このたび、片思い相手の王弟殿下とじれじれ政略結婚いたしまして

むつき紫乃

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過保護と言われまして①

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「モニエ侯爵は、あなたに対していつもああなのか?」

 エミリオが躊躇いがちにそう口にしたのは、奏でられはじめた音楽に合わせて二人でダンスの輪に交じり、ステップを踏み出したときのことだった。

「ああ、とは?」

 セレナが問い返すと、彼はぶれのないホールドで妻を導きつつ控えめに眉をひそめた。

「嫁いだ娘としばらくぶりに会ったのだから、かける言葉がもっとほかにあるだろうに」

 そう言われて、父との一幕を思い返す。自分にとっては特にめずらしくもないやりとりだったが、王家に対する父の慇懃さばかりを日頃から目にしているエミリオにとっては少し意外に感じられたのかもしれない。
 セレナはしばしの逡巡ののちに口を開いた。

「……先ほどは、庇ってくださってありがとうございました。ただ、誤解しないでいただきたいのですが、子として愛されていないわけではないのです。父の厳しさはきっと、愛情の裏返しで……」

 語尾を曖昧に濁してしまったのは、セレナ自身にも明確な根拠はなかったからだ。それどころか子供の時分には、家族よりも国や王家を優先する父の姿に、彼にとっては実の子よりも先王の残した子らのほうが大切なのではないかと不満をいだいたことさえある。だが、病弱だった母がまだ生きていた頃、お父様のことを分かってあげてね、とセレナに言ったのだ。

『お父様が頑張っているのは、モニエ侯爵家を、つまり私たちを守るためでもあるのよ。私たちの家門は現国王家の第一の家臣だから、王家とは一蓮托生。王家からの信頼はなににも替えがたい財産であり、王族の方々を尽くし支えることが我が家の繁栄につながるの。お父様があなたに厳しくするのも、あなたが王家の方々に認められ、生きるよすがとできるようにという思いからなのよ』

 まだ五歳かそこらだった当時のセレナに父の内心を推し量ってやれるほどの思慮はない。ただ、本当だろうかという疑いをいだいたまま、母が亡くなっても、その言葉だけははっきりと記憶にとどめていた。

 そして成長するほどに、父への見方も変わってくる。確かに厳しいし、その期待が重く感じられることもある。だが、熱を出せば仕事の都合をつけて早めに帰ってきてくれるし、新しいことができるようになれば目元を柔らかく緩めて頭を撫でてくれる。そんなときすらかけられる言葉は最小限ではあったが、決して自分たちに関心がないわけではないのだとセレナに感じ取らせるだけのなにかはあった。

「父は子供に対する気持ちの表し方が、少し、不器用なだけなんだと思います」

 エミリオのリードに従ってよどみなく足を踏み出しながら、セレナは訥々とそう語る。
 やたらに目くじらを立てるのも、ほんの小さな油断が娘に対する謗りにつながりはしないかと心配するがゆえ。それがきっと父の本心なのだと思う。確証はないけれど。

 エミリオはしばらく思考を巡らせているようだったが、やがて気を抜いた様子で息を吐いた。

「私はただ、あなたが気落ちしていないかが気がかりだったんだ。あなたがそう言うのなら、特に口を挟むつもりはないよ」

 誤解はしていないから安心していいということなのだろう、苦笑した彼は腰に添えた手をとんとんと軽く動かす。その親しみのこもった仕草にセレナはとてつもない面映ゆさを覚えた。

 ドレスの件では、父についてよくない印象をエミリオに与えてしまった気がするのだが、彼は妻の親子関係に無遠慮に踏み込んでくるわけでもなく、無関心に放置するわけでもなく、適度な距離感で判断を委ねてくれている。その姿勢にはなにがあっても受け止めてくれそうな安定感があって、己の意思をこんなふうに尊重してもらえた経験があまりないセレナはくすぐったいような心持ちになってしまう。

 じわりと熱を帯びた肌の温度が握り合った手のひらから伝わってしまわないか心配だ。
 エミリオはなんでもない様子でダンスを続けているのに、セレナはしばらく彼と視線を合わせることができなかった。
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