このたび、片思い相手の王弟殿下とじれじれ政略結婚いたしまして

むつき紫乃

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打診を受けまして

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 セレナとともに夜会から青藍宮に戻ったエミリオは、盛装を解くと、自身の書斎に向かった。

 執務机の上に重なっているのは、国王の婚姻にまつわる書類だ。その中からエミリオは、ラウレンティスの姫君――シルヴィアを迎えるに当たって検討されている人員配置の計画案を引っ張り出す。

 結婚はまだ数ヶ月先だが、本人たっての希望により、シルヴィアは早めにガルシアに入国することになっていた。よって、彼女の身の回りの世話をする侍女などの人員を急ぎ取り決める必要がある。舞踏会の最中にクロードから声をかけられたのはまさにそれに関することだった。

 だが――エミリオはため息をついて椅子の背もたれにもたれかかり、彼からの打診の内容を思い出す。
 クロードはセレナをシルヴィアの筆頭侍女にと望んでいるのだ。

 確かにセレナはシルヴィアと歳が近く、身分も能力も申し分なく、人柄も身元も信頼できる。他国から輿入れしてくる姫君の相談役にこれ以上ないほど適任だ。

 しかし、セレナはシルヴィアに婚約者を横取りされた立場だ。なのに、その彼女に尽くす役職につけるなどどういう神経をしているのだろう、とエミリオは思ってしまう。

 加えて、セレナがシルヴィアに仕えるということは、クロードと接触する機会も段違いに増えるということでもあった。

 ――気が進まない。

 整髪料で固められた髪が乱れるのも構わず、エミリオは前髪をかき上げた。

 大国ラウレンティスの姫君であるから、国内で万が一のことがあれば外交問題に発展する。ラウレンティスは現状、ガルシアの現国王家に好意的な数少ない国で、その関係を揺るがすわけにはいかない。ゆえに、シルヴィアにつける人員は絶対的に信頼できる者で固める必要がある。そういう意味で、王弟の妃であり、宰相の娘であるセレナは最上の選択だった。

 それはエミリオも、理解はしているのだ。そこにセレナやエミリオの個人的な感情を差し挟む余地はないということも。

 この件について冷静に判断できていないという自覚はあった。
 セレナに肩入れしすぎているという面ももちろんあるが、それだけが理由でもない。
 エミリオは、セレナが再びクロードと関わることで、彼女の心がまた彼に引き戻されてしまうのではないかと憂慮しているのだ。全く女々しいことに。

 せっかく近頃は少しずつ距離が縮まってきた気がするのに――と思い出すのは今夜のセレナだ。

 初めて二人で出席した夜会だった。自分の隣に彼女が寄り添い、そんな姿を周囲の貴族たちは当たり前のように受け止めていた。
 結婚したのだからなにも特別なことではない。だが、そのことはエミリオにとてつもない満足感をもたらした。

 控えめに腕にかけられたセレナの手は、夫を唯一のよすがにでもするかのように離れることなく、彼女から寄せられる信頼を感じさせた。

 好きだと思う。本当に、そう口にしてしまいたかった。それくらいに幸せなひとときだった。

 執務室の椅子に腰かけたまま、幸福な心持ちを反芻していたエミリオは、しかし、あのとき己の腕に押し付けられていた魅惑的な感触も思い出してしまう。

 セレナがありのままの体型でドレスをまとうようになって一番狼狽えたのはおそらくエミリオだろう。

 その膨らみの柔らかさを想起するとごく自然に初夜の記憶が呼び覚まされる。同時に、腰のあたりにずくんとした熱を覚えて、エミリオは身体を強ばらせた。室内には自分のほかに誰もいないというのに、恥じ入るように口元を覆う。

 見下ろせば、己の劣情の証が窮屈そうに下衣の布地を押し上げていた。
 深い溜め息がひとりでにこぼれ落ちる。

 愛しい妻と一つ屋根の下に暮らしているというのに、身体を重ねられずにいるのだから無理からぬことと言えばそうなのだろう。満たされぬ欲求が溜まってしまうのは男という生き物の生理現象だ。

 だからといって、妻に夜伽を求められる状況にないのだから、自身でどうにかするほかない。

 エミリオは情けない思いに駆られながら、下衣を引き下ろした。
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