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夫の心を測りかねておりまして②
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彼女が欲しているのは単純な知識ではない。そうと気づいたセレナは狼狽えた。
「あ、あの……アリス様、ちょっとお伺いしたいのですが、感想、というのは、なにをお聞きになりたいのでしょう……? どんなことをしたかが知りたいのではないのですか?」
おずおずと尋ねると、アリスはきっぱりと首を横に振った。
「基本的な流れは一応私も教わっているの。それ以上の詳細な部分は正直相手にもよるんじゃないかと思うのよ。ほかの人の具体的な話を聞いたところで、どれだけ役立つかは分からないわ」
知識があてにならないことをまさに経験したばかりのセレナは、なるほどそのとおりだと思う。相手によるというのもそうだし、知るのと実践するのとでは雲泥の差があるのだ。
「だからね、私と比較的似た立場の――感覚が近いセレナが、どう感じたかのほうが参考になると思ったの。どれくらい大変だったのか、痛かったのか、それを知ってるだけでも覚悟ができるでしょう?」
「覚悟……」
セレナは思わず呟いた。それは初夜の自分に欠けていたものである。
やはりアリスもあの軍人王の血を引いているということだろうか、その考え方はとても思い切りがよくて潔いものだった。年上のセレナのほうが見習わなくてはと思うほどに。
「だからお願い、セレナ。別に、エミリオお兄様がどんなふうにセレナに触れたかこと細かに聞きたいわけじゃないわ。……というか、そんなの私も知りたくないし。ただ、セレナがどう感じたのか、感想を聞きたいのよ。感想を!」
じぃっと期待がこもりまくった眼差しで見つめられ、セレナはたじろぐ。
当然のことながら、感想と言われて語れることなどなきに等しい。せいぜい〝恥ずかしかった〟くらいのものである。なんせ、自分はまだ生娘のままなのであるから。
セレナはちら、とアリスのほうを窺い、観念するようにため息をついた。
「その、アリス様にはたいへん申し訳ないのですが……わたくしはお役に立てないと思います」
たちまちアリスの銀色の眉がきゅっと下がる。
「やっぱり、ダメかしら……。不躾なことを聞いているのは分かっているのよ? でも……」
しょぼん、と肩を落とされると、さすがにいたたまれなくなってくる。初めての行為に対する不安は誰しもいだくものだし、アリスだって初夜のことを尋ねるのにはそれなりの勇気を要したに違いないのに。
「……あの、アリス様。そうではないのです。感想を言いたくないわけではなくて……言えないのです……」
とうとうセレナは実際のところを白状してしまう。己の現状をあらためて認識すると、情けない気持ちになった。
アリスはしばしきょとんとしていて、その意味を掴みかねている様子だったが、セレナの項垂れた様から察したらしい。ハッとしたように口元を押さえる。
「そんな、まさかでしょう……!? ちょっと! エミリオお兄様は一体なにをしているの!?」
彼女の憤慨の矛先がエミリオに向けられようとしたので、セレナは慌てて否定した。
「違います! エミリオ様は悪くないのです! そうではなくて、その……そう、お互い、心の準備が必要そうだということになりまして……」
「こころのじゅんび……?」
ちょっとなに言ってるのか分からない、とでも言いたげにアリスの表情が無になった。納得の反応である。まだ婚約者も決まっていない彼女ですらそのときのための覚悟を固めておこうとしているのだ。すでに結婚しているセレナたちが準備ができていないとはどういうことか。
王族や貴族にとって、子を作り、家を継続させることは義務である。跡取りを残せなければその婚姻に意味はないと言っても過言ではないくらいに、それは結婚という行為の根幹をなしている。
エミリオとセレナは今のところ次世代に引き継ぐべき地位や爵位を有してはいないが、王家を安定して存続させるためにやはり子は求められていた。
初夜の契りは、互いに義務を果たす意志があることを示す意味合いもあるものだ。その重要な儀式を、そろって真面目な兄とお目付け役が先送りにした。しかも、心の準備などというぬるい理由で。そんな事実はアリスにとってにわかに信じがたいものなのだろう。
ただこれに関しては、お互いに真面目だからこそ容易に先送りにできたとも言える。
「エミリオ様は、己の義務をそうやすやすと投げ出すようなお方ではありませんから」
「……まあ、そうね。それはセレナも同じよね」
セレナは深く頷く。
