんな事実はアリスにとってにわかに信じがたいものなのだろう。

 ただこれに関しては、お互いに真面目だからこそ容易に先送りにできたとも言える。

「エミリオ様は、己の義務をそうやすやすと投げ出すようなお方ではありませんから」
「……まあ、そうね。それはセレナも同じよね」

 セレナは深く頷く。

「だったら、確かに、そういう理由で延期することもあるのかもしれないわ。でも、心の準備って、なんなの? いつ整うものなの?」
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

愛されないと吹っ切れたら騎士の旦那様が豹変しました

蜂蜜あやね
恋愛
隣国オデッセアから嫁いできたマリーは次期公爵レオンの妻となる。初夜は真っ暗闇の中で。 そしてその初夜以降レオンはマリーを1年半もの長い間抱くこともしなかった。 どんなに求めても無視され続ける日々についにマリーの糸はプツリと切れる。 離縁するならレオンの方から、私の方からは離縁は絶対にしない。負けたくない! 夫を諦めて吹っ切れた妻と妻のもう一つの姿に惹かれていく夫の遠回り恋愛(結婚)ストーリー ※本作には、性的行為やそれに準ずる描写、ならびに一部に性加害的・非合意的と受け取れる表現が含まれます。苦手な方はご注意ください。 ※ムーンライトノベルズでも投稿している同一作品です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

愛してないから、離婚しましょう 〜悪役令嬢の私が大嫌いとのことです〜

あさとよる
恋愛
親の命令で決められた結婚相手は、私のことが大嫌いだと豪語した美丈夫。勤め先が一緒の私達だけど、結婚したことを秘密にされ、以前よりも職場での当たりが増し、自宅では空気扱い。寝屋を共に過ごすことは皆無。そんな形式上だけの結婚なら、私は喜んで離婚してさしあげます。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

【完結】初恋の彼に 身代わりの妻に選ばれました

ユユ
恋愛
婚姻4年。夫が他界した。 夫は婚約前から病弱だった。 王妃様は、愛する息子である第三王子の婚約者に 私を指名した。 本当は私にはお慕いする人がいた。 だけど平凡な子爵家の令嬢の私にとって 彼は高嶺の花。 しかも王家からの打診を断る自由などなかった。 実家に戻ると、高嶺の花の彼の妻にと縁談が…。 * 作り話です。 * 完結保証つき。 * R18

虐げられた出戻り姫は、こじらせ騎士の執愛に甘く捕らわれる

無憂
恋愛
旧題:水面に映る月影は――出戻り姫と銀の騎士 和平のために、隣国の大公に嫁いでいた末姫が、未亡人になって帰国した。わずか十二歳の妹を四十も年上の大公に嫁がせ、国のために犠牲を強いたことに自責の念を抱く王太子は、今度こそ幸福な結婚をと、信頼する側近の騎士に降嫁させようと考える。だが、騎士にはすでに生涯を誓った相手がいた。

処理中です...