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開戦に向けて
しおりを挟む前回とは違い、今回の戦は王国軍の総力が集った。
グロイスター派、第一王子派、そして私たちのいる第二王子派が一同に集う。
数にして三万。
あちこちに貴族家紋をあしらった旗が乱立している。
物々しい雰囲気に押されたのか、ミキ様の顔色が悪い。
勇者として恥ずかしくないよう、装備はある程度整えた。
いかにも勇者といった具合の綺羅綺羅しさは無いが、これから始まるのは聖戦でも何でもない。
互いの恨みつらみが募った上での醜い争いだ。
「ミキよ、大丈夫か?」
「花しぐれ…出て来たらせんせーに怒られるよ―。あたしはだいじょーぶ。」
小さな声で花しぐれとやりとりをしているのが聞こえた。
その声が小さく震えてるのが、申し訳なさを募らせる。
「諸君。良く集まってくれた。」
壇上に上がるのは、グロイスター公。
現国王の弟だ。
陛下とは年の離れた兄弟で、彼と第一王子との間にそこまでの差がない。
若い頃はさぞ持て囃されたであろう涼し気な眼に、綺麗に蓄えられた髭が特徴的だ。
「卑劣な帝国軍は魔王を王として崇拝し、我らが王国の領土を穢そうとしている。魔王軍は強く、我々も刃を交えては辛酸を舐めるような思いをしてきた。…しかし、今の我らには勇者様がいる!勇者様を呼んだ我が甥の功績を皆で讃えよう!!勇者様のもたらしてくれる勝利に!」
「「「「「勝利に!」」」」」
壇上に黒髪の少年二人が上げられる。
二人は困ったように顔を見合わせて、群衆に手を振った。
わっと盛り上がるその場の光景に、薄ら寒さを感じる。
ダルボット公爵は…この戦いを聖戦にしたのだ。
勇者を呼んだ時点で、王国がこの戦争を勇者にどう伝えるか察しは付いていた。
民衆にも同じように伝えているのだろう。
国の現状や帝国との関係を知る貴族や一部の者達は、私達も含めて誰も声を上げたりはしない。
下手をすれば自分達の身が危うくなる。それはアドラー公爵…私のお父様が亡き者にされたことで良く分かっている。
ミキ様が何かを言おうとしたのを、抑えて無理矢理その場から引きずって去る。
「せんせー!あれ、おかしいよ!あたしの聞いてる話と違うじゃん!」
声を荒げるミキ様を宥める。
「静かにしてください。そんなことを人の多い場所で言えば、貴女の命も危うくなります。」
そう言えば顔を青ざめさせる少女に、息を吐く。
「今は耐えてください。…本当に貴女には申し訳ないと思っています。今からでも逃げても構いませんが…。」
逃げる先を用意して上げることも出来ないが、今の彼女なら暫くは逃げ暮らすことも可能だろう。
提案するが、彼女は首を振る。
「あたし、馬鹿だけど恩知らずじゃないよ。そんなことをすればせんせー達が困るでしょ?それに…皆と一緒にいる方が良い。」
「本当にごめんなさい。」
彼女がこれから向かう戦場には救いがない。
それが分かるだけに心苦しかった。
「でも…あいつら、大丈夫かな…。」
祭り上げられた二人の勇者のことを思って、ミキ様の表情が暗くなった。
悪いことにならなければ良いのだけど。
私も不安になる。
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