「だったら、確かに、そういう理由で延期することもあるのかもしれないわ。でも、心の準備って、なんなの? いつ整うものなの?」
「あ、あの……アリス様、ちょっとお伺いしたいのですが、感想、というのは、なにをお聞きになりたいのでしょう……? どんなことをしたかが知りたいのではないのですか?」
おずおずと尋ねると、アリスはきっぱりと首を横に振った。
「基本的な流れは一応私も教わっているの。それ以上の詳細な部分は正直相手にもよるんじゃないかと思うのよ。ほかの人の具体的な話を聞いたところで、どれだけ役立つかは分からないわ」
知識があてにならないことをまさに経験したばかりのセレナは、なるほどそのとおりだと思う。相手によるというのもそうだし、知るのと実践するのとでは雲泥の差があるのだ。
「だからね、私と比較的似た立場の――感覚が近いセレナが、どう感じたかのほうが参考になると思ったの。どれくらい大変だったのか、痛かったのか、それを知ってるだけでも覚悟ができるでしょう?」
「覚悟……」
セレナは思わず呟いた。それは初夜の自分に欠けていたものである。
やはりアリスもあの軍人王の血を引いているということだろうか、その考え方はとても思い切りがよくて潔いものだった。年上のセレナのほうが見習わなくてはと思うほどに。
「だからお願い、セレナ。別に、エミリオお兄様がどんなふうにセレナに触れたかこと細かに聞きたいわけじゃないわ。……というか、そんなの私も知りたくないし。ただ、セレナがどう感じたのか、感想を聞きたいのよ。感想を!」
じぃっと期待がこもりまくった眼差しで見つめられ、セレナはたじろぐ。
当然のことながら、感想と言われて語れることなどなきに等しい。せいぜい〝恥ずかしかった〟くらいのものである。なんせ、自分はまだ生娘のままなのであるから。
セレナはちら、とアリスのほうを窺い、観念するようにため息をついた。
「その、アリス様にはたいへん申し訳ないのですが……わたくしはお役に立てないと思います」
たちまちアリスの銀色の眉がきゅっと下がる。
「やっぱり、ダメかしら……。不躾なことを聞いているのは分かっているのよ? でも……」
しょぼん、と肩を落とされると、さすがにいたたまれなくなってくる。初めての行為に対する不安は誰しもいだくものだし、アリスだって初夜のことを尋ねるのにはそれなりの勇気を要したに違いないのに。
「……あの、アリス様。そうではないのです。感想を言いたくないわけではなくて……言えないのです……」
とうとうセレナは実際のところを白状してしまう。己の現状をあらためて認識すると、情けない気持ちになった。
アリスはしばしきょとんとしていて、その意味を掴みかねている様子だったが、セレナの項垂れた様から察したらしい。ハッとしたように口元を押さえる。
「そんな、まさかでしょう……!? ちょっと! エミリオお兄様は一体なにをしているの!?」
彼女の憤慨の矛先がエミリオに向けられようとしたので、セレナは慌てて否定した。
「違います! エミリオ様は悪くないのです! そうではなくて、その……そう、お互い、心の準備が必要そうだということになりまして……」
「こころのじゅんび……?」
ちょっとなに言ってるのか分からない、とでも言いたげにアリスの表情が無になった。納得の反応である。まだ婚約者も決まっていない彼女ですらそのときのための覚悟を固めておこうとしているのだ。すでに結婚しているセレナたちが準備ができていないとはどういうことか。
王族や貴族にとって、子を作り、家を継続させることは義務である。跡取りを残せなければその婚姻に意味はないと言っても過言ではないくらいに、それは結婚という行為の根幹をなしている。
エミリオとセレナは今のところ次世代に引き継ぐべき地位や爵位を有してはいないが、王家を安定して存続させるためにやはり子は求められていた。
初夜の契りは、互いに義務を果たす意志があることを示す意味合いもあるものだ。その重要な儀式を、そろって真面目な兄とお目付け役が先送りにした。しかも、心の準備などというぬるい理由で。そんな事実はアリスにとってにわかに信じがたいものなのだろう。
ただこれに関しては、お互いに真面目だからこそ容易に先送りにできたとも言える。
「エミリオ様は、己の義務をそうやすやすと投げ出すようなお方ではありませんから」
「……まあ、そうね。それはセレナも同じよね」
セレナは深く頷く。
「だったら、確かに、そういう理由で延期することもあるのかもしれないわ。でも、心の準備って、なんなの? いつ整うものなの?」
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