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王都での噂
しおりを挟む第一王子からはそれ以上何も聞き出せず、そのまま二日を部屋の中で共に過ごした。
「暫く忙しくなるから、次に会えるのはまた一月後になる。」
「寂しいですがお仕事ですものね。頑張ってください。」
「ああ。そなたのことを思って頑張るよ。」
少し応援してやれば、踊り出しそうな様子で出ていった。
そこまで忙しくなるとは、第一王子には珍しいことだった。こんな時期に何かあっただろうか。
第二王子と婚約するかも知れないというこどで、公爵令嬢時代に宮中行事は殆んど把握しているつもりだっだが、雪が降り始める冬は、貴族達の殆んどが領地に戻るため、社交の場も少ないし特に大きな行事もない。
もしかしたら王族のみの何か特別な行事があるのかもしれないが、それで一月も忙しくなるだろうか?
不思議に思うも私には関係ないかと考えることを放棄した。
王都には今回、他に用事はない。
久方ぶりに買い物に行くことにする。
以前頼んでいた新しい下着が出来ている筈だ。
いつも行く服飾店などを巡り、軽く軽食を食べようと王都を歩き回る。
リリスとして動いているのでローブは着ているが、仮面は被っていない。
じろじろと見られるが仕方ないと思っている。
しかし、どうしてか街が活気に満ちていた。王都といえど、いつもはもう少し落ち着いている。
何だか人々が浮き足立っているようにも見えた。
「戦争が始まるかもしれない。」
「遂にか。」
所々で、不穏な噂が聞こえてくる。
王都に住む人達にはもう過ぎたことなのかもしれないが、『村』を始めとする地方では、未だに先の戦の影響が色濃く残り、復興出来ていない所も多い。
これ以上戦のために男を取られて存続自体が危ぶまれる場所もあるだろうに、一体何がどうして戦争なんて起こると言うのだろうか。
噂話に耳を傾けていると、どうやら隣のガドル帝国との関係が悪化していることがその根拠のようだ。
確かに元々ガドル帝国とこの王国は仲が良い訳ではない。数年前の戦もガドル帝国とのものである。今は停戦中であるが、いつ再開されてもおかしくはない程に関係は悪化しているという。
まだ確定したわけではないが、気を付けておくべきだろう。
ガルド帝国は大陸唯一の帝国だ。
50年前までは小さな国であったのが、ここ20年で勢力を拡大し、数年前に帝国となった。
現皇帝はかなりの切れ者であると噂されている。
数年前のような小競り合いなら兎も角、正面衝突をすれば王国はあっという間に負けるだろう。
いっそのこと、国を捨ててどんな国かも分からぬ帝国に亡命してしまおうか。
何度も考えたことが、また頭の中に持ち上がる。
この国を出て、村もギルドも全てを捨てて、一人逃げることを考えたことがないと言えば嘘になる。
だけどその場合、きっと私は復讐を捨てることになる。
果たして他国にまで行って、全てを捨てて、一人だけ安全な所に生きて、そこまでしてやりたいことがあるだろうか。
今の私には復讐が一番の生きる理由だ。
何度も忘れようとした。
もう過ぎたことだ。今更私が復讐をしたところで何になる?
果たして私の家族は私がこのように生きることを望んでいるだろうか?
私のしていることは全て無駄なのではないだろうか。
そう考えては何度も諦めようとした。
だけどその度に父を、弟を亡くした日を。
母を、妹の亡骸の前に感じた無力さを。
第一王子がその背後にいるかも知れないと知った日を。
思い出してはまた復讐を誓ってしまう。
虚しい生き方だ。
自分でもそう思うが止めることなど出来ない。
結局、私は自分のエゴの為にこの国を出られないのだ。
王都は戦争に向けて活気付いている。
貧しさに喘ぐ地方を置き去りして。
国内に響き渡る怨嗟の声に耳を塞いで。
それが私には、何か大きな時流の流れに乗った恐ろしい出来事のように思える。
私がこの国を出ることが出来ない理由がもう一つあった。公娼の身分を証明する懐中時計だが、これは古代魔法の組み込まれた呪いの品だ。
これの持ち主として登録されている者が国を出ると災いが振り掛けるという。実際にやったことが無いのでどういったものかは分からないが、古代魔法は千年以上も前の物で、それが持ち主を変えながらも一度も国外に持ち出されずに王宮の管理下にあったということは、そういうことなのだろうと思う。
裏切り者には死を。
そんな文言が古代文字で深々と刻まれていた。
これだけ大きな呪いの魔法が掛けられた品だ。元々は娼婦に持たせるような物では無かったのかもしれないが、『女が国を滅ぼす』という諺がこの国にある通り、女によって国が滅び掛けたことがあるらしい。その時に出来たのが『公娼』という制度で、以来、公娼となった女達は呪いの品を持たされ、国によって管理されることとなった。
逃げることは許されない。
懐中時計が、私にそう告げているように思えて、懐が少し重くなったような気がした。
甲高い鳥の鳴き声が聞こえ、頭上を見上げると白い鳥型の魔獣が一羽私の周りを旋回していた。
この魔獣は王宮から与えられるもので、エルフのような魔力探知力を持つ。その珍しさから王族や一部の貴族のみが扱うことが出来るものであった。
第一王子が私との連絡に使うのもこの魔獣で、黒い鳥だ。
白とは珍しい。
第二王子からの連絡だ。
急いで人目の付かない所に行くと、魔獣が待っていたと言わんばかりに腕に止まる。
鋭い爪が食い込んで痛いが、そんなことはお構い無しと鳥が口を開けた。
『久し振りに顔を見たい。至急来られたし。』
第二王子の声で無機質に告げられるそれに、私は了解しましたと答えた。
第二王子は魔獣を操る魔法ーーーテイム魔法の第一人者だ。
何でも魔獣と意識を共有し、今みたいに遠距離にいる人間と話す可能なのだという。
私はテイム魔法に才能が無かったので使うことは出来ないが、こうして遠距離での連絡を取るのに便利な魔法である。
第二王子から呼ばれることは滅多に無い。
だが呼ばれたとあれば、無碍には出来ない相手であった。
至急と言うのが何とも嫌な予感がするが、仕方ない。
取り敢えず必要な買い物を済ませて第二王子の住む街、ヨウラドウに向かうことにした。
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