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あなたのこと、憎んではない
しおりを挟む私達Sランク冒険者が出る作戦は成功していた。
作戦が成功した為か敵軍は別部隊とは合流出来ず、今のところこちらの軍には大きな被害は出ていない。
「すまない。また頼む。」
第二王子に言われ、そのまま深く頭を下げる。
マスターも押し黙り、静かにしている。
最近、マスターもロア君もボーとしていることが増え、疲労が表情に出ていることもあった。
あれから連日、敵軍を襲っては殲滅し、襲っては殲滅しを繰り返している。
ロア君は一度、矢が当たって右目を負傷したが、すぐに魔法で治療したため事なきを得た。
傷は治ったとは言え、精神的な疲れは拭えない。特に人を殺したことの無かった二人の精神的な疲労は計り知れない。
私もたまに立ちくらみのようなものがするようになっていた。
変わらないのは年長者である炎翼の導き手だけである。
「命令か。」
淡々とこなす彼にとっても、この命令は嬉しいものではないのか、眉を少し潜めた。
「しんどい、ですね。」
ロア君が呟く。
戦争というのは、こういうものだと分かっていた。私は自分で行くと決めた時から、他の人達はきっと呼ばれた時から。
それでもしんどいものはしんどい。
「これが終わったらちょっと休めるって言ってたよ!頑張ろう!」
マスターが努めて明るい言葉をかけてくれているのが分かった。
その言葉に頷くと、いつものように四人で飛び上がる。
ガラガラと荷車を引く音が聞こえ、そこで止まった。
「それじゃ踊り子ぴょん、お願いね。」
マスターの言葉に頷いて、いつものように神級魔法を発動する。
「अग्नि」
馬の甲高い嘶きが聞こえ、瞬間、一面が炎に包まれた。
いつものように他のメンバーを降ろすと、それぞれが走っていく。私はというと上から全体を見渡し、必要な支援を魔法にて行っていく。
目まぐるしく動く状況の中、見慣れた、というよりも、よく知っている人物と似ている人を見かけて固まる。
向こうも私を見て制止した。
「リル?」
騒がしい喧騒の中、その声がはっきりと聞こえた。
彼女の、緑色の髪が風に吹かれてふわふわと靡く。
段々と状況を理解した後に、やばい、と思った瞬間には爆発に巻き込まれそうになる。
「何でここにいるの。」
魔法にて翔びながら弾丸となって飛んでくる師匠が、付き出してくる剣を結界で弾いた。
「カーラ師こそ何でこんな所にいるのですか。それに....耳が。」
彼女の耳は、見事にエルフとしての象徴とでも言うように長く尖っていた。
一緒にいたときには、私達と同じような形をしていたというのに。
「私は元々こっち側。帝国からの間者として王国に忍び込んでいた。エルフは目立つから、耳は魔法で隠してたけど。」
問答の間も、魔法の激しい打ち合いを行う。
一瞬でも気を緩めれば、私でも即死しかねない威力の魔法を容赦なく打ってくる。
「貴女がエルフかもとは思っていました。帝国から来た可能性があることも考えていました。」
「何故ばれた。」
「いや、師匠結構分かりやすいですよね。」
「むむ。不本意。」
この一年、長い時間を一緒に過ごしたのだ。彼女の正体にはうっすらと気が付いていた。矢鱈とそれに時々余計なことを話してはしまった、という顔をすることから、間者の可能性があることも。
それでも、こうして敵として見まみえることなど、全くもって考えてもいなかったのに。
「ここは引いてくれませんか。」
提案してみるも、否と言われる。
「合流できた別動隊が余りにも少ない。貴女のせい?」
「....はい。」
「それなら引けない。私の教えた魔法で貴女が私の国の人々を殺すのなら、私は...。」
息を飲み、
「貴女のこと、憎んでない。けど、もう引けない。」
と師匠が少し悲しそうな顔をして言った。
仕方ない。
剣を抜き、空を飛んだままカーラ師に飛びかかる。
「王国が引いてくれれば良いのに。」
「私も思っていますよ。帝国が引いてくれれば良いのにと。」
「無理だよ。王国が私達の子どもを返さない限り。」
「子ども ....?」
「そう、奴隷にされた子ども達。元々は帝国の民だったのに誘拐されては奴隷にされてる。もう何百年も同じことを交渉してる。応じないのは王国の方。」
脳裏にラダが浮かんだ。
彼女も元々は奴隷として献上された身の上だ。
「こちらはもう引けない。」
何百年も同じことを王国が繰り返しているのなら帝国の怒りも分かる。
分かるが、王国としてもそのために余りにも長い間争い過ぎた。
定期的に起こる戦争に、国民は帝国への怒りを募らせている。引けなくなってしまったのはこちらもだった。
お互いの剣が交わる。
私の剣は所詮付け焼き刃。
純粋な剣術では補うことの出来ないほど、師とは差があるが師はこれでいて単純な性格なので剣筋が読みやすい。
今のところ何とか弾くことが出来た。
『リル!至急戻ってこい!敵本体が!!』
第二王子の使い魔が、翼をバタつかせながら言った。
どういうことだろう。そう思っているとカーラ師がふっと笑った。
「皇帝陛下の勝ち。」
魔力が渦巻いて、カーラ師を包んでいく。
魔力から、転移魔法を使おうとしているのを感じて慌てて離れる。
「ねえ、リル。」
重たい空気の中、ポツと呟いた言葉が耳に残った。
「戦争って嫌だね。」
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