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グロイスター公の真実
しおりを挟む彼はそのまま、私をシャーロットと呼びながらいつもより少し乱暴に抱いた。自分を誰かと重ねるその姿に痛々しさを覚えつつも抵抗もしなければ積極的に何かをするということも無く時間が過ぎ去るのを待った。
ゆるゆると部屋の中を漂う煙を見てはルーナの忠告が頭の中で木霊する。
『そんな予感がするだけよ。…それにあの香は大きな街では禁止となっているものよ。長く使用すると幻覚症状が出ると言われているわ。一時期、私が旅の途中で立ち寄った、とある街で流行ったから良く覚えてる。…あの煙を余り吸わないように気をつけなさい。』
この煙には麻薬のような成分が含まれているという。何故そんなものを高貴な方が使用しているのかは分からない。
彼はその香をいつも焚いては依存しているようにも思えた。
一体何故…。
理性を失った公爵の瞳は、私を捉えてるようで違うものを見ていた。
「私のシャーロット。」
うわ言のようなその言葉に、背筋が凍る思いがする。
私は母の顔を覚えていない。記憶が薄れてどんな顔だったのか思い出すことが難しくなっていた。
かつては確かに覚えていたのに、記憶というものはこうも薄れるのか。
思い出せないことが哀しく、けれどシャーロットという同じ名前の女性を忘れずにいる彼を見て泣きたいような気持ちになった。
※※※※※※※※※
公爵様は暫くして眠りに落ちた。
やせ細り痩けた青白い彼の頬をそっと撫でる。
何故こんなことになったのだろう。涙が零れそうになるのを堪える。
「…シャーロット?」
薄っすらと瞳を開けた彼が私を見てそう呟いた。
そして青白い顔を更に青ざめさせて、震え出した。
「シャーロット!俺を憎んでいるのか!」
いきなり突き飛ばされ、尻もちを付く。
明らかに正気でない彼の様子に、まだ幻覚の中にいるのだと思った。
「お前が悪いのだ!お前が!!!アドラーの元に行くから……いや、お前が幸せなら良かった!!兄上の元に行くよりはアドラーの方が良いだろうと…………そう思っていた筈なのに……!どうして私はあんな事を…。」
アドラー、という言葉を聞いて背筋が凍る。
公爵は震えながらシャーロットに謝っていた。
「公爵様………私の名前を覚えていますか?」
震える声でそう尋ねる。
「忘れる筈はない…。お前を失ってからというもの、一時たりとも忘れることは無かった。」
自分の呼吸の音が矢鱈と大きく聞こえる。
「シャーロット・エリザベート・ウィスリー。ウィスリー伯爵家の長女だろう。」
嗚呼……頬に滴るこれは何の感情を表しているのだろうか。
やっと手掛かりらしいものを掴めたことへの喜びだろうか、それともこの震えながら懺悔する男への憐れみだろうか。
自分でも分からないままに、感情の濁流に押し流されそうになる。
震える彼の肩に手を添え、ゆっくりと言葉を選びながら発言する。
「どうしてそんなに謝るのですか。」
「逆にどうしてお前は怒ってない!私はアドラーを陥れ、お前を殺すことに手を貸してしまったというのに!!」
「…どういうことでしょう。私は反乱軍によって殺されましたが。」
母の最期を思い出す。
惨たらしく殺された母の死体。妹の方へと手を伸ばしたまま亡くなっていた。
決して…決して許せることではない。
心の中で母に謝罪し、遠い記憶になってしまった母になりきる。
「あの当時、アドラーの権力が強かった。失策を打ってばかりの王家の威信は地に落ちて、民衆の中にはアドラーに導かれることを望む者さえいた。…私は、私達はそれが許せなかった……アドラーの後ろ盾を得た第2王子さえ疎ましく、第一王子…いや、バルド伯爵と共謀してお前達を陥れる道を選んでしまった。」
何と、何と馬鹿馬鹿しい。
一体どこの誰が考えた戯曲なのだろうか。
余りの馬鹿馬鹿しさに、哀しくなってくる。
その為に私の家族は…。
やるせない気持ちが私を支配した。
